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靴紐

作者: 松嶋美樹

デトロイト。

自動車関係から愛知県豊田市と姉妹都市だ。

短い出張だったが私はこれから日本へ帰る。


大雨だ。

空港までタクシーに乗った。


体格の良い黒人の運転手。袖をまくり上げた腕は丸太のようだ。刺青まで入っている。

しかし見た目とは違い、心優しい奴らしい。


妻がいかに愛すべき存在で優しいか、大きくなった息子がいかに頼もしいかと、自慢をしてくる。


その愛する家族が、この大雨で心配だと、こぼす。


確かに雨がぶつかりタクシーの窓が音を立てている。心配になるのもわかる。


空港までの道中に運転手の家があるのなら、立ち寄っても構わないと伝えた。

時間に縛られているわけじゃない。

飛行機の便に間に合えばいいのだから。



運転手からは、しきりに感謝された。





運転手の家らしきところにさしかかった。


運転手はタクシーを止め

「少しの間待っててくれ。妻の様子を見てくる」


私はタクシーの内で待機。


運転手は雨の中、自宅へ走って行く。

玄関のドアが開く。在宅中の妻がドアを開けたのだろう。またたく間に二人がハグをしている。



映画のようだ。

絵になる。


独身の私にはドアを開けてくれる妻もいないし、出迎えてハグをしてくる愛する人もいないが、それでもなんだか無性に日本へ帰りたくなった。



私の気持ちが通じたのか、運転手はタクシーに戻って来た。笑顔でだいぶ興奮しているらしい。


「聞いてくれ旦那。息子が…ポストに……たんだ……」

手には細長い何かを握ってた。

息を整えながら、タクシーを発進させる。



空港までの残りの道中、

『タクシーの運転手である父がアクセルとブレーキを踏み間違えたりしないように。愛と祈りを込めて』

というメッセージカードの意味を嬉しそうに語る。



けして裕福ではない家庭の中で、

スポーツ推薦で大学進学を獲得した自慢の息子は、

靴紐チャリティーという活動をしているらしい。



息子は色々なスポーツをして気づいたそうだ。

野球、サッカー、アメフト…どんなに運動神経がよくても靴紐が切れたら戦えない。


靴紐を結びなおさないと、力が出ない。出せない。


切れて短くなり使えなくなった靴紐の変わりに、

新しい靴紐が必要になる。



貧しい家庭だと、わざわざ靴紐を買えない。

誰かに貰うか、

代用品としてボロい紐を使うか、

紐すらも結ばずに過ごすか、

となる。


子供や学生は親や先生が存在を認めてくれる。手助けして靴紐も融通してくれる。


しかし、頑張っても結果の得られない大人を認めてくれる人は少ないだろう。


靴紐が切れて

力を発揮出来ないのは、大人も同じなのにだ。


頑張っている人の靴紐は切れやすい。



ならば、

肉体労働者の家を中心に、真新しい靴紐を配ろう。

靴紐を買う僅かなお金を食費に使えるように。


そして

僕達は懸命に生きているあなたを応援しています。


この靴紐を配っている人間は、

『あなた達に感謝しています』という気持ちで日々生活していますという合図になるだろうと。




「この真新しい靴紐が家のポストに投函されていたら、それは、労働者への感謝なんだぜ」



……私の家のポストには一生投函されない気がするが、

いい話を聞いた。


自分で自分を鼓舞するために、

日本に帰ったら真新しい靴に紐結び直そう。



空港に着いた。

フライトに間に合った。

飛行機は飛び立つだけだ。


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