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宝石の英雄




長い刀身を暗闇の中で閃かせ、クラカはミノタウロスを両断した。宙を走る血が迷宮の壁に飛び散り、砕ける。胸と腹が分かたれながら、ミノタウロスの身体は音を立てて床に崩れ去った。





「はぁ……」





 クラカの大息には無理からぬ理由がある。この化け物を殺すことはたやすい。しかし戦利品を持ち帰る作業は、命を奪うよりずっと面倒だった。


 切り口からあふれでる悪臭が、秒を刻むごとに強くなっていく中で、まず角を切断する。ミノタウロスの角は強壮効果のある薬材として人気があり、高値で取引されるのだ。


 角を二つ斬り落とすと、次は毛皮を剥ぎ取る。いくら怪物とは言え人の身体をしている生物の皮を剥ぎ取るのは生理的に気持ち悪い。














 迷宮は無制限に拡大し、生産され続けている。虚結孔と呼ばれる器官から産出され続ける物質を消費するため、形晶神バルザナーフが層状の外殻を造成し続けている。





 ……これが都市アレンディラにおける迷宮の成り立ちと現在に関する神話だった。アレンディラは迷宮の巨大な球形空間に作られた都市で、鉱物と豊かな魔影物質の発掘で賑わっている。





 クラカはアレンディラの片隅で、魔物狩りをして生計を立てながら暮らしていた。しかし低層民であるクラカに対する課税は厳しく、その日暮らしをするのが精いっぱいだった。














 そうしたクラカの立場と困窮は、裏の仕事を斡旋する人間にとって格好の獲物だった。





「魔影物質の密輸……ですか?」





「ああ、層がひとつ向こうのジャッケンまで運ぶ。そのままそこで暮らせ。向こうは人口が少なくて、働き手を欲しがってるぞ。あっちは社会の階級性が薄くて、お前にも暮らしやすいはずだ」





 男が誇張して話をしているのはクラカにはわかった。しかしそれでも、今の生活を抜け出す切っ掛けを欲していたクラカにとって、乗りたくない話ではなかった。





「……やります。仕事を聞かせてください」














 数日後、十一名からなる部隊が構成された。うち四名が荷物持ち、残りの七名で荷物を守る。クラカは荷物を守る。


 クラカが魔物狩りの腕が立つことは低層民の間で有名だった。彼はほぼ毎日のようにミノタウロスの角やラビリンス・ワームの頭部を持ち帰ってくる。他の荷物の防衛部隊である六名も腕利きであり、名うての魔物狩りだった。





 そうした精鋭が七名も必要な理由は、





「知っての通り、魔影物質の出す波動が魔物を刺激していつもより攻撃的になる。用心してくれ」





 とのことだった。


 クラカは魔影物質に携わったことがなかったが、その性質は知っていた。迷宮中の魔力が活動すると、その影響が鉱物や生命体に現れる。そして一部の影響を受け続けた存在は、魔力を吸収しやすい状態へと変化し、やがて吸収した魔力に乗っ取られて全く違う物質へと変化を遂げる。それが魔影物質だ。





 でもそんなことはめったにない。なので魔影物質は貴重で、ものすごい値段で取引される。クラカの体重分あれば、クラカを二十人は養えるほどだ。





「おい、さっそく来たぞ」





 迷宮蜘蛛の群れが、一行の視界の先、通路の突き当りから現れてくる。


 クラカが一番槍を買って出た。床を蹴って駆けだし、先頭の一匹を間合いにとらえると、その獲物で袈裟斬りに切り裂き、緑色の体液を噴出させた。


 残りの防衛部隊も後に続く。次々と蜘蛛たちを両断し、死体の山を築いていく。





「へっ、楽勝だな」





「……都市の連中にばれていないのか、この件は」





 仕事が順調にいきそうなことに逆に不安に覚えたクラカがぼやいた。いつもそうだった。





「こいつがヘマしてなけりゃあな。仕事の前に酒をあおりやがった」





 クラカにこの話を持ち掛けた人物……ベランと言う男が、輸送の男のひとりを小突くように蹴った。





「けっ、こんな仕事、シラフでやってられるか」





「……」














 それきり数時間近く会話がなかった。光源となるライトウィスプがちかちかと点滅し、夜の訪れを示したあたりで、同じ防衛部隊の人間がクラカに話しかけてきた。





「ジャッケンへ着いたらそのまま住むんだって?」





「全員そうじゃないのか」





「馬鹿言え、俺はアレンディラに家族が居るんだぞ」





 男は低層民で、名をバランと言った。バランは奴隷婚姻で家庭を持ち、そのまま借金を繰り返しながら生活をしてきたらしい。


 しかしこの仕事を終えれば、借金を返して釣りがくる。将来について希望を持って話すバランを、クラカは羨ましく思った。








 燃料を燃焼させて暖を取りながら、一行は見張りのクラカを残して眠りについた。クラカは付近を漂っていたライトウィスプの最後の一匹が、その光を消したのを見、自らの未来に思いをはせた。


 ジャッケンは、ベランの言うにはアレンディラより多少は狭いものの、造水機関なる豊かな水源をもち、住人はみな豊かだという。水を飲めずに渇死するものがいるアレンディラの低層民からすれば、ジャッケンは夢物語の理想郷だ。











 クラカが思考をやめていくばくか経った頃、なんらかの淡い光が、通路の向こうから近づいてくるのが見えた。他の渡路者だろうか? 





「起きろ! 何か来る」





 クラカが声を上げると、密輸部隊は目を覚ました。劣悪な就寝環境と、警戒心から面々の眠りは浅く、すぐに目を覚ました。








「青い光……?」





 たしかに青い光は、迷宮の光源としては珍しいものだった。ベランが困惑するのも無理はない。





「ヤドリカベの怪人だ。噂は本当だったんだ……」





 ジャッケン側から参加した輸送の男がつぶやいた。一行の中でジャッケン出身であるのはこの男だけで、ヤドリカベの怪人と言う存在も知っているのはこの男だけだった。名はペックと言った。





「なんだ、それは」





「ジャッケンでは有名な話だよ。夜に活動する人型の魔物だ。頭部がない……っていうよりは胸部が顔になったような身体で、青い光を発して、でも誰も見たことがなくて……」





「目撃者は一人残らず殺されるから」





 ペックがうなずいた。岩のような重い緊張感が一行の上にのしかかる。





「だがまだ距離はある、逃げ───」





 ベランが号令をかけようとしたその時、





「クワアアアアアアアン」





 声のような、あるいは迷宮の鳴き声のような、奇妙な音を怪人は発した。すると、一行の身体は釘を打ったように動かなくなり、その場に固まった。








 ぐちゃっ。





 血しぶきが一行の身体に飛び散った。バランが怪人の持った棍棒で、一撃のもと叩き潰されたのだ。





 一行は如実にせまる死を感じる。しかしどうすることもできない。











 ぐちゃり。





 また一人棍棒で身体を潰される。ペックだ。











 そして怪人は悠然と歩みながら、次はクラカにせまった。クラカは身体を動かそうとしていたが、まるで人形になったかのように言う事を聞かない。





 その時だった。











 魔影物質が輝きを発して、ガス状の細かい粒子となりながら、吸い込まれるようにクラカの身体へと入っていく。











 クラカは異様な熱を身体に感じた。昂り、猛り、そして。





「……断ッッ!!!」





 怪人の身体が、銅から真っ二つにされた。クラカの剣が、怪人の身体を横薙ぎに切断したのだ。








「クワアアアアン……」





 怪人がまたあの奇妙な音をあげた。だが今度は人間を硬直させるものではなく、単なる断末魔のようだった。








 クラカの後ろで、ぜいぜいと息を切らす部隊の姿があった。








「……何が起こったんだ」





 当の本人であるクラカが一番困惑していた。その身体は異様な魔力に満ち溢れ、クラカは奇妙な高揚感で吐きそうになっていた。





「同化現象だ」





「同化?」





「人間には魔力を取り込むための魔相器官である三栄孔がある。通常生命維持や魔法の使用に魔力を必要としたときに用いられるが……魔影物質はいわば魔力の塊だ。もし三栄孔がとてつもなく強力な引力を発揮すれば、元々の物質と乖離しながら吸い込まれていく」





「俺はどうなるんだ」





「魔影物質になる」





「……そうか」





「安心しろ、高値で売ってやるさ」











 その後しばらくして一行はジャッケンに到着した。到着した時には、クラカの身体は半分が魔影物質に浸食されていた。





 やがてクラカの身体が完全に魔影物質になると、ベランたちは造水機関の底にクラカの遺骸を沈めた。その後ジャッケンでは、宝石の英雄なる民話が語られるようになった。


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