Delusion City
大昔に書いた処女作です。
……
誰かの声が聞こえる
…ああ、そうか
自分で自分が今、夢の中にいる事に気付いた
何度もこの夢は見ているのだから
いつも
『彼女』が俺に言うんだ
どうか、悲しまないで下さい。
どうか、泣かないで下さい。
どうか、私を許して下さい。
と
俺は、謝り続ける『彼女』に同情しながらも、滑稽に思えた
悲しんでいるのは『彼女』
泣いているのは『彼女』
俺にはそう思えた
だとしたら許しをこうべきは…俺?
そう思いながら『彼女』の濡れた頬を拭こうと手を伸ばす
そして、いつもここで俺は目が覚めるのだった
『…あ
また、この夢か』
俺の今日の寝起きは最悪だった…この夢を見た時は大体そうだ
まだ、寝ぼけ眼ってやつの目をこすりながらパンをトースターにかけて歯を磨く
いつも通りの朝
そういえば、まだ『俺』が誰か言ってなかったな
俺は『柏木 有夜』
今ン所、高校生だ
それ以上でもそれ以下でも無い、とでも言っておこう。
俺は、トーストを食いながら着替えているとチャイムがなった
『うわっ…アイツらもう来たのかぁっ!?』
俺は、とっさに着替えを済まし
トーストを食い終えないまま
カバンを持って玄関へ向かった。
慌ててドアを開けた向こうに立っていたのは見慣れた二人の女の子だった
『ハハッ相変わらず人を待たせるのが得意だねぇユーヤ』
『ユーヤさん、おはようです』
最初に俺に嫌味を言ったのは田宮華凛
次に何故か敬語で挨拶したのが内都芽亜
この二人は腐れ縁でいわゆる俺の幼なじみって奴だ
幼なじみと聞いて羨ましがる奴も多いがそんな事は無く、特に華凛には幼少の頃から悪戯の標的にされており
何度も、手を焼かされた
『うっせぇよ華凛!
…おはよう芽亜。』
『ちょっと何よこの扱いの差は?
ユーヤが寝坊したのが悪いんでしょ?』
『だからって言い方ってモンがあるだろ
そんな嫌味ったらしく言われて誰が気分いいんだ』
『ちょっユーヤ…開き直るつもり?』
『ああ』
『…なッ』
こんな感じに華凛とは軽い犬猿の仲だったりする。
と、まぁ大体こんな感じで
俺達はそのまま学校へ向かった。
『ユーヤさん今日も調子悪そうですね』
『え…あ、ああ、うん』
俺は返事にならない返事を返すと、タイミングを見計らったように華凛が突っ掛かって来た。
『どうしたの~?私達に言えないような事があるのかなぁ~?』
『うっさいなぁ!!
何だっていいだろが!』
『あれ~?図星だったぁ~?』
『な、何でそうなる?!』
『ユーヤさん…そういうのはあんまり…』
『…め、芽亜?』
『一体どんな事があったのかなぁ~?』
『…ち、違っ』
『ユーヤさん…』
『ッ!…ああもう!知るかぁッ!』
『ちょっとからかっただけなのになぁ
相変わらず子供っぽいなユーヤは♪』
『…ぐッ』
つくづくコイツとはソリが合わないと思う。
その後、しばらく歩いて学校に着いた
学校に着くとクラスが違う華凛と別れ
同じクラスである芽亜と教室に入った
偶然にも芽亜とは席が同じなので助かっている
頭が結構良い子なんでな
そりゃ課題とかある日には…
と、まぁそれは置いといて
華凛とは別のクラスでよかったって言うのが俺の本心だったりする。
しばらくして、授業が始まった。
開始数分にして俺の耳に教師の言葉は入らなくなった。
完全に俺の意識は別の方へ向いていた。
そう、あの夢
そして『彼女』の事だ。
『彼女』は一体、何について謝っているのだろうか?
…わからない
『彼女』は何故、泣いているのだろうか?
…わからない
『彼女』は何の意図が有って俺の夢の中に出て来るのだろうか?
…わからない
…わからない
…わからない
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
……
…駄目だ、何もわからない。
『彼女』が誰かでさえわからない。
…そうだ
いつあの夢を見ても
それさえわからなかった
夢に出て来た『彼女』は歪んで本来の『彼女』の姿がわからない
ただ、喋り方と涙でかすれた声でなんとなく女性とわかっているだけ。
…
…わからないハズだ。
『アルッ!!調子はどうだぁっ!?』
いきなり背中を叩かれた。
『…淡野、お前か』
コイツは淡野良治
たまたま、中学が同じだっただけの知り合いだ。
本人はそうは思ってないようだが…
『アルぅ~相変わらずよそよそしいなぁ
良治って呼べよ友達なんだし~』
…お前と友達になった覚えは無い。
と、思いつつ
コイツが言っている『アル』とは…
まぁ、気付くと思うが俺を指す
俺が人に名前を呼ばれる場合、『柏木』か、『ユーヤ』か、『アル』になる。
何故か『ユウヤ』ではなく『ユーヤ』なのかはこの際置いといて、
『アル』の由来は、何の因果かコイツが思いついたあだ名だ。
なんでも『有夜』の『有』が『有る』になって『アル』になったそうだ。
単純な理由だがそんな理由で勝手に改名(?)される方はいい迷惑だ。
『んん?アルどうしたボーッとして?
女の子の事でも考えてたか?』
『…ッ…!!
そ、そんな事……!!』
…意味は違うにしても、
…有るから困る。
『なんだぁ?図星かぁ~?』
『……違う』
『あ!芽亜ちゃんの事か?
それとも華凛ちゃんか?』
『…人の話を聞け』
『アルはいいなぁ~あんな可愛い幼なじみが…』
俺は淡野が言い終わらない内に水月に一撃を与えた
『…ちょ……いきな…り……それ…は…キツ……い…んじゃ……な……い……?』
俺は悶絶しながら転げ回る淡野を尻目に隣を向いた。
すると、芽亜がこっちに来て話かけて来た。
『ユーヤさん。お昼一緒に食べませんか?』
『うん?ああ、いいよ』
…特に断る理由が無かった。
ただ、よく考えると…
『…三人で?』
『?……そうですけど?』
芽亜は不思議そうに答えた。
俺の悪い予感は見事に的中した。
昼、屋上
男一人と女二人
無言で飯を口に詰め込む俺と
俺をおちょくるような事を話す華凛と
笑顔を絶やさずその一連の流れを見守る芽亜
『ちょっと!ユーヤ聞いてる?!』
未だ沈黙を続ける俺
『聞いてるの?!』
『…………聞いてる』
魔がさしたと言うか
限界が来たと言うか
『だったらさ…』
そこですかさず話題を変えようと
『そういえばさ!昨日のニュース観たか?』
『ちょっ…!ユー…!!』
『昨日のニュースですか?何のニュースですか?』
(グッジョブ芽亜!)
『ほら、なんか超能力者が出たって言う…』
昨日、テレビをつけてるとたまたま見たニュースで、
超能力者が出たと言うニュースを観た
なんでも、植物状態に陥った少年とその妹の話で、
少年と妹が記憶を共有する事が出来るので、少年が植物状態に陥りながらも精神的に成長していると言う内容だった。
『アレってさヤラセ…』
『ユーヤさん!』
芽亜が突然声を上げた。
『私、先に教室に戻ってますね。』
『え、あ、ああ……』
ん?
ちょっと待てよ…
て事は…
『ユ・ー・ヤ・く・んんんんんん!!』
『か、華凛…………さん?』
ああ、嫌な予感は再び的中した…
『わ、悪かった…悪かったって…無視した事は謝…』
『誰がいつそんな事聞いたって言うの!』
………?
コイツは一体、何を言ってるんだ?
『芽亜の前であんな話!』
『あ、あんな話?』
『ユーヤ…アンタまさか分からないの?』
『あ、ああ』
お前がな
と、後ろに付けそうになったが
とりあえずどういう事か聞く事にした
『芽亜がアンタに話してなかったとは思ってもみなかったけど…』
そう言って華凛は話し始めた。
『…芽亜にもお兄さんが居て
しかも、そのお兄さんが植物状態にあるの…』
『……えっ』
超能力を除いてあのニュースと同じじゃないか
だけど、俺はそれ以上に芽亜が華凛にはその事を話していて
俺には話してなかった事のほうがショックだった。
心の中で、芽亜とは少なくとも華凛と同等には仲が良いつもりだった
俺には言いづらかったのだろうか
おそらくはそうなんだろう
少なくとも華凛よりは
人は少なからず隠し事はあるモノだ。
だが、華凛には話してると言う事は
誰にも言えないという事では無いはずだ
……
俺は目の前の現実を受け止められず、
ただア然と立ち尽くしていた。
帰り道-
あの後の事はよく覚えていない
何も考えられなかった。
いや、むしろ色んな事を考えてたのかも知れない。
どちらにしろ俺の意識はほぼどこかへ飛んでいた。
『ヤ…ん……ユーヤさん』
『!!?……あ、め、芽亜……な、なんだ?』
『ここでお別れです。』
言葉の響きがまるで俺に死刑を突き付けるように思えた。
『え、え、えぇ?!』
『さっき言ったじゃないですか。
今日はお見舞いに行くから…』
『お、お見舞い?………あ、ああ、そうだったなわ、悪い悪い…ハ、ハハハ』
俺は一瞬、誰のお見舞いか聞きそうになった。
だが、昼の華凛の言葉を思い出して喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
『じゃあね、ユーヤ』
『あ、ああ』
…華凛も行くのか
二人はバスに乗って恐らくは病院へ向かった。
俺は一人家へ向かった。
しかしあれだな
朝から今まで女の事で振り回されて…
女難の相でもあるのか?
『…ハァ』
俺は深いため息をついた。
?時?分 某所
『芽亜』視点
閉じた部屋
閉ざされた空間
閉ざされた人間
そこに私は足を踏み入れる。
彼は目を閉じたまま
私は明るい口調で語りかける
『兄さん。お元気でしたか?』
返事は返ってはこない
構わず私は喋り続ける
学校での事、家での事、友達の事、自分の事………
…彼は何も言わない。
…それでも構わない。
だって、これは私に対する断罪なのだから
『…芽亜』
『…華凛ちゃん』
彼女は決まって悲しそうな顔で私を見る。
それが少し嫌で、
だけど少し私の気分を晴らしてくれる。
『芽亜、今日も辛そうだよ…』
『………仕方ない…です…から』
『そんな事……!』
『あります。』
『芽亜…』
『私が…私が…!!
彼を…兄を…兄さんを…!!
それに…兄さんだけじゃ…!!』
『わかった!わかったから…』
『うわぁぁぁぁぁぁっ!』
気が付くと私は彼女に泣きついていた
…私が…
私が彼を…兄を…兄さんを…
殺した。
私がいなければ兄さんは元気に暮らしてたはずだ。
私と言う存在が兄さんを閉じた部屋に閉じ込めた。
『……ごめんなさい』
『…兄さん』
再び『有夜』視点
あの日から数日がたった
あの日からずっと芽亜は学校の後『お見舞い』に行ってる。
そのせいか芽亜は日に日に疲れてるようだ。
真面目な性格なので授業は受けているが休み時間はいつも寝ている。
俺はそんな芽亜が見ていられなくなって休み時間は教室にいない。
『おい、アル。何処行くんだ?』
『うるさい!ついてくるな!』
俺は淡野を突き放して教室を出る。
何処かに行きたい訳じゃない。
ただ、その場にいたくなかった。
そして、決まって俺は屋上に着く
別に意識した訳じゃない
癖みたいなものだ。
俺は一人で授業が始まるまでそこで時間を潰すそれがこのところ日課になっている。
ただ今日は違った。
先客が居た
『!ユーヤ』
『……華凛』
華凛と会ったと言うのに不思議といつもの嫌気はしなかった。
心の何処かで会いたかったのかも知れない
『『あのさ…』』
?!
『な、何?』
『…華凛から言えよ』
『最近ね…芽亜がおかしいの』
『…おかしい?』
確かにいつもよりは疲れてるようには見えるが…おかしいって…
『おかしいって言うか何かいつもと違うって言うか…』
『いつもと違う…?
具体的に言えないか?』
『…そうねぇ
…このところ毎日「お見舞い」に行ってるでしょう?』
『ああ』
ちょうど俺が聞きたかった事だ。
『前はねそうじゃなかったのよ…』
『…え?』
…そういえば、そうだった
『ユーヤ!あのね芽亜は最近になってあんな…
自分を追い詰めるようになって…』
『自分を…追い詰める?
何で?
何でそんな事を…?』
『それは…!』
その時、チャイムが鳴った。
華凛は一瞬ハッとなって喉元まで来てたであろう言葉を飲み込んだ。
『…私の口からは……言えない…』
俺は俯いて小声で『…そうか』と言って
教室へ向かった。
『…ごめんね。ユーヤ。』
帰り道
俺は一人で帰っている。
本来なら途中までは芽亜と華凛と一緒に帰ってたはずだ。
だけど二人に何も言わず一人で帰っている。
華凛と
そして芽亜にどんな顔して会えばいいのかわからなかったからだ。
…
……どうやら、俺は…
思ったより芽亜達とは良い関係じゃないみたいだ…
それも、そうなのかめ知れない。
思えば俺は彼女達に頼ってばかりだった。
今、思えばそうだった。
朝、遅刻しないように二人に迎えに来てもらい
昼飯の面倒を見て貰ったのは一度や二度では無いし
勉強面でもかなり世話になった
かと言って俺は彼女達に特に何もしていない。
俺は…駄目な奴じゃないか…
これじゃあ、足枷と同じだ…
こんな奴じゃあ芽亜が俺に話さないはずだ…
…
……
………
俺は…
…一人の力で生きていこう
これ以上彼女達の足を引っ張っちゃいけない
……夜
電話が鳴ってる
『…はい、もしもし…』
「ちょっと!ユーヤ何で先に帰ったの!?」
『…ゴメン』
「……ユーヤ、あの…さ」
『…華凛』
「!なっ何?」
『明日から…俺、一人で学校に行くよ』
「えっ!?な、何で!?」
『…ちょっと、やらないといけない事があってさ当分の間一人で行か…』
「なら…その時間に合わせて私らも…」
『…それじゃ駄目なんだよ』
「そ、そうなの?」
『後、帰る時も一人で帰るよ
理由は同じ』
「え…ちょっと待ってよ…」
『芽亜にもそう伝えてくれ』
「待って!ユー……!!」
俺は一方的に電話を切った。
『…これで……いいんだ…』
あれから数週間
あの日からちょうど一ヶ月が経った。
最初の頃は色々問題が起きたものの俺は一人での生活に慣れつつあった。
だが、この数週間で変化があったのは俺だけではなかった。
芽亜が最近は学校を休みがちになり直接病院に行っている。
真面目な芽亜はこれまで体調不良以外の理由で学校を休んだ事はなかった。
これは推測だが、そんな芽亜が休んでまで『お見舞い』に頻繁に行ってるのだから、何か起こったのかも知れない。
華凛はと言うと
俺が離れて芽亜が学校に来なくなっているので必然と華凛も一人になっている。
…俺が一人で生きる事は彼女達の負担を軽くするだけで問題の解決にはならない。
だが、俺は他に方法を思いつかず、
彼女達との距離をとり続けている。
いや、会うのが恐いだけなのかも知れない…
だから、俺は彼女達に会うのが辛くて
早い時間から学校に向かっている。
……
…学校
教室のドアを開けると鞄が机の上に置かれているのが見えた。
その鞄が芽亜のモノと気付くのに時間はかからなかった。
(今日は来てるのか…しかもこんな早い時間に…)
俺は鞄を置くと逃げるように教室を出た。
『…何やってんだろな。
俺。』
体調は悪かった。
今日もあの『夢』を見たのだし
教室を出たのはいいものの足は思うように動かない。
家からここまで来てるのだから知らないはずはなかったが
振り返ると芽亜が居そうなおかしな不安が俺を支配していた。
焦る気持ちと裏腹に思ったよりも早く進めない。
すると、誰かが後ろから俺を呼んだ。
『ユーヤさん!』
…俺を『さん』付けで呼ぶのは一人しか居ない
声は明らかに彼女のモノだった。
俺はしらばっくれようとも思ったが、
観念し
そして、
ある覚悟を決めた。
振り返るとともに芽亜に言葉を返す。
『久しぶりだな芽亜』
『…そうですね』
久しぶりに見た彼女の顔は疲れきっていた。
俺は言葉は失いそうになったが、何か話そうと口を開くと。
『…ユーヤさん』
芽亜が先に言葉を発した。
『少々お聞きしたい事があります。』
さっきの言葉は芽亜にしてもよそよそしく思えた。
でも、断る口実が思いつかなかった。
『…何…だ?』
『…ユーヤさん…最近私達を避けてませんか?』
『!!…ぐッ…うぅ』
芽亜に言われて初めて気付いた。
何か言い返そうとするが言葉にならない声しか出ない。
『ユーヤさん…』
俺はやっと声を絞り出して言った
『そ、そんな事は…無…い』
自分でも説得力が無い事は簡単にわかった。
『…そうですか』
その瞬間芽亜に見切りをつけられた気がした。
『芽亜は…どうなんだ?』
精神は不安定だった。
でも、俺は聞きたかった。
『何がですか?』
『最近お見舞いばかりで学校に来ないじゃないか』
俺は
聞くしかなかったのかも知れない。
『理由…話してくれないか?』
『私に対する断罪だからです。』
『…えっ?』
芽亜はあまりにもあっさり答えた。
その答えよりも簡単に答えた事のほうに俺は驚いてしまった。
芽亜は俺が詳しく話す事を求める前に話し始めた。
『私は生まれつき病弱でした。
そのため、幼少の頃から入院、通院を繰り返していました。』
『…あ、ああ…確かにそうだったな』
(…何故だろう?昔の事があまり思い出せない)
『そのため母や父はもちろん
兄にまで必要以上の面倒をよくかけました。』
心無しか芽亜の喋り方がよそよそしく感じる。
『…十年ほど前の事です。
私はある大手術を受ける事になっていました。
その手術は多少難しい手術でありましたが、
成功すれば入院、通院を頻繁に繰り返さなくてもよくなる手術でした。』
(…なんだ?頭が…痛い)
『手術は成功しました。
ですが、その後問題が起こりました。
私の容態は急変しました。
そして、そのまま再手術に入りました。
私についていた母は一旦は家に帰った父に連絡し
父は兄と共に車で病院へ向かいました。
…その道中、父と兄を乗せた車は事故に遭いました。
父は死に兄は一命を取り留めたものの植物状態に陥りました。』
…これが、芽亜を苦しめるモノの正体なのか?
『その後、父が死んだ事で家計は苦しくなりました。
多少の保険金と生活補助金は入りましたが、
兄の入院費や私の学費
多少はよくなったものの私も通院の必要がありました。
お金が必要になり母は働きに出ました。
…ですが、そんな母も働きすぎで過労死しました。』
芽亜は途中から俯きながら喋っていた。
『芽亜…?』
『私のせいで母も父も死んで
兄も…!
私はッ…!
あろう事か母も父もそしてある意味兄も殺したんです…!!』
『こ、殺したって…そんな事は…』
『私のせいである事には変わりありません。』
『いや、君のせいってのは…』
『…私、分かってました。
有夜さんに話したらそうやって同情してくれるって
でも、私にとってそれは凄く不愉快で…!』
『お、俺はそんな事…!』
『してないって言えるんですか?』
『!…だ、だけどッ君のせいじゃないのは確かなハズだ!』
『何故、それが有夜さんに言えるんですか?』
そうだ、そう断言できるのは芽亜の母か父か兄だ。
少なくとも俺じゃない
俺は…
俺は俯きながら喋った
『…これが、俺に話さなかった理由なのか?』
芽亜は少し考えると答えた。
『…そうかも、知れません。』
そう言うと芽亜は立ち去って行った。
『…そう、か』
俺はあまりにも無力だった。
『?!』
一瞬、俺は目眩がした。
さっきから頭が痛い、気分が悪い
ヤバいな…と思った瞬間意識が飛んだ。
意識が戻った時には俺は地面に倒れていた。
力が入らない。
起き上がれない。
自分の体が自分の体じゃないみたいだ。
ううっ…なんだこれは
なンなンダ
気持チわルイ
ナンダコレハ
俺ハ…
再び俺の意識は遠い所へ飛んだ。
……………
どうか、悲しまないで下さい。
どうか、泣かないで下さい。
どうか、私を許して下さい。
どうか、悲しまないで下さい。
どうか、泣かないで下さい。
どうか、私を許して下さい。
…今ならなんとなく分かる。
この『夢』はこの事を予知していたのだろう
俺は悲しんでいる
俺は泣いている
自分の無力さを嘆いて
『芽亜』に伝えられた事に対して
きっと『彼女』はその事にずっと気付いていたんだろう。
でも、どうする事も出来なかったんだろう。
だから、俺に許しを求めていたんだ…
…もう、泣かないで欲しい悲しまないで欲しい
俺は許すから
君は謝る必要なんて無いから
だか………ら………
……
『俺は…
…!!?』
どうやら目が醒めたらしい。
『ユーヤ…えっと、おはよう』
俺の隣には華凛が居た。
『華凛か…
ここは…保健室か?』
『そうだよ。ユーヤ、廊下で倒れてたみたいで』
『みたいで?』
『あ、えっと…聞いた話だから』
少なくとも華凛は俺をここに連れて来た人間じゃないみたいだ。
『一体、誰が俺をここに?』
『え…えっと…』
華凛にしては歯切れが悪い。
それに今回も華凛らしくない。
『…誰なのか言ってくれないか?』
『………め、芽亜……』
『?!
芽亜が?!』
『う、うん』
…あのあと、もう一度戻って来て俺を見つけたのか?
なんだかそれって不自然に思えるんだが…
『芽亜はさっきまで…ユーヤについてたんだけど疲れてるみたいだから私がかわったの』
『…そう……か』
何なんだこの違和感は…?
窓を見るとすでに日が沈もうとしていた。
『もう、夕方かよ…学校来た意味無ぇな』
そういって俺はベットから降りた
立ち上がる時、少しフラついたが体に異常はもう無いようだ
『…ユーヤ帰るの?』
『ああ』
『…そう』
華凛は何か他に言いたそうな顔をしていたが、
今の俺の精神にそんな余裕は無く、そのまま保健室を出た。
教室に鞄を取りに戻ったが、教室に芽亜はいなかった。
おそらく、『お見舞い』に行ったんだろう。
学校を出た俺は今日の芽亜の行動について考えていた。
一旦、立ち去った場所に再び戻って来た。
何の為に?
俺が倒れた事に気付いた?
多分、違う
距離的にそれはおかしい。
なら、何故?
他に用があった?
なら、何故芽亜は俺を看ていたんだ?
用事があるなら保健室に運んだ時点で行けばいいんじゃないか?
なら、俺に用があった?
馬鹿な。
それこそ有り得ないじゃないか…
でも、
もし、そうだとしたら…?
俺に芽亜は何かを求めていた…?
何故か、そんな気がする
勘とかそんなんじゃなくて…
何か確信のようなモノが俺の中にある
クソッ
どうしたんだ?
俺は…
(ポンっ)
肩を叩かれた。
振り向くと…
『…華凛』
『私…やっぱり話さなきゃいけないと思って…』
『…え?』
『ユーヤ……思い出して欲しい事があるの!』
『思い出す…って、何だよ?
何言ってんだよ?』
『…ユーヤ、よく考えてみて
昔の事を…』
『昔?
だから、何言っ…』
『いいから!思い出してみて!
子供の頃の事を!』
『こ、子供の頃?』
『そう!特に幼稚園くらいから小学校低学年くらいの頃の事!』
『え?…えっと…
昔からよく遊んだよな…三人で…』
『…本当に?』
『な、何言ってんだよ!
じゃなきゃ幼なじみでも何でも無……!!』
『芽亜と私はそうかも知れない
けど…ユーヤ、アンタは違う!』
『!!』
あまりにも衝撃的で俺は何をしていいのか分からなくなっていた…
『ユーヤ…アンタと私は確かに幼なじみ
私と芽亜も幼なじみ
けど!
アンタと芽亜は違う!』
『?!…ち、ちょっと待てよそれ矛盾してないかッ?!』
『よく思い出して…芽亜とユーヤの正しい関係を…
そして、「あの日」の事を!』
『何だよ…それ意味ワカンネ…よ
…う゛ッ』
まただ…また頭が痛い…
駄目だ…また…また…意識が…!
『芽亜を…芽亜を救えるのはアンタしかいないんだよ!
ユーヤ!!』
俺が…?
無力なハズの俺が?
なん…で…?
『本当の事を思い出して
それは、辛い事かも知れない!
苦しい事かも知れない!
けど…ユーヤがやるしか無いの!』
『俺…が…?』
『そう!
…だから!!
どうか、泣かないで!
どうか、悲しまないで!』
『!!!…華凛?
その…言葉…』
『そして、こんな方法しか思いつけなかった…
私をどうか許して…』
『!!!!』
俺の本日二度目となる気絶は…
俺にとって衝撃的すぎる出来事があったから…
…かも知れない
(……ドサッ)
十数年前
俺は生まれた
そこから始まったのは俺の物語
俺の人生と言う物語
俺が主人公である物語
これはその物語のほんの一部
だが、俺と言う
柏木有夜と言う人間の人格を作り上げたピースの一部でもあるのだろう
……
約十年前
俺は自分の事を僕と呼んでいた
僕の一日は家と幼稚園の往復で終わる
本当は友達と遊びたいが事情があってそれは出来なかった。
だから、僕の世界は家の近所と幼稚園だけだった
それは仕方のない事だと思ってた
寂しいとは思わなかった。
僕の遊び相手は幼稚園の外にも居たから
家の近所に住む華凛ちゃん
時々、家に遊びにくる良治くん
そして、
妹の芽亜が居たから
妹の体はあまり健康体とは言えなかった。
むしろ、病弱と言うべきだった。
数年前、僕と芽亜は同じ日に生まれた。
つまり双子だった。
だが、僕と芽亜は生まれた時から扱いが違った。
僕は生まれた時は普通の赤ちゃんとして扱われた。
だが、その後に生まれた芽亜はすぐに新生児集中治療室と言うところに連れて行かれた。
僕は他の赤ちゃんと同じ様に退院できたが、
芽亜が退院出来るようになったのはそれから何ヶ月も後だったそうだ。
同じ日に同じお母さんから生まれたと言うのに…
それから数年
僕と芽亜は同じ幼稚園に入った。
お父さんとお母さんが言うには『芽亜に人並みの生活をさせたかった』そうだ。
今でも芽亜は何度も幼稚園を休んで病院へ行く事が多かった。
僕は僕のために必要以上の時間を使う事は出来なかった。
だから、僕の遊び相手は必然的に少なかった
家が近所の華凛ちゃん
親戚で時々遊びにくる良治くんぐらいだった
ちなみに華凛ちゃんとは同じ幼稚園だけど良治くんは僕の家より少し離れた場所に住んでいて幼稚園は別だった。
良治くんとは『中学生くらいになると同じ学校になる』と聞いていた。
華凛ちゃんや良治くんが居ても芽亜を置いて外で遊ぶ訳にはいかなかったからよく家の中で遊んだ。
僕にとってそれは当たり前だった。
別に苦でも何でもなかった。
そして、それはきっと変わらない事だと思っていた。
『それ』が変わらないまま月日が流れ
僕は小学生になった。
小学生になっても『人並みの生活をさせたい』芽亜は僕と同じ小学校に入った。
芽亜の体は相変わらずと言ったところで学校もよく休んだがなんとか進学はギリギリ出来るくらいは通っていた。
その頃だった
お父さんかお母さんかは忘れた
でも、どちらかが僕に言ったんだ
『有夜』
『なに?』
『芽亜はね、体があまりよくないの
知ってるよね?』
『うん』
『だから、有夜はね芽亜の為に色んな事を我慢して欲しいの』
『芽亜のために?』
『そう。
出来るよね?お兄ちゃんだもの。』
『うん』
…嘘だった。
本当は我慢なんてしたくなかった。
流れて行く月日の中で僕の考えは変わっていた。
僕はもう限界だった。
友達ともちゃんと遊びたかったし
芽亜ばかりじゃなく僕の事も構って欲しかった。
いつだってそうだった。
僕がいくらテストで良い点を取ってもお父さんもお母さんも芽亜しか見てなかった。
やがて僕は勉強をしなくなった。
それでも、両親は気にも留めなかった。
僕にある感情が芽生えるのにあまり時間はかからなかった。
そう、
『嫉妬』と言う感情が芽生えるのに
『あの日』まで後三ヶ月
『…ユーヤ、帰るの?』
『…そうだよ、いつもの事でしょ華凛ちゃん』
『そうだね、「妹想い」なんだねユーヤは』
『…………ん…事…い…』
『えっ?今、何て…?』
『何でも無いよ』
不思議そうな顔をした華凛ちゃんを尻目に僕は家へ向かった。
この日、芽亜は体調を崩し早退していた。
こういう日はお母さんが一旦仕事から帰って芽亜を看ているのだけど
お母さんはまた仕事に戻らないといけないから僕が帰ってきて芽亜を看ないといけなかった。
ちなみに僕の家は共働きで両親は共に忙しく僕は家で芽亜の様子を見ないといけなかった。
仕事が忙しいのは芽亜の治療費の為に働いているからだそうだ。
『ただいま』
『お帰り有夜。お母さんまた仕事に戻らないといけないから…』
『わかってるよ。いってらっしゃい。』
『芽亜の事頼んだからね。行ってきます!』
『………ふぅ…』
僕は表面上では両親の前では『いい子』を演じていた。
……
僕はランドセルを置くとすぐに芽亜の部屋に向かった。
『…あ、ユーヤお兄ちゃん…お帰り…』
『…ただいま、芽亜』
芽亜は熱を出していたので、辛そうに僕に話しかけてきた。
『寝といたほうがいいよ、芽亜』
『…うん…そうする』
芽亜が寝たのを確認すると、僕は深いため息をついた。
お母さんには宿題をやるように言われていたが、全くやっていなかった。
やらなくても気付かなかったし、学校では適当にごまかせば何とかなった。
ただ、芽亜の部屋にいる間やる事が無くなるのは少し困った。
でも、芽亜を置いてリビングでテレビを見ていては何かあった時、責められるのは僕だし
ゲームや漫画等は買う機会がなく家にはなかった。
僕はただ時が流れるのを待つしかなかった。
最初の頃はイライラしていたが、慣れてしまうと苦にはならなかった。
今日はそのままフッと眠ってしまった
………
―お前、それでいいのか?―
「何がだよ」
―妹に振り回されてるだけじゃないか―
「それがどうしたんだよ」
―そんな灰色の人生でいいのかよ?―
「…しッ仕方ないじゃないか!」
―本当にそうなのか?―
「…え?」
―仕方ないと思いこんでるだけで、他の方法をとろうとしてないだけだろ?―
「ほ、他の方法?何だよソレッ!」
―簡単な事だ、殺しちまえよ妹を―
「こ、殺す…?芽亜を…!?」
―そうすりゃこの苦しむから灰色の日々からオサラバ出来るハズだ―
「そ、そんなの!出来…」
―まぁ、どうするかはお前が決めるんだなァ―
………
『あ、僕寝てたのか…』
『………』
―殺しちまえよ―
『………』
―ほらほら、殺っちまえ―
『……ッ…!』
―行け、殺れ!―
僕は自分の手を芽亜の首まで延ばした
―早く、殺せ!―
『ぼ、僕は……
僕……は…………
…僕はッ!』
僕の腕は小刻みに奮えて額に汗がべっとりついていた。
掌が芽亜の首に触れた。
―そのまま絞め殺せ!―
『…………』
僕はそのまま芽亜の顔を見ていた。
すると、
『ん…ユーヤ…お…兄ちゃ…ん』
『………ッ!!……』
僕は腕を降ろしだらんと下を向いた。
―何故、殺さない!?―
(何…言ってるん…だよ…そんなの…出来ない…出来る訳無いだろ!…)
―お前…それでいいのかよ!―
(芽亜は…芽亜は僕の妹なんだよ!
僕が芽亜を殺してなんになる!?
結局は何にもならないんだよ!!
…余計、悲しくなるだけだよ…)
―チィ…意気地無しめ!―
この時、僕の中の『何か』が消えたように感じた。
『…ユーヤお兄ちゃん?』
『あ…ご、ごめん…すぐに降り…』
『私を殺さないの?』
…えっ?
今
今、芽亜は何て…
ナンテイッタ?
『…ッ…な、何言ってるんだよ
僕、びっくりしちゃったじゃないかぁ』
『私を殺したかったんしゃないの?』
『そッ…そんな事ある訳無いだろッ!?』
『分かっちゃうもの…』
『え…?』
『私とユーヤお兄ちゃんは双子だもの
お兄ちゃんの考えてる事、大体分かっちゃうんだよ。』
『………』
自分では、そんなそぶり見せた覚えはなかった。
でも、芽亜に『見抜かれて』いた。
『本当の事言っていいんだよ。
ユーヤお兄ちゃん。』
どうして…どうしてそんなに辛そうに笑うんだ…?
『…芽亜はまるでエスパーだな』
『…そう…だったら…いいのに…ね』
『…芽亜?』
『もし…そうならお母さんにもお父さんにも…
ユーヤお兄ちゃんにもメーワクかけずに居られるハズなのに…』
『…芽……亜…?』
『私が…居るからッ…みんなにみんなに辛い思いさせて…私なんて…
…生まれてこなければよかった!
…死んでしまえばよかった!』
芽亜の頬に涙が一筋流れた。
『!!!』
『だから…ユーヤお兄ちゃん…私、こんな事しか出来ないけど…殺して…』
芽亜は僕の手首を掴み自分の首まで引っ張った。
僕は…それでいいのか?
芽亜はこんなにも傷ついていたじゃないか…
これは…僕のせいじゃないか?
僕一人が辛いんじゃない…芽亜だって芽亜だってこんなにも…
『…芽亜』
『えっ…?
ユー……兄……』
僕は腕を芽亜の頭の後ろまで持って行き芽亜を抱き寄せた。
『ごめんね、芽亜。』
『…お兄ちゃん?』
『僕が芽亜をそこまで追い込んだんだね…』
『ユーヤお兄ちゃんのせいじゃ……!』
『芽亜…芽亜は何も悪くない…悪くないんだ…』
『…え?』
『芽亜は僕にとって…大切な大切なたった一人の双子の妹なんだ…
だから、芽亜…自分を責める事は無いんだよ…』
『…私、居てもいいの?
きっと、ユーヤお兄ちゃんにメーワクかけちゃうよ?』
『僕はもう大丈夫だから…芽亜は居てもいいんだよ』
『お…兄ちゃ…ユー…ヤ……お兄…ちゃん…
う、うわぁぁぁぁっ!!』
芽亜は僕の胸で泣いた
それだけ辛かったんだろう。
この時、僕はある決心をした。
芽亜を…
『芽亜を守る』と言う事を
あの日まで後、『一ヶ月半』
ある日、芽亜が倒れた。
体調を崩すのはいつもの事だったが、今回はいつもと違った。
突然、急に倒れたのだ。
そのまま病院に連れていかれて入院する事になった。
僕はその日から毎日病院『お見舞い』に行った。
他に方法を知らなかったから
側にいる事でしか力になれないと思ったから
幸い病院までの距離は小学校低学年の僕でも行ける距離だった。
(ガー…)
『芽亜』
『あ、ユーヤお兄ちゃん!』
『調子はどう?』
『悪くないよぉ今すぐ退院してもいいくらい』
僕は毎日こうして芽亜の元気な姿を見ないと不安で仕方なかった。
『そうか、なら…よかったよ』
僕は出来る限りの笑顔を作った。
すると、芽亜はそれ以上の笑顔で返してくれた。
『あ、そうだ。芽亜、喉渇いてない?
ジュース買って来てあげようか?』
『本当?じゃあお願いね。』
『ああ!』
そう言って僕は下の階の自動販売機に向かった。
芽亜が好きなジュースを買って上の階に行こうとすると聞きなれた声が聞こえた。
(…ん?この声、お父さんとお母さん?
来てたの?)
特に何も考えずに声のした部屋を覗いた。
すると、うろたえた両親の姿が見えた。
『そ、それってどういう事ですか…』
『め、芽亜は…』
『大変言いにくい事ですが…柏木芽亜さんは今非常に危険な状況にあります。』
(ッ!!!!!)
『芽亜は一体…』
そこからの話は子供の僕には詳しい事は理解出来なかった。
だけど、話を聞いてて理解した事は…
芽亜が今、とても危険な状態にあると言う事
芽亜を助かるためには体の根本的な問題から直さなければいけないと言う事
その為にはここより大きな病院に移って大きな手術を受けなければいけないと言う事
その手術自体も成功する確率は低いと言う事
……
僕はどんな顔をして芽亜に会えばいいのかわからなかった。
だけど、ここで逃げちゃ駄目だ。
芽亜に不安を与えちゃいけない。
芽亜に『見抜かれ』ちゃいけない。
とりあえず、ジュースぬるくなったから買い直そう…
僕はドアの前で一旦深呼吸した。
冷静になれ
Coolになれ僕
普段通りだ
普段通りに振る舞え
柏木有夜!
そう自分に言い聞かせて僕は戸を引いた
『あれ?遅かったね
どうしてたの?』
『いやぁ悪い悪いそれが道に迷っちゃってさぁ』
『道に迷ったって?』
『いや、下の階ね
芽亜の好きなやつ売切れててさぁ』
『えっ…?!それで外まで買いに行ってたの?』
『いやぁ、悪いね遅くなっちゃって
…ハハハ』
『そんな…いいよ
私のためにそこまでしてくれたんなら…』
『そっそんなんじゃないよ…
ほら、ちゃんと買ってくるって言ったのに
別の買ってきちゃあ格好つかないだろ?』
『道に迷ったのは格好つくの?』
『うっ…ハ、ハハハ』
『…うん、でもありがと
ユーヤお兄ちゃん』
『あ…ああ!』
何とかごまかす事は出来た。
でも、きっといつか芽亜はこの事を知る
僕がやった事はその時までの時間稼ぎでしかない。
そして、僕は…
その時、芽亜を支える事が出来るのだろうか…?
『あの日』まで後一ヶ月
あれから半月
芽亜は大きい他の病院へ移った。
そのため、僕は『お見舞い』に行けなくなった。
病院へ移る際、両親は手術の事を芽亜に告げた。
流石に成功率が低い事までは教えなかったみたいだが、芽亜は特に驚きもしなかった。
ひょっとしたら自分でわかっていたのかも知れない。
自分の身体の事を
そして、僕は両親らと一緒に数日ぶりに芽亜に会いにいく事になった。
ついでにクラスで作った千羽鶴も持って行く事になった。
病院は家から30分かかる場所に有った。
僕は芽亜に会える事をうれしく思っていた。
例えそこが病院でも
……
『あ!ユーヤお兄ちゃん!!お母さん!お父さん!』
『芽亜!』
『あらあら、お母さんやお父さんより有夜?
いつの間にそんなお兄ちゃんっ子になったの?』
『お父さん最後かよ…』
『芽亜元気にしてたか?』
『うん!』
その時、医者が両親に話かけて来た。
『芽亜、お父さん達今から先生(医者)とお話があるからしばらく有夜と話してなさい』
『うん、わかった』
芽亜がそう言うと両親は医者と一緒に別の部屋に向かった。
話の内容は気になったが、芽亜と話す事のほうが僕にとって重要だった。
『そうだ、芽亜。
これみんなから千羽鶴。』
『わぁー!凄い!』
『……』
『どうしたのユーヤお兄ちゃん?』
『いや、なんか芽亜と話すのって久しぶりな気がして…』
『私も
何日か前までの事なのにずっと会って無い気がして』
『どうしてだろう?』
『どうしてだろね?』
『でも…今日、芽亜に会えてよかったよ』
『私も』
芽亜はこの時、微笑んだ。
もしかしたら、この笑顔が最後に見た芽亜の笑顔だったのかも知れない。
この日、芽亜の手術が半月後に決まった。
『あの日』まで後、半月
芽亜の手術が明日に控えている
僕はまともに落ち着いてはいられない状態にあった。
学校では勉強自体についていけてない事もあったが、勉強が手につかず
家ではずっとそわそわしていた
手術には僕も立ち会う事になっていた。
僕が自分で両親にそう言った。
両親も認めてくれたし、
手術は昼頃に予定されてたので学校にも早退すると伝えた。
何より手術前に芽亜に会って、何か言葉をかけたかった。
思えばここ最近、僕は芽亜の事ばかりを考えていた。
一体、何故だろう?
確かに芽亜の事は心配だ。
仮に手術が失敗し、芽亜が死んでしまったら…
なんて考えると僕はどうしていいのか分からなくなる。
でも、一日のほとんどの時間を芽亜の事を考えるのに使っていた。
ひょっとして僕は…
僕は…芽亜の事を…………
………
…まさか、ね
だって、僕は…
芽亜の双子の兄でしか無い。
それ以上でもそれ以下でも……無いんだ。
…兄…か………
…そういえば
芽亜は何故、僕の事を『ユーヤお兄ちゃん』とお兄ちゃんを付けるのだろう?
確かに僕は兄なのだからおかしくは無いかもしれないが、双子なんだから普通付けないんじゃないだろうか?
テレビで見るような双子はお互いを呼び捨てで呼んでるし
…いまさらながら不思議に思えた。
明日…聞いてみようか?
聞けたら…ね
そんな事を部屋で考えていると玄関のほうで物音がした
(お母さんかな?
でも、いつもより早いような…)
その物音はだんだん大きくなって部屋に近づいてくる
これは…誰かが走って来てるのだろうか?
すると、その物音は僕の部屋の前に止まった。
『有夜!!』
『お父さん…?!!
どうしたの?こんな時間に…』
『今はそれどころじゃない!
早く車に乗れ!』
『えっ???な、何で?』
『芽亜の容態が…急変したんだ!』
『!!!!!』
あれから…何時間経っただろう…?
芽亜の容態は急変し明日行われるはずの手術は今日緊急に行われた。
僕はお父さんに連れられて手術室(?)の前にいるここにくるまでは放心していて断片的にしか記憶が無い。
ただ、気付けばここにいたそんな感じだ。
ちなみにお母さんは先に来ていたようだ。
…
お父さんもお母さんも動揺を隠しきれていない。
お父さんは額と左目に左手をあてて何かぶつぶつ言っている
お母さんは俯きながら掌を組み合わせて神にでも祈っているように見える。
僕はと言うと先程言ったように今まで放心していた。
気がつくと体が震えて涙が出そうになっていた。
そして僕はその時、ある事に気付いた。
僕にとって芽亜は最も大切な存在だと言う事を
今の僕から芽亜を取ると何も残らない。
芽亜は僕の中心だった。
一時期は殺したいほど憎んでいた。
だが、その反動で僕は芽亜に依存していた。
やっぱり…そうなんだ…
前は否定したけど…僕は…
僕は…
芽亜が好きなんだ
…大好きなんだ
妹として
そして…女の子としても…
芽亜が大好きなんだ。
その気持ちに気付いた時
よりいっそう芽亜がいなくなる事に恐怖を感じた。
『…芽亜』
そういって手術室の扉のほうを見た
すると、その瞬間『手術中』のランプのようなものが消えた。
僕がその意味に気付く前に中から医者が出て来た。
僕と両親は医者に駆け寄り言った。
『先生…!芽亜は…?!』
まるで、いつか見たドラマのワンシーンのような事を演じるとは思わなかった。
芽亜の手術は…
成功…した。
しかし、
これは彼女にとって
つらい日々の終わりを意味してはいなかった。
否、
むしろ、
始まってもしなかった。
時計の針は既に零時をまわっていた。
僕は芽亜の病室にいる
『有夜、お父さんと家に帰りなさい』
『え、でも…』
『有夜は明日学校でしょ?
帰らないといけません。』
『…わかった』
僕はせめて芽亜が麻酔が切れて目を醒ますまで居たかった。
しかし、お母さんが言ったように僕は帰らないといけなかった。
…もし
ここで僕が駄々をこねてでも芽亜の側に居たなら
最悪の事態は回避できたかもしれない…
僕はタクシーでお父さんと帰る事になった。
車は明日、お母さんは昼から仕事に出るために必要だったので、
お父さんはお母さんに鍵を預け、病院の駐車場に置いて帰った。
………
家に着くと僕はリビングのソファーに倒れこんだ。
奥の自分の部屋に戻る気力は無かった。
そこで僕の意識は一端途切れた。
気が抜けたから
と、言っておく
…
(プルプルプルプル…)
『…ん?』
僕は電話の音で目が醒めた。
時計の針は3時近くまでまわっていた
お父さんが電話を取ると話声が聞こえた。
『もしもし、柏……えっ!?』
『めっ芽亜が?!』
『わ、わかった
すぐに行く!』
(…え?芽亜に何かあったの?
だって芽亜は…
…
…確かめないと!)
僕は玄関へ向かうお父さんのズボンを掴んだ。
『…待って
…僕も』
この判断は
結果的に
あの事を引き起こす事になった。
車は病院に置いて来たので帰った時と同じでタクシーで病院で向かった
お父さんの話では芽亜はあの後、発作を起こし再手術を受ける事になった。
あの不安、あの恐怖が再び僕に襲い掛かって来た。
ちなみにタクシーには僕もお父さんも後ろに座り
助手席には誰にも座っていない
もしかしたらお父さんは僕の気持ちを察して僕の不安が和らぐよう一緒に後ろに座ったのかも知れない。
だが、それくらいで和らぐ不安ではなく、僕は先程までの眠気がすでに消えて無くなったぐらいに青ざめていた。
『有…』
お父さんはこの時、僕に何か言葉をかけようとしたのだろう。
その時タクシーが止まった。
大きな角を曲がるために信号待ちするからだ。
お父さんはそれとほぼ同時に言葉を止めた。
僕はその事を気にしなかった
気に出来なかったと言ったほうが正しいだろう
次の瞬間
何か大きな衝撃
それを後押しするような何かの力
見ていた景色の変化
そして、
激痛
……僕はどれくらい気を失ったのだろう?
気がつくと僕はタクシーから放り出されていた
いや、タクシー『だったモノ』と言ったほうが正しいだろう
何が起こったのか僕は理解出来なかった。
そして、理解する前に次は激痛が襲ってきた。
『…痛ぅッ…アア゛ア゛うぁあああっ』
(何だこれ?
痛い
凄く痛い
…血?)
タクシー(だったモノ)のサイドミラーに僕の姿が見えた。
僕は……
血まみれだった
タクシーの僕が居たところには僕と同じくらい血まみれなお父さんがいた。
僕はその事に気付くと声を搾り出した
『お父…さ………』
その瞬間
お父さんはこっちを向いて笑った
…ように見えた
それと同時にタクシーだったモノは発火した
僕は何が起こったのかわからなかった
混乱して訳がわからなかった。
そして、僕は気付いた。
自分の体の状態に
力が抜けていく
このまま、死ぬのか?僕は?!
芽亜が…
芽亜が大変な時だっていうのに!
くっ…
芽亜!
…芽亜
…芽………………亜………………
『……………芽………………………
…………亜………』
そこで僕の意識は途切れた。
…今なら分かる気がする。
あの時、親父はきっと俺を助けてくれたのだろう。
言葉が止まった時、突っ込んでくるトラックに気付いたんだ。
それでとっさの判断で車のぶつかる衝撃を利用して俺を車の外に押し出したんだ。
自分の命を守る前に俺の命を守ったんだ
今頃になってその事に気付くなんて…
でも、
俺は…
助かったのか?
『起きたみたいねユーヤ』
『華……凛……?』
起きた時、俺は公園のベンチに寝かされていた。
俺が倒れた後、華凛が引っ張ってきたのだろう。
『…華凛
聞きたい事が…ある』
『…なぁに?』
その時、心無しか華凛が優しそうに見えた。
『俺はどうなったんだ?』
『どうなった、って?』
『俺は…芽亜の所へ向かう途中、事故にあった…そこで俺は…
俺は…血まみれになって…意識を失った。
でも!
そっから先の記憶がはっきりしない
気がついたらこの街ですごして居た記憶しか無い!
つじつまが合わないんだ!!』
『…私からは、何も言えない』
『じゃ、じゃあ芽亜の事は!?
あいつは俺の「双子の妹」だったハズだ!
何故、今は「幼なじみ」なんだ?!』
『…アンタが望んだ事だから』
『えっ…?』
『アンタはこの世界の中心だから…それ以上は言えない』
『俺が…?
訳分かんねぇよ、ソレ!』
『アンタが…自分で気付くか思い出すしかないの!』
『…じゃあ、最後にこれだけ
俺の頭に何か柔らかいモノが当たってる…
そしてお前の頭の位置が何故かベンチの内側にある…
…お前、まさか
俺にひざまく…』
その瞬間、華凛の顔が真っ赤になり
華凛は拳を振り上げた。
それとほぼ同時に俺はベンチから起き上がり、距離を取った。
『…ありがとう、華凛
俺…やらないといけない事が出来た。』
そう言って俺は走り去った。
『…さようなら、ユーヤ』
別に目的地が決まっていた訳では無い
ただ、芽亜を探していた。
会って何を話せばいいのか分からない
でも、今なら何か言えるハズだ。
俺は…
あの娘の兄貴だから
芽亜がいそうな場所を探しながら俺は華凛の言葉の意味を考えた。
俺が望んだ事?
俺が中心?
俺が望んだ…何を
芽亜が『妹』じゃなく『幼なじみ』である事を?
何故…
いや、愚問だな
そうである事を願う理由なんて簡単じゃないか
俺が…
芽亜を好きだと言う気持ちに正当性を持つためだからだろ
俺が…そうであって欲しいと願ったから
なら…
何故、ソレが叶った?
俺がこの世界の中心だから?
どういう意味だ?
『…言葉の通りですよ』
後ろから声が聞こえた。
この声…
『…芽亜』
気がつけば俺が居た場所は…
あの事故が起こった場所だった
『!……ここ…は…』
『思い出した…みたいですね。
ユーヤさん…
いえ、兄さん』
『…芽亜、俺は…お前に話が…ある』
『話…ですか?』
『俺の思い出した記憶…よく考えればつじつまの合わない事ばかりだ。』
『…………』
『芽亜なら…分かるんじゃないか?』
『…私が?』
『教えてくれ!芽亜!!』
『私が…教える?
そんなの…出来ません』
『なっ…何故?!』
『だって「この世界の」私は知らないんですから』
『「この世界」…?
だから、それは何なんだ!』
『ユーヤさんが望んだ世界じゃないですか』
『そんな馬鹿な事があるのか!?
俺が望んだから…それだけで世界が作れるハズ…無いだろ!』
『…でも、実際にこの世界は存在してます。』
『な、なんだよ…ソレっ……それじゃあそれじゃあまるで…』
『ユーヤさん…いえ、兄さん
兄さんは忘れてた事を思い出したんでしょう?
それでも、記憶が足りないなら
その記憶は元々無かったと言う事です。』
『……ッ……!!』
『後は、自分で考えた答えを導くだけでしょう?』
『……もしかしたら
……もしかしたら
ずっと前に気付いていたのかも知れない
でも、信じたく無かっただけなんだ…
だけど…
もう、ここまで来たら信じるしか無いじゃないか…!!』
『…兄さん』
『…あの事故の後から、ずっと…
ずっと…俺は眠り続けてたんだ…
その夢の中で…芽亜や華凛の事…思ってたんだ
それが…それが…段々現実みたいになって行って…
この世界が…出来たんだ
この世界は…俺の夢の中の世界…
夢の世界の中の
妄想の街だったんだ!』
『ユーヤさ…
!!』
『俺の体が消える…!?
真実に気付いたから!?
俺は目を覚ますのかな?
それともあの時死んでて消えるのかな?
どちらにしても
さようなら、この世界の…「幼なじみの」芽亜』
芽亜は一瞬黙って
そして、笑顔を作って言った
『さようなら、ユーヤさん』
その笑顔が寂しそうに見えたのはきっと俺の気のせいなのだろう。
そして、俺は『この世界』から消えた。
『…さ…よ…うなら
さよ…な…ら
ユー……ヤ……さん
うぁぁあああぁぁあっ』
現実世界-華凛視点-朝
『……ッ……
…あ
…夢?』
今日の寝起きは最悪だった。
アイツの…ユーヤの夢を見たから
しかも、今日に限ってひざ枕する夢なんて…
夢の中とはいえ自分のした事に嫌悪感を覚えた。
私は時々、昔事故に遭って植物状態にある幼なじみと過ごす夢を見る。
何故かは知らないし
夢の中でどう過ごしたのか夢から醒めると覚えていない。
ただ、夢から醒めると夢だと気付かされて失望する。
いつの頃からだろう?
確か中学生くらいの時からこんな夢を見る
今日に限ってはひざ枕なのだからいっそうタチが悪い。
そんな事を考えながら私は仕度を済まし
アイツの居た
そして、あの娘の居る家に向かった。
……
(ピ~ンポン)
チャイムを鳴らしてしばらくするとあの娘が出て来た。
『おはようございます華凛ちゃん』
『おはよう芽亜!』
この娘は柏木芽亜、アイツの双子の妹だ。
こうして毎日一緒に学校に向かっている。
そういえば芽亜と一緒に学校に行くようになったのも中学生くらいからだ
小学生の頃はアイツの事を思い出しそうになるからあまり一緒に居ようとしなかった。
中学生になって同じクラスになった事がきっかけでこうして一緒に登下校するようになった。
『…って、アレ?!
今日も学校に行かないの?』
『ごめんなさい華凛ちゃん…今日も…』
『んー…わかった
まぁ、出席日数はなんとか足りてるし
芽亜の頭なら多少勉強が遅れたくらい取り戻せるし
それに……』
『華凛ちゃん…?』
『あ、いやなんでも無い私も学校終わったら行くよ「お見舞い」』
『あ、はいわかりました。』
『じゃ、私は学校行くから!』
『はい』
そうして私は学校に向かった。
『…それに……芽亜がどれだけユーヤの事、大切に思ってるか…知ってる…から』
現実世界-芽亜視点-朝
華凛ちゃんの誘いを断るのは
いつも気が引けたけど、それでも私は兄さんの側にいないと不安になる。
…もし、あの日私が発作など起こさなければ
父は死ななかっただろうし、兄さんがこんな事になる事はなかった。
もっと言えば母も過労死する事も無かった。
唯一残った身内であり、私にとって最も大切な人それが兄さんだった。
兄さんはあの日事故に遭うまで私によくしてくれた。
きっと兄さんはもっと遊びたかっただろうし
私の事で精一杯だった両親にも構って欲しかったハズだ。
それなのに兄さんは『芽亜は悪くない』と言って私を大切にしてくれた。
私にとって心の支えになってくれた。
恐らく、いや、今も妹として抱いてはいけない感情も抱いていた。
しかし、そんな兄さんから沢山のモノを奪ったのは紛れも無い私自身だった。
生前の母からはそんな風に考えるモノじゃないと言われたが、
そうとしか考えられなかった。
結局、私は兄さんにとって足枷でしかなかったのだと。
…私には待つ事しか出来ないけど
兄さんが目を覚ました時誰もいなかったら寂しいだろうから
そして、側にいないと兄さんがどこか遠い所に行ってしまいそうな
そんな不安に駆られたから私は兄さんの側に居るんだ。
病室の前
私は深呼吸して
そして、病室に入る
『おはようございます、兄さん』
返事は返って来ない
いつもの事だ。
いつもの事…だけど
その度に私は涙が出そうになる。
でも、泣いていても何かが変わる訳じゃない
だから、私はなるべく堪える事にする。
この前、華凛ちゃんの前で泣いてしまったけれど…
……
…こんなに近くに居るのに兄さんは遠いどこかに行ってしまってるように感じてしまう。
頻繁にそんな不安に駆られる。
そんな時は兄さんの手を握る
手の暖かさで兄さんがここに居る事を感じられた。
それでも不安が募る時はその手を抱いて兄さんの側で眠る。
そうすれば不安はどこかに行き、安心出来た。
でも、やがて兄さんの抜け殻を抱いてるような自分に気付き
自分に対する深い失望と自己嫌悪に陥るのだ。
『…私は…何を…しているの?
…結局、私は…
私は…!!
兄さんの為と言いながら…!
兄さんにすがっているだけじゃないか!!
…うっうう…』
その時、自分に対する自己嫌悪と共に兄さんに対する深い反省の気持ちから涙が出た。
…思い知らされる
自分がいかに卑しい人間かを
アレだけ迷惑をかけていながら
未だ兄さんの影に縋り付く自分の未熟さを
『…ごめ…ん…なさい
…ご…めん…な…さい
兄……さ……ん……』
私はそのまま泣きながら兄さんに謝り続けた。
所詮はこれも兄さんの影に縋り付く行為の一つのようなモノで
まるでピエロを演じているようなモノ
…のハズだった。
でも、
今日は違った
私の頬に兄さんの掌が触れた。
『…ッ……兄さん?!』
『芽亜……何で…泣いているんだ?』
-有夜視点-
…もし、生きて芽亜に逢えたなら
何て言おうか?
いや、考えるだけ無駄だな
その時、一番言いたい事を言おう。
……
何年ぶりだろう?
十年弱ってところかな?
現実世界で起きるのは
でも、最初に見た光景は芽亜の泣いてる姿だった……
………
『芽亜?』
『兄さん…目を…覚ました……の……?』
『…おはよう、芽亜』
その時、自分なりに精一杯の笑顔を作った。
次の瞬間、芽亜は俺に…こう言った。
『兄さん…ごめんなさい』
『芽亜…?』
『ごめんなさい兄さん
ごめんなさいごめんなさい…』
『め、芽亜…何でそんなに謝るんだ…?』
『ずっと…ずっと…謝りたかった…
…私は…兄さんを苦しめる事しかして来てなくてッ…
兄さんがずっと眠ったままにいた事も……』
…これは…あの時と同じだ。
ベットに居た人間が逆なだけで
あの時と……!
なら……!!
俺は芽亜を抱き寄せた
あの時と同じように
『兄さ…?!』
『前にも、言ったろ…?芽亜が悪いんじゃないんだ…
芽亜が悪いんじゃ…ない』
『だ、だけどッ…兄さんは私のせいで十年近くも…』
『芽亜のせいじゃない
それにもう済んだ事だ
俺はこうして芽亜を抱く事が出来るだろ?』
『兄……さ……』
ああ…そうか
あの夢は……こういう意味だったんだ…
『芽亜…
どうか泣かないで
どうか悲しまないで
そして…俺を許してくれ』
『兄さんを…許す?』
『君を追い込んだのは俺なんだだから…』
『に、兄さんが悪いんじゃない!!』
『なら、これで全部元に戻そう
以前の…
双子の兄妹に戻ろう』
『…に…兄さ……
ユ………ヤ…お……兄…ちゃ……
ユーヤお兄ちゃん…
うっ…うぁぁぁぁぁっ…』
あの夢は俺が言いたかった事なんだ
視界がぼやけていたのは俺も泣いていたから
でも、もうそんな事はどうでもいい
俺はただあの時の決意を果たすだけ
『芽亜を守る』と言う決意を
……
『あれ、淡野君?』
『華凛ちゃん?華凛ちゃんもアルにお見舞い?』
『うん、だけど今は入っちゃ駄目』
『え…?何で?』
『久しぶりに兄妹水いらずってやつよ』
『…?』
あれから半年
俺はあれからリハビリと勉強に励んで何とか日常生活をこなせる、
落ちこぼれLevelだが学校に行ける頭になっていた。
医者言うには普通なら有り得ない早さだと言っていたが、
何となく俺には有り得ないとは思えなかった。
まぁ、そんな事はどうでもよく
今日が俺の初登校日となる
『ユーヤお兄ちゃーん準備出来ましたー?』
『ああ、出来…』
『ちょっ…ユーヤお兄ちゃん!
頭ボサボサですよ!』
『え…?
ま、まぁ、いいじゃな…』
『よくありません!
ちょっとこっち(洗面所)に来て下さい!』
『え?あ!め、芽亜?!いいから!自分でするから!!』
『私がやります!』
『い、いや…ちょっ…待っ…
うわぁぁぁ…』
………
-登校路-
『アハハハハハッ!!
そ、そんな事やってたの!?』
『華凛ちゃん…笑う事無いじゃないですかー』
『ご、ごめんごめん
でも、ユーヤ、アンタ…』
『…まぁ、悪い気はしなかったけど…
兄貴としてはどうかと思う…』
『もう!ユーヤお兄…
兄さんが…』
『わかったわかった…俺が悪かったよ』
芽亜は二人で居る時は俺を『ユーヤお兄ちゃん』と呼ぶが、
人前では兄さんと呼ぶようになった。
何故かは知らないが芽亜なりに心境に変化があったみたいだ。
ちなみに華凛とはいい意味で夢の中と同じような関係になっている。
『…そういえばユーヤって子供の頃と性格変わってるよね』
『そういえばそうですね…でも全然違和感感じません。』
『それにこうして三人で登校するの始めてのハズなのに前からやってる気がする…』
『た、確かにそうですね
何ででしょう?』
『…………フッ
何でだろうな』
俺には分かる
やっぱり俺達はあの夢の中で繋がってたんだ。
だから、こんなにも当たり前に過ごせる
それはきっと幸福な事なんだろう。
俺達は見えない絆で繋がっているのだから。
だから、俺はあの夢の世界を否定はしない
あの妄想の街で生きた事は確かだから
だから、俺は現実を生きる事が出来たのだから
だから、この絆の大切さに気付けたのだから
この絆があるから
淡野を覚えていられた
華凛が居てくれた
そして、
芽亜を大切に出来たから
エピローグ
資料:人の繋がり、被験者No.14・15記録通称『YMレポート』より
…近年極僅かだがテレパシーのような能力を持った人間が誕生している
特に兄弟間、
なるべく歳の近い間柄
ベストは双子や三つ子に多く見られる。
始めは超能力のように扱われマユツバ物だったが最近になって科学的に証明されて来ている。
その中でも特に目立った資料は
被験者No.14・15柏木有夜・柏木芽亜の双子の兄妹である
柏木有夜は幼少の頃事故とその際のトラウマ(恐らくは父親の死)で植物状態に陥った。
後に約十年近くほどの長い時を経て柏木有夜は意識を取り戻すのだが、その間彼は『夢の中』で柏木芽亜と彼の友人と共に日常生活を見る夢を見る。
その日常生活の中で彼は精神的成長を遂げていて十年近くもの長い時を眠っていたにも関わらず、彼は歳相応の精神年齢に達していた。
さらに極僅かなではあるが彼の夢の中の記憶を柏木芽亜
さらに彼女だけではなく彼の友人である田宮華凛、淡野良治もその際の記憶を有していた。
さらに柏木芽亜を通して勉学も『夢の中』でしており
植物状態になった時点で小学生であったはずの柏木有夜の学力は中高生Levelまであった。
その為半年ほどの勉強で通常の高校に通えるLevelまでにいたった。
その為その『夢の世界』がこの謎を解明するのに大変役立たれた。
後に柏木有夜により『夢の中の世界』の自分の過ごした街をこう名付けられている。
『Delusion City』と
END