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02.下弦の月の夜。

 もう十年も前になる。

 ディノークスというお屋敷で、俺は庭師として働いていた。

 ここランディスの街では一番大きな屋敷で、庭もどれだけあるのかと呆れるほどに広い。

 そこで俺は、十六の時から五年間、ずっと真面目に働いていた。親方に、まだまだ未熟者だと言われることに、少し反発心を覚えていた頃だ。


「この庭を、お前の思うように作り上げてみろ」


 そう言われ、大きな庭の一角を任されることになった。親方に認められたようで嬉しかったし、親方が手掛けるよりももっと凄い庭に作り変えてやるという驕った感情もあった。

 俺はその日から毎日毎日、夜遅くまでその庭を弄り続けていたんだ。

 庭師は夜に働くもんじゃねぇと親方に怒られながら。それでも俺は庭を早く仕上げたくて、褒められたくて。大きな屋敷から漏れる灯りを頼りに、その庭に夢中になっていた。


「あっれ〜、まだいるの? サファーくん」


 そう話しかけてきたのは、このディノークス家に仕える騎士であり、隊を総括するサイラス隊長だった。

 ライトブラウンの長い髪が特徴で、誰でも気さくに話しかけてくれる。


「サイラス隊長。ええ、まだもう少し目処がつくまでやってしまいたくて」

「目処っていつ立つの? もう遅いし、帰った方がいいんじゃないかな〜?」

「そんな、女子どもじゃないんですから」

「最近はこの街も、物騒な輩が増えてるからね。用心するに越したことはないんだよ」


 ヘラヘラさせていた顔を一転させて、サイラス隊長は言った。

 この街の領主はここディノークス家の当主で、ディノークスの騎士たちは街の治安維持も務めている。


「そんなの、騎士様たちがすぐやっつけてくださるでしょう?」

「まぁ努力はしてるよ。でもどうにもすばしっこい奴が一人いてね。サファーくんも夜の一人歩きは気をつけた方がいい。終わるまでどれくらい? 家まで送ってあげるよ」


 サイラス隊長からの有難い申し出だったはずだが、俺はそれを断った。

 男に守られて送ってもらうなんて恥ずかしいし、まだ時間が掛かりそうだったから待たせるのは申し訳なかった。それに隊長という、俺よりもずっと格上の人を小間使いにさせるようで、気が引けてしまったのだ。

 隊長は俺が断ると、「そう?」と小首を傾げた後、屋敷に夜勤の騎士がいるから、誰かに必ず送ってもらうようにと言って帰っていった。


 今思えば、どうしてサイラス隊長の言いつけを守らなかったのか、本当に悔やまれる。

 面倒だったとか、恥ずかしいだとか、申し訳ないだとか。

 そんなちっぽけな感情など、人の命には代えられないというのに。


 俺は仕事を終えると、誰にも知らせず家に帰ることにした。

 屋敷から家までは、片道四十分コース。駆け出しの頃に借りた、町外れの家に今も住んでいる。

 給金も順調に上がっているし、もう少し利便性の高い場所に引っ越したいと思っていた。

 空を見上げると、そこには美しい下弦の月。俺は、人がガヤガヤと行き交う夕方の道を帰るより、こうして月を見ながらのんびり一人で帰る方が好きだった。

 夜遅くなればなるほど、人はまばらになり空気も澄む。そしてたまに人にすれ違えば、『どうだ、俺はこんなに頑張って遅くまで仕事をしているんだぞ』という、全く無意味な顕示欲が満たされたのだ。

 この日もそんなことを考えながら、自宅への道をゆっくり歩いて帰る。己の足音だけが聞こえてくるというのもいい気分だ。この世界が自分一人だけの物だと錯覚できた。


 全てに驕っていた自分を捻り潰したくなるような出来事。

 俺はこの日の行動の、全てを後悔することになる。



 ──そう。


 恐らくは、一生。





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