16.エピローグ
ラバルの報告を受けて、サイラスは息を吐き出した。
ディノークスの庭師だったサファーという男が死んだのだ。
サイラスはラバルを下がらせると、もう一度深い溜め息を吐く。
「君はもっと幸せになってもいいと、僕は思っていたのになぁ……」
家に帰っても、その思いは消せなかった。
愛する妻の前で、つい弱音を吐いてしまう。
黒ずくめをもっと早く探し出して捕まえていたならば。
自分ではなく、違う者が隊長になっていたならば。
国を出て行った優秀な仲間たちが残ってくれていたならば。
今回だって殺人鬼をのさばらせる前にどうにかできていたはずだ。
サイラスは最年少の十九歳で班長となり、隊長にも最年少の二十六歳で就任している。そんなサイラスは、今年で四十三歳になっている。
「辞めたいな……」
ぼそりと呟いた夫の言葉を、妻アイナは聞き逃さなかった。
「……そう」
「僕って、隊長職向いてないと思うんだよね。歴代隊長なら、殺人鬼が出ても魔物が出ても、こんなに被害を出してないよ」
「サイラスはよくやってるよ」
妻の言葉に、サイラスは少しだけ涙を滲ませた。
死なせたくはなかった。誰も。
でも、間に合わなかった出来事が脳裏に焼き付いている。
妻のアイナは、アニアたちの母親のフィオナと仲が良かった。
そんなに社交的な方ではないアイナの、少ない友人だ。
黒ずくめは足が速く、いつも逃げられてしまい被害者は増える一方だった。
夜は鍵を掛けて、誰が来ても開けてはいけないと市民に通達を出していたのだ。結果、どうにか助かろうと足掻いたサファーが無謀な行為をし、フィオナの家族を危険に晒した。
あの夜。
闇をつんざく悲鳴を聞いて、サイラスは剣を片手に外へと飛び出した。
そこに無残に殺されているフィオナを見、嘆く前に彼女の家へと走った。
アニアとマルクスを救うことはできたが、父親の方はすでに手遅れで。
正直、あんな行動に出たサファーを責めたかった。妻の大切な友人たちが殺されたのだ。
けれどそれ以上に、サイラスは自分が許せなかった。
サイラスが班長になった頃の騎士隊は、最強と言ってもいいメンバーで構成されていた。
国を出て行った一人である、電光石火の班長がいれば、黒ずくめを捕まえられていたかもしれない。
前隊長の采配があれば、早い段階で黒ずくめを包囲出来ていたかもしれない。
昔騎士だった現ディノークス家の当主であれば、優秀な騎士を多数育て上げていたことだろう。黒ずくめをのさばらせる暇など、与えなかったに違いない。
前回も、今回も。
己の隊長としての未熟さが招いた結果だ。
十九年間、自分なりに一生懸命やってきたつもりだった。
でももう限界かもしれない。他の誰かに隊長職を譲って辞めたい。
そう思うも、他に隊長になれそうな人物が育っていないことに気付く。
サイラスは隊長になるために前隊長からかなりのスパルタ教育を受けたが、自分にはあれができそうにない。全てにおいて中途半端だ。
そのせいで、アイナの友人を死なせてしまった。
愛する妻は、連れかえったアニアとマルクスを寝かしつけた後、一人で泣いていた。サイラスもまた、無力な自分を嘆いた。
今日もまた、同じだ。十三年経っても同じことを繰り返している。
もうこの世にはいない男と、彼に惚れてしまった少女のことを考え、悲しさと悔しさを雪のように積もらせた。
一週間後。
サイラスは青空の下、小さな花束を持って墓地に現れた。
サファーと書かれた墓標は、アニアとマルクスが建てたものだ。サイラスはその墓の前で立ち止まった。
ヒュウと吹きつける風は冷たく、一緒に納棺したマフラーは彼を温めてくれているだろうかと考える。
「僕はね、君は幸せになってもいいって、そう思ってたよ」
サファーがそれを聞いているのかはわからなかったが、サイラスは続けた。
「君の作る庭、僕は好きだったんだ。十六歳の頃からずーっと頑張ってたよね。僕はたまに隊長の仕事を抜け出してさ、君の庭でこっそり休憩させてもらってたんだよ。だからどれだけ真面目で一生懸命な人だったか、僕はよく知ってる」
ファサ、と手にあった花束が墓前に供えられた。目にはじんわり涙を滲ませて。
「君の親方さ、泣いてたよ。いい庭師になるはずだったのにって。あんなことがなければって……」
そしてサイラスはしばらく沈黙した後「ごめんね」と己の罪の許しを乞うように呟いた。
「君が守ったアニアは……今は少し不安定だけど、きっと立ち直ってくれると思うよ。僕も今のままの隊長じゃダメだってよくわかった。気付くのが遅かったけど……」
空からザーッと強い風が降りてきて、ライトブラウンの長い髪を激しく揺さぶる。
その風に応えるように、サイラスは強く首肯した。
「まだ僕は隊長職を引かない。次の隊長候補もしっかりと育てなきゃいけないし、この街を犯罪の起こらない街にしなくちゃね」
実際に犯罪の起こらない街にするなど、不可能に近いだろう。
でも、それでも……とサイラスは顔を上げる。
「アニアを守ってくれて、ありがとう。僕はもう、二度と君のような悲しい被害者を出したりはしないから」
そう決意表明をし、サイラスは颯爽とその場を歩き去った。
残された墓標は、風で揺れる花束にアニアを重ねたのだろうか。
ゆらゆらと揺れる花束を、優しく守るように見つめていた。
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