戻りつつある日常 ーキリア目線ー
今回は、結構わちゃわちゃしてます!こんな日常あったら怖いな…と思いますが、慣れたら楽しいものなのでしょうか?
晴天の朝。こんな日は朝からさっぱりとした気分で動きたくなる。朝食を済ませた後、洗面台に向かいながら歯ブラシで歯を磨いていると、鏡越しに服を着替えてきたユキがひょこっと顔をのぞかせる。
「キリア、何してるの?」
「ん?歯を磨いてるんだよ~」
ペッと口の中に残った水を吐きながら言うと、ユキが興味津々に近づいてくる。カワイイなぁ…。というか、この国って歯磨きする習慣なかったっけ?見たところ歯は綺麗だけど、今後のことも考えるとやらせた方がいいよね…。
洗面台についている鏡扉を開けて、予備で作っておいた歯ブラシを取り出す。大きさは私に合わせたものなので大きすぎることはないだろう。
「ユキもやる?」
「え、いいの?」
すると、いつもの事とでもいうように自然に歯を磨き始める。あ、ちゃんと歯を磨く習慣はあるんだね…ちょっと安心したよ。
「この歯ブラシ使いやすいね…もしかしてキリアが作ったの?」
「あ、うん。デザインとかは私が考えたものじゃないけどね…」
「へえ~器用だね…それに、この持ち手の部分も知らない素材でできてる」
い…言えない…前世で使っていた物のデザイン、製法をそのままパクって作ったなんて……!
偶々、前世で自由研究で歯ブラシの解剖をしていたおかげで基本の歯ブラシの製法、素材は覚えている。プラスチックはまだこの世界では発見されていないけど、性質を真似して生成することができたのだ。この力って意外と便利。
「歯ブラシだけじゃないけど、この家にある物はほとんど私とキリルが作った物だよ」
「え?そうなの?道理でこの国にしては珍しいものがたくさんあると思った」
…まぁ、前世の記憶をフル活用して作ったものがたくさんあるからね。テレビとか、パソコンとかの電子機器は流石に作れなかったけど、今なら服、カーペット、カーテンなどの日用品からピアノ、ヴァイオリン、ハープなどの楽器まで作れる。
今更だけど、よくここまで作ったなぁ…と思う。
「ソファーやベッドも一級品だったし、ここって確か7階まであるんだっけ。頂上まで魔力の供給が一瞬でできるなんて大発明だよ」
「そう?この《世界樹》は私が創った樹だから、簡単に操れるんだよ。ほら」
そう言って、壁に向かって手をかざすと木でできた壁がぐにゃっと歪み、枝が生えてくる。枝が小さなコップを作って中に水を注いでからユキに手渡す。
「もう口の中濯いだほうがいいよ」
「あ、ありがとう」
ユキがコップを受け取り、口の中を濯いでまた壁を見る。すると、枝はもうすでになく、元の綺麗な木目をした壁になっていた。
「凄いね……こんな細かいことまでできるのか……」
「そ。ちなみに、家の周りに植ってる桜とかも全部操れるの。ホントは4月に咲いて一週間くらいで花が散っちゃうけど、私の桜は6月になった今でも枯れていない」
「花の寿命まで変えられるのか……どうやって寿命を延ばしてるの…?」
リビングに戻りながら話していると、窓から丁度桜の花びらが舞い込んでくる。それをしっかりと捕まえるとユキに見せる。
「これが花びら?」
「そう。よーく見て?」
じーっと掌に乗せられた桜の花びらを見ると、何かに気付いたように顔を上げる。お?分かったかな?
「もしかして、魔力?」
「んー、惜しいなぁ…これは、《神力》って言ってね、神様が使う力なんだよ」
「へぇ……これもルアナ様の力なのか……」
?いやこれ私の力なんだけど……私が、自然神だって事言ってなかったっけ?……そういえば、母がルアナとは言った気がするけど、私が自然神とは言ったことがない気がする………。これは今後のことも考えて言っておいた方がいいのかな?
「これは私の神力だよ。この桜も、今いるこの世界樹も全部私の神力で創られた物」
「………え?…神力は神様しか使えなくて……この花と世界樹がキリアの神力で創られてる…ってことは、キリアは神様……?」
うーん…こういわれるとどう返せばいいのかわからないな……体は王女様だし、魂は瑠逢で、存在は自然神としてこの世界に存在している。勿論神力は問題なく使えるし、植物たちとも会話ができる。なのに私は人間なのだ。
「………まだ不完全っていうのかなぁ。体は人なんだけど、存在?は自然神っていう変な状況になってるのが私」
「…………?難しくてよくわかんないや……でも、キリアが神様ならその強さも納得だな」
何か理解はしてもらえなかったけど納得はしてもらえたみたい。まぁ、まだ10歳だし、わからなくてもいいんだけど。
ふと何かがものすごい勢いで風を切りながらこちらに向かってきているのが分かる。あれ、なんだろう。物凄いデジャヴ感がする気がしてるのは私だけ?
窓の方を不信に思いながら見つめていると、何かがあると思ったのかユキが窓の方に近づく。あ………
「ユキ……そこに立ってると………」
「え?どうしt………何この寒気は…ん?なにあれ。何か凄いスピ―ドで飛んできてる気が………」
「!?ユキ!伏せて!!」
このままだと位置的にユキの頭に衝突しちゃう!結界を張る?いやだめだ。飛んでくる位置的に窓を突き破ってくるはず…そうしたらいくら何 でもこの狭い空間で跳ね返さずに無傷で受け止めることは出来ないし…
「……受け止めるしかないか…ユキ、ちょっと離れていてね?」
ニコッと笑顔を向けながらユキを安全な所に移動させておく。そして、先程までユキがいた所に立ち窓の方を向くと、遠くから白い影が飛んでくるのが見える。
……結構大きいな…あの形からすると、フェルア……?なら結界を少し張ってもいいか…
「っ、あと少し…《四重結界》」
目の前に強めの結界を張ると、勢いよく窓や壁を突き破ってきた狼が、結界すらも突き破って体を弾き飛ばす。
いったたた……お腹に直撃してアバラ何本か折れた気がする……。私は何とか世界樹を操って緩和剤代わりにしたけど……ユキは大丈夫なのかな…
「…おーい、大丈夫…?って、フェルアじゃなくてウルファ!?」
私の上に乗っかってクルクルと目を回していたのは、昨日謎の魔法に操られて暴れていたシルバーフェルウルフのウルファだった。え…ウルファが何で飛んできた……!?
「だ、大丈夫?キリア……て、その狼は?」
「あー…とりあえずちょっと助けて…この体制じゃ力が入れづらいから、退かせないの…」
「う、うん!」
ユキが壁から様子を伺うように覗いてくる。可愛い……可愛いけど助けて…ウルファもそれなりに体が大きいので、下敷きになると流石に10歳の力では退かせない。ウルファの方も意識がなさそうなので余計に重たい
「うぐぐ……全然動かない…」
「うーん……あ、ゆき。ちょっとどいてくれる?」
「え?何するの?」
「ちょっとね……ホントはあんまり使いたくないんだけど…」
ウルファの前足を一生懸命に引っ張ってくれるも、ピクリとも動く様子はない。一応120㎏はあるからかな…防御力が神で助かった…
この魔法を使うと、ウルファ毎回酔っちゃうんだよなぁ……体にも負担掛けちゃうし。まぁ、背に腹は代えられないし、使うしかないんだけど。
「《重力魔法・軽減》っと……」
急に体にのしかかっていた重さが消え、何も乗っていないかのような軽さに変わる。よし、これならユキでも持ち上げられるかな…
「ユキ、もう一回ウルファを持ち上げてみて?さっき見たいに力は入れなくてもいいから」
「分かった。えっと…これくらい?」
ユキが再びウルファの前足を持ってそーっと引っ張ると、簡単にウルファが持ち上げられる。ふー…痛かった…
ウルファがまだ起きないうちに突き破ってきた窓と壁を元通りにしておく。うーん……壁強度もうちょっと上げた方がよかったかな…
「あ、あの、キリア。この狼…ウルファだったっけ、どうすればいいの?」
「ああ、魔法を解くから床に寝かせて」
「うん。これでいい?」
ユキがさっきと同じようにそっとウルファを床に寝かせると、私がパチンッと指を鳴らして魔法を解除する。見た目は何も変わっていないけど、さっき持った重さより格段に重くなっているだろう。
「やっぱり、キリアの魔法は凄いね…あんなに重かったのに軽々持てるようにするなんて」
「あれは魔力で重力を打ち消しただけだからね…本当に重力を消すとなるともっと大変になるよ」
重力魔法とは、質量を変えるのではなく、ただ魔力を使って重力を打ち消しているだけのものだ。それならほかの人も使えるんじゃない?と思うかもしれないけど、実はこの魔法とてもでは言い切れないほど燃費が悪いのだ。
例えば、1グラムの物体の重力を打ち消す場合、10の魔力が必要となってしまう。10倍だ。これだけ見れば少ないと思うかもしれないけど、ウルファの体重に合わせて見ると、12万グラム=120万の魔力が必要になるのだ。
まず普通の人にはこんなに大量の魔力は持っていないし、第一これは私がやった場合の結果で、魔力の質がSSSの私でさえこんなに魔力を取られるというのに普通の人が使おうとでもすれば5倍以上は必要になってくるかもしれない。
「そうなんだ…」
あと、魔力の量以前に重大な問題がある。それは、まず普通の人では重力という自然の力に干渉できないということだ。この地を形作る重力という大きな存在を動かすには、魔法という力では太刀打ちできない。
私がこの魔法を使えるのは、ひとえに自然神であるのと、人間でありながら神力が使えるおかげなのだ。
「…グルゥ……」
と、魔法の紹介をしているうちにウルファが起きた。久しぶりにウルファに重力魔法をかけたけど、大丈夫だったかなぁ。
「『ウルファ。大丈夫だった?』」
「『…キリア様?なぜ私はこんなところに…うっ!?』」
体を起こしたウルファが突然呻く。…あぁ、やっぱり酔っちゃったかぁ…
「キ、キリア、なんか苦しそうにしてるけど大丈夫なの??」
「ああ、うん。ウルファは酔いやすいから、さっきの魔法で酔っちゃったみたい……」
ウルファの苦しそうな姿を見たユキが心配そうにするも、酔っているだけなので少し経てば治るよね。あ、そういえば、ウルファが飛んできたけど、誰にやられたのか聞くの忘れてた。大体予想はつくけど。
「『ウルファ。誰に飛ばされてここまで来たの?』」
「『フェ……フェルア様に、投げ飛ばされました……』」
「『そっかそっか、教えてくれてありがとうね』」
まだ辛そうにしているウルファの頭を撫でながら、外にいるフリスアに念話で話しかける。
〈フリスア、今の聞いてたでしょ?〉
〈勿論…〉
〈で、要件なんだけど…今度フェルアを捕まえに行くときは、容赦なく殺っちゃっていいから!!〉
いくらSランクの魔物とはいえ、ウルファはまだ若く、成長過程なのだ。そんなウルファをあんなスピードで投げるのはちょっと反省が必要なのでフリスアにGOサインを出しておく。フリスアは一番怒らせてはいけない我が家の母なのだ。
〈了解…!!何やってもいいなら時間内に終わらせてくるよ!〉
そこで念話がプツンと切れる。え、終わらせてくる …?まさか今から行くつもりなの?
別にいいけど。
「『……キリア様。この人間は……?』」
「『え?』」
ウルファが若干威嚇するような声で、ユキを警戒する。その様子に、戸惑いながらどうすればいいのか分からないのか、ユキが助けを求めるようにこちらを見てくる。あ、そういえばウルファとユキはあったことなかったっけ。
「『警戒しなくてもいいよ。この子はユキ。森で迷っていたところを家に連れてきただけ。今は、家に泊めているの』」
「『ですが……この臭い…前の者と似ているのです…』」
前の者?もしかして、昨日言ってた人の事?でもユキは女の子じゃないし…
「あ、あのキリア?俺には何を話してるかがさっぱり……」
「……ユキって男の子だよね?」
「え、急に何…?勿論男だけど…」
やっぱりそうだよね…じゃあなんでだろう。
「おー、ちゃんと来てるじゃねえか」
聞き覚えのある声にバッと振り返ると、窓枠に乗ってしゃがんでいるフェルアの姿があった。え…何でここにいるの…?フリスアを撒いてきたのかな?
「ちょっとフェルア!ウルファを投げ飛ばしちゃダメでしょ!!」
「え、飛ばしたのフェルアだったんだ…何か納得」
フェルアが「へーへー」とでも言いそうな顔をすると、ウルファに近寄る。?この二人の間に何かあったのかな?
「おいウルファ、俺との手合わせで逃げようなんざ度胸あるじゃねえか」
「『!!??』」
「そんなにもっとやってほしいならやってやるぞ?」
あぁ、途中で捕まって投げ飛ばされたんだね…かわいそうに…
フェルアが再びウルファを連れ戻そうとすると、黒いオーラを纏ったフリスアが後ろからガシッとフェルアの肩をつかむ。あ………これはオカンが怒ってる……
「フェルアこそ、僕から逃げ切ろうなんて甘い考えなんてしてないよね?」
「おーい、ユキ。ウルファ。上に逃げるよー」
「あ、うん……!」「『はい……!』」
二人ともこれから起こることを察したらしく、こちらに駆け寄ってくる。キリルがいる3階まで行けば大丈夫かなぁ…
ついでにフリスアが行くはずだった買い出しも頼んでおこう。キリルなら大丈夫なはずだ。
「やっべ……もう来たのかよ…」
「あ、二人共、これ以上家は壊さないでよ?直すの大変なんだから」
それだけ言い残してそそくさと3階まで退散する。直後、爆発音が遠くから聞こえたので外で魔法でも使って暴れているんだろう。
「朝から元気だなぁ…ユキもウルファも、大丈夫だった?」
「うん。めっちゃ怖かったけどね…」
「『私は大丈夫です…』」
苦笑交じりに大丈夫だという二人。全然大丈夫そうには見えないけどね。3階の部屋の中に入ると、中でキリルがまだ寝ていた。あれだけあったのによく寝ていられるなあと思いながら、体をゆすって起こす。
「キリル。起きて」
「んぅ…どーしたの?」
「ちょっと手伝ってくれる?」
まだ寝起きのキリルをゆすっていると、だんだん目が開いてくる。あくびを一つすると、白い耳がピンと立って起きたことを教えてくれる。
「ウルファをシルバーフェルウルフの住処に送っていくついでに買い出しに行ってきてくれない?」
「いーよー。今から?」
「そう。昼までに帰ってきてくれると嬉しいんだけど…」
ユキとウルファが話の間に揺れてるキリルのしっぽをまじまじと見つめている。かわいいなぁ…
「分かった。じゃあ、ユキも行こうか」
「え、俺も行くの?」
「いーからいーから。じゃ、行ってきます」
ぽかんとしたままのユキを転移魔法の白い光があっという間に包み込む。相当ユキの事気に入ったんだね…
あ、何買ってくるか言い忘れた…ま、前にフリスアに話したこと聞いてるだろうしいっか。
「あー…やっと静かになった。…洗濯物でも干すかな」
ようやく訪れた平穏に肩の力を抜きながら独り言を言う。最近一人の時間ってほとんどなかったからなぁ…
フリスアが洗っておいてくれた服やタオルを持ち、外に出る。今は6月の半ばくらいだけど、気候が温暖なこの国では今の時期が一番春のような暖かい日差しが差し込む。
物干し竿に衣服を掛けてパンパンと手で叩いていく。こうするとシワが綺麗になるってミアが言ってた。
「カイラとアミルが〜咲く頃は〜♪忘れられていく〜フィリアの大輪〜♪」
唄を口ずさみながら、リズムに合わせるようにタオルなどを叩いていく。
この唄は、この国、特に教会の子供達が歌っている唄で、昔の話を元にしたものらしい。
【昔々の楽園で、共に苦楽を過ごした兄弟に妹ができ、その妹はまだ小さくして死んでしまう。兄弟が大人になる頃には、美しくなる筈だった妹は忘れられているだろう。】
そう言う意味の唄だ。何故こんな唄がこの国の宗教の象徴とも言われる教会の子供が口ずさんでいるのかは知らないけど、少しだけクセになるテンポで、気が付いたら歌っている。
「フリスアはダメだって言うけど……何でだろ…」
フリスアは、この唄を私が歌うと一瞬だけ悲しそうな顔をして部屋に戻ってしまう。何か理由があるのは分かっているけどあの顔が頭をよぎる度何も言えなくなってしまうのだ。何かあるのなら言ってほしいけどフリスアから言ってくれるのを待つしかないのだろう。
「よし!洗濯物干すの終わり!……さあ、これからはなにをしようか…!」
清々しい春の空気を胸いっぱいに吸い込んで今日も日常が始まる。
読んでくださりありがとうございます!
次話は、キリルの視点で話が進みます!神獣の中で最も年下の彼が思うこととは…