おっさん冒険者がモテないのはどう考えても弟子たちが悪い!(短編)
さてさてここは剣と魔法のナーロッパ。
夜の街道は危険がいっぱい。
領主の娘たちを誘拐した盗賊団が出てくるぐらいに。
「何だ! こいつらは!」
誘拐犯の一人が叫ぶ。
まあ、それもそのはず。領主の娘をふたりさらうだけの簡単なお仕事! のはずが彼らを襲って来た男たちが現れたのですから。
「誘拐したお嬢様方はどこだ!」
誘拐犯に襲いかかる彫りの深い顔の剣士が叫ぶ。
紺色の髪に緑目、背が高く鍛え抜かれた肉体。整備された金属の鎧に身を包み、両刃の大剣を振りかぶる。
正統派イケメン騎士ウェイン・サリバン。
しかし、いくらイケメンが叫んでも、そんなこと誘拐犯が答えるはずもないのに無駄だろうに。
「うるせぇ! 囲んじまえ!」
当然のように人相の悪い盗賊たちは三人がかりでウェインに襲いかかる。
「ぬるい! 左手一本の師匠のほうがよっぽど怖いですよ」
ウェインの大剣が一瞬のうちに三撃打ち込み、盗賊たちは血しぶきをあげてバタバタと倒れる。
「弓矢を放て!」
ウェインとの力の差を見せつけられた盗賊たちは遠距離からの攻撃に切り替える。
遠距離から一方的に攻撃する。基本中の基本、さすが歴戦の盗賊たち。騎士道なんてお構いなし。
勝ったものが正義!
それも一本、二本じゃない数が広がってウェインを狙う。
「風の盾」
つぶやくような小さな声とともにイケメン騎士の周りに風が吹き荒れて矢を全て叩き落とす。
「ありがとう。クリス」
ウェインが後ろにいる金色の髪をなびかせている美しい女性に声をかける。
「怪我すると親父が悲しむから……」
クリスは青い目を伏せて答える。
美しい女性?
残念ながら、女性に見間違うほどの中性的なイケメン。
「魔法使いがいやがるぞ! 仕方ねえ、数で押し潰せ」
盗賊たちは急に騒ぎ出した。
当然、魔法使いなど盗賊団には一人もいない。
槍や剣を持った盗賊たちが一団となりウェインとクリスに襲いかかろうとする。
「そいつは魔法使いじゃねえよ。魔法使いは俺だ。バーカ、ほらよ。炎の爆弾!」
正統派イケメン騎士の後ろに居たもうひとりの男。
白黒のツートンの髪、鋭い金色の眼光に太い眉のワイルド系イケメンが盗賊団の真ん中に炎の爆発を起こす。
盗賊団は阿鼻叫喚の地獄絵となった。
「ロレンツ! お嬢様方の行方がわからなくなるではないか」
「ああ、悪い悪い。そこはルカの奴がどうにかするだろ。流石にお前でもあの人数は厳しかっただろ」
ロレンツと呼ばれたワイルド系イケメンは意地悪くニヤリと笑う。
そのやりとりを苦々しく見ていた盗賊の人が叫び出した。
「仕方ねえ、あいつら連れて来い!」
おっと盗賊団が切り札を出すようだ。
ズシン、ズシンと地響きがする。
おーっと、巨人族だ。どこに隠れていたのか身長四メートル以上。その身長以上に筋肉もついている。体の大きさは強さの大きさを表す。その手には大きな棍棒を手にしている。そのひと振りで馬車くらいつぶせるくらいの凶悪さ!
それが、ふたりも現れた。
その緊張感を吹き飛ばすように明るい声が暗闇から現れた。
「おーい、みんな。人質見つけたよ」
女性の母性本能をくすぐるような童顔。くせ毛の茶髪、人懐っこそうな垂れ目の赤い瞳。可愛らしい系イケメンの男がいつの間にか盗賊たちの後ろから現れた。
「なんだてめえ! いつの間にいやがった!」
突然現れた可愛らしい男を怒鳴りつけるが、それを全く無視して言葉を続ける。
「早くしないと馬車で連れていかれるよ」
巨人族を含む盗賊団と対峙する仲間たちの緊張感をぶち壊すようにのんきに話しかける。
「わかったが、こいつをぶちのめさないと追うに追えねえだろうが! ルカ、てめえで足止めしとけ」
「え~それはルカの仕事じゃないよ。ロっさんたちの仕事だろ」
ルカはほっぺたを可愛らしく膨らませて反論する。
「ロレンツ! そうは言ってもこいつらを倒すにしても時間がかかりすぎるぞ、どうする!?」
イケメン騎士ウェインは巨人族の一人を相手にしながらワイルド系魔法使いロレンツに指示を仰ぐ。
イケメン集団の力量から巨人族を倒せなくはない。
ただし時間がかかると人質が連れ去られてしまう。
それでは意味がない。
「お前ら、お客さんの方に行っていいぞ。こっちはオレが相手しておいてやる」
イケメン集団の後ろから一人の男がゆっくりと現れる。
「師匠!」
「おっさん!」
「親父!」
「ガーさん!」
イケメン集団がそろって男を呼ぶ。
その男の姿はイケメン集団とは別の世界の生物、おっさん。
坊主頭に目つきの悪い一重の三白眼、つぶれた鼻と頬に傷。無精ひげに白髪が混じり、口には煙草を咥えている。
ウェンツの物よりも一回り大きな両刃剣を片手で肩に担ぎ、年季の入った革の鎧をつけている。
どう見てもこの男が盗賊団の首領と言った風体の男がイケメン集団を押しのけて巨人族の前に立つ。
「ほら、ぼーっとしてないで、さっさと行った」
人相の悪いおっさんは左手で「行った行った」とジェスチャーをする。
「任せたぜ、おっさん。行くぞ! みんな」
ロレンツの号令の下、イケメン四人が街道の向こうに消えようとする。
「あいつらを行かせるな!」
盗賊団の声に巨人族がロレンツたちに襲い掛かろうと動き出す。
「おいおい、お前たちの相手はオレだって言っただろう」
巨人の服を片手でつかみ、もう一人の巨人の方へ引き倒すと巨人たちは重なり合うように倒れた。
さてさて、体重差は三倍以上あろうかと巨人を片手で引き倒したこのおっさん、名前をガドランド・ラッセル、通称ガドという。
この物語の主人公の上にイケメン集団の師匠にして、命の恩人にして、親である。
さあ、これから主人公ガドの活躍が始まります。が、それはさておき、イケメン集団は無事に人質を救出できるか、そちらを見ていきましょう。
中世的なイケメン回復術師クリスの身体強化とワイルド系イケメン魔法使いロレンツの風の魔法を使い四人は走って馬車を追いかける。
暗闇の中、馬車の背が見えてきた。
可愛い系盗賊ルカの情報によれば、すべてを木で覆った人用の二頭立ての馬車に盗賊団は御者が一人、その隣に弓を持った護衛が一人、中に一人いる。
「俺が馬を止める。ウェンツは護衛と中の奴を、ルカは馬車の確保、クリスは人質の保護をやれ! 失敗したらおっさんに笑われるぞ」
そう言うと同時に馬車の前に炎が舞い上がった。
暗闇が急に明るくなり、馬が驚き、立ち往生する。
そのスキにウェンツの大剣が従者ごと護衛を突き刺す。
死体を蹴っ飛ばし、ルカが馬の手綱を引きおとなしくさせる。
馬車のコントロールを奪われたのを感じた盗賊が、高価な服に身を包んだ長い金髪の少し気の強そうな女性を盾に、中から飛び出した。
クリスは一人は馬車に残ったもう一人の女性を確保する。
「怪我は?」
透明感のある声で安否を気遣う。その美しい女性と見間違う回復術師に見とれてツインテールの女性は声を失ってしまう。
顔を赤らめて、ぽーっとクリスを見つめる若く可愛らしい女性に再度呼びかける。
「大丈夫?」
「……は……い。大丈夫です」
やっとのことで声を絞り出した金髪のツインテールの女性を馬車に残し、クリスは外に出るとすでに最後の一人も倒され、ウェンツがまるで騎士とお姫様よろしく人質を助け出していた。
「さて、帰るか。おっさんもそろそろ片付いてるだろう」
「師匠ことだからまあ、何も心配はないがな」
ロレンツとウェンツがそう言いながら、女性をエスコートして馬車に乗り込む。
「ルカ、親父のところへ」
クリスは御者台で待機してるルカの隣へ座る。
「はいよ。ガーさんのところへレッツゴー」
そうして、イケメン四人に救い出られた領主令嬢二人を乗せた馬車は盗賊団と一戦やらかした場所へ戻っていった。
さて、馬車が着いたとき、人相の悪いおっさんが大剣片手に折り重なって倒れる二体の巨人族の上に腰掛けて煙草を吸っていた。
あたりには盗賊たちも所狭しと倒れていた。
「遅かったなガキども」
ガドランドは軽く手を振る。
「きゃー! 盗賊がまだ残っていますわ」
ウェンツの腕にしがみつきながら長い金髪女性が叫ぶ。
「お嬢様、ご安心ください。彼は私の師匠に当たる方です。我々と一緒にあなた方を救いに来たのですよ」
「え! でも……」
そう言ったきり女性は馬車に引っ込んでしまった。
「お前ら、怪我はなかったか?」
「みんな、大丈夫」
クリスがぼそりと言うと、ガドランドは大きく歯を見せてニヤリと笑った。
「師匠、全員死んでるのですか?」
地面に流れる血の量の少なさを確認してウェンツが剣に手をかける。
「まあ、殺すのもかわいそうだったか、一人も死んでないはずだ。さあ、こいつら縛り上げたら領主のところに戻るぞ」
これだけの人数を一人も殺さずに無力化させる。相変わらず底の見えない強さに改めて驚嘆する。
領主の家。
領主らしくこの街一番の大きくて豪華な家。
そこに誘拐されていた女性二人、イケメン四人、人相の悪いおっさん一人が着いた。
まるで女性二人を誘拐した人相の悪いおっさんをイケメン四人が捕まえてきた構図。
夜遅くにもかかわらず、領主の家は煌々とした明りが七人を出迎えていた。
「おお、サティア、カトリーヌ無事でよかった! 心配したぞ」
「本当によかったわ」
小太りの人の好さそうな領主と美しい婦人が二人の女性を抱きしめた。
「ありがとう、ガドランド殿とその弟子たちよ。約束通り報奨金を渡すが、今日はつかれたであろう。食事と部屋の用意をさせておる。今晩は泊って言ってくれ」
領主はそう言ってガドランドたちを労った。
「いや~オレたちは依頼をこなしただけですよ。そんなお気遣いは……」
「お言葉に甘えさせていただきます。領主殿」
ガドランドが頭を掻きながら、断ろうとするのを遮るように金色の瞳の魔法使いが口をはさむ。
「な、ロレンツ、おまっ」
何か言おうとしたところを茶髪の盗賊が口をふさぐ。
「よろしいかな? ガドランド殿、お弟子さんたちもそれを望んでいるようですしな。はははは」
ガドランドはあきらめて、頭を縦に振る。
「お姉さま! 無事だったんですね」
その時、ドアを開けて小さな男の子がトコトコと歩いて令嬢たちに抱きついた。
領主の息子のようだ。母親に似て非常に可愛らしいその幼い少年は無邪気に喜んだあと、ガドランドをみてビクリとする。
「アルト、彼らが姉たちを助けてくれた人たちだ。挨拶なさい」
領主にそう言われてマリウスは服をぎゅっと握りしめてガドランドの前に立つ。
怖いよね。盗賊団の首領と言われても仕方ない怖い人相の上にごつい身体のおっさんが、仁王立ちしているのだ。
育ちの良い坊ちゃんが普通会うことのない種類の人間だろう。
「あ、ありがとう、ございました」
勇気を出して、お礼を絞り出す。
領主の息子として、助けてもらった人質の弟として、自分がするべきことをわかっている。
クマのような男に怒鳴られるかもしれない。そんな恐怖と立ち向かう。
ガドランドはニカっと顔を顔を崩してしゃがむ。アルトと同じ目線になるように。
「どういたしまして」
そう言って頭をクシャクシャと撫でる。
「ヒィッ!」
女性の悲鳴が小さく聞こえたが、ガドランドは無視する。
「オレたちはそれが仕事ですから、お役に立てて何よりです」
アルトは緊張が解けたように本来の屈託のない笑顔を見せる。
「おじさんはすごく強いんですよね。僕も強くなりたいです。お姉様たちやお母様を守れるように」
身体の線の細い少年は瞳をキラキラさせている。
屋敷の奥でいつも本を読んでいそうな、運動に向いていない身体つきだ。
口の悪いロレンツなら「才能がないから諦めろ」ときっぱり言いそうだった。
「良いですよ。オレたちがいる間だけでよろしければ」
「本当ですか?」
「ええ、良いです。ただ、マリウス様、あなたは将来領主になるお方だ。あなたにはあなたの伸ばすべき力があることは忘れないでくださいね」
「はい!」
アルトはすっかり、ガドランドになついたようだ。
その様子をにこやかに見ているのと対照的に女性三人は嫌悪感を隠そうと必死になっていた。
さてそんなこんなで、ささやかな祝宴が行われた。
領主とアルトはガドランドの武勇伝を聞きたがり、女性陣はイケメン軍団の話を聞きたがる二極状態となった。
夜、ガドランドを含めた五人は各々別に割り当てられた部屋で休む。
ガドランドは自分の部屋で一人、月を見ながら強い酒をちびちびと飲んではタバコを吸っていた。
仕事はうまくいった。弟子たちも、もう一人前と言って良い働きをしてきた。
全ては順調に思える。
ただ一点を除いて。
女性にモテない。
今回のように人質救出から、モンスター退治、要人警護などをこなしているうちに一部からは英雄とまで呼ばれる。
しかし、女性にモテない。
何度か良い仲になりかけた女性も結構な数いたのだが、いつのまにか会えなくなる。だいたい女性の方から距離を取る。
なぜか、女性にモテない。
大きなため息をつきながら、舐めるように酒を飲んでいると、ドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
ドアの向こうには金色に輝く髪、母親譲りの整った顔は少し緊張している。
「どうかしましたか? こんな夜更けに」
「……今晩だけ、一緒に寝て良いですか?」
「……今晩だけですよ」
ガドランドは飲みかけの酒をテーブルの上に置いて、ベッドに入る。
ガドランドとマリウスが一緒のベッドで寝静まった夜中に、イケメン軍団はロレンツの部屋に集まる。
「どうだ? 今回は?」
椅子に腰掛けたウェンツが真っ先に口を開く。
「だめだ、全然だめ! お前らが全員良いと言ったって俺は絶対反対だ。お前らはどうだ?」
太めの眉毛をつりあげ、眉間に皺を寄せて反対をする。
「僕もどっちもだめ」
中性的な顔は表情を変えず、ぼそりと口を開く。
「ルカも嫌だな~」
可愛い男はドアのすぐ隣の壁に背を持たれて答える。
「じゃあ、満場一致で今回も無しということで良いということだな」
ウェンツはベッドに腰掛けて全員の意思統一をする。
さて、四人はなんの相談をしているのかな?
「しかし、なかなかいねえな。あいつはクリスにも俺にも色目使ってくる尻軽とはね」
「私の方もいきなり部屋に訪ねて来るような節度のない人でした。まあ、焦っても仕方がないだろう。また次がある」
「ルカも今更焦っても仕方ないと思うよ」
「……うん」
四人は顔を見合わせてため息をつく。
「なかなかいないな……」
「師匠の妻は」
「おっさんの嫁は」
「ガーさんの奥さんは」
「親父の相手は」
見た目のせいでモテないと思い込んでいるガドランド。
じつは恋人候補を四人の弟子たちが厳選しているため、なかなか女性が近づけない。
もちろんこのことを英雄ガドランドだけが知らないのであった。
すべては英雄ガドランドに世界一の嫁を。
その一点でイケメン軍団は今日も暗躍を続けるのであった。