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二ノ部屋 SS「辰巳先生の課外授業~夏の日の片隅に。」by海村様

海村様作の辰巳先生サイドストーリー

「辰巳先生の課外授業~夏の日の片隅に。」

挿絵入りの力作です!


二章『羅生門の時間』読了後にしっくりおさまる内容になっておりますので、

よろしければそこまでお読みいただいた後におすすめします。


※掲載についてはご本人承諾済みです。

 それは、何でもない、いつもの夏の日でした。



 まるで蒸し暑さを助長するかの様な蝉の声に、"五月蠅い"以外の感慨が持てないほどには、いつも通りの。


 窓を抜ける日差しに白く浮かび上がる廊下。

 相対的に影を落とす、白いはずの校舎の壁ははっきりと蒼く。


 嗚呼、このくそ暑いのに、態々ブラウスの上にもう一枚布を重ねる様な真似を何故するのか。

 忌々しく見下ろす肩口には、濃紺地に一本の白線のセーラー襟。

 

 溜息ひとつ。いつも通り、図書室へと急ぐ。

 下校を共にする運動部の友人が活動の日は、こうして図書室で時間を潰すのが日課だ。



 引き戸を潜る。

 此処だけ空調が効いている事も勿論そうだが、締め切られた窓に瞬間的に蝉の声が遮られ、責められた様に荒んだ心が冷静さを取り戻す。

 つい涼みたい一心で、制服の胸当てに指をかけて隙間を開け、一瞬後になって人目が気になり視線を巡らせる。


 勉強するにしたって、受験間近の三年生でもなければ、態々此処でなくても家でも何処でもやるだろう。裏付ける様に閑散とした室内をゆっくりと横断し、吸い込まれるようにして書棚の隙間に消える。


 自分とてこのなんでもない日のなんでもない放課後に、ひとり図書室で厚手書籍(ハードカバー)の学書と一体化するような勤勉さが有る訳でも無しに。

 

 なら、何でかって。


 書棚の奥に、文芸部の卒業生が残した文庫小説の小棚を見つけたのは、二ヶ月ほど前。以来、今日の様な"待ち呆けの日"には此処に寄って所謂"御伽噺(ライトノベル)"を読み漁るのが定番だ。


 趣向は複数人数による寄贈の為か乱雑としていたが、蔵書数は中々だ。卒業までお世話になったとて、御釣りがくるだろう。


 先週まで読んでいた剣と魔法の騎士物語は読み切ってしまった。

 さて、今日はどんなものを読もうか。


 出版社も趣向(ジャンル)もまるで滅茶苦茶、しいて言うなら製本の背丈だけは揃えられたその背表紙に指を滑らせる。それなりに白くて、それなりに細い指。窓の向こうの文学少女という訳でも無しに。


 それを目に留めたのは偶然だったろうか。

 或いは、滑らせた指先に何も掛からなかった、その先だろうか。



 端。



 文芸部の諸先輩方の残した、古ぼけた小棚の端。

 そこに、明らかに書籍としての製本がされていない紙束を見つける。


 ああ、知っている。此れはあれだ、漫画研究会の知り合いなんかが持っていた。同人誌の販売会等に措いて、製本費用や時間等の諸々の問題によってそうせざるを得ない時にする、簡易製本。所謂"コピー本"とかいう呼び方で、それほど間違っていないだろう。


 一瞬、卒業生が酔狂で残した自主製作漫画か何かかと、眉を寄せる。いや、そも、先週はこんな物は無かった筈だ。

 しかし何の気とはなしに捲れた頁の中を見れば、それは小説の様で在った。


 違う。


 酔狂な卒業生の仕業ではない。此れは酔狂な"在校生"の仕業だ。

 読まれたいけど恥ずかしい、そんな気持ちの見え隠れするアマチュア小説。現金なもので、俄然興味を惹かれ、簡易製本の紙束を持っていそいそとテーブルに移動する。

 


 表紙に、芯の強そうな眼をしたブレザーの少女のイラスト。

 "辰巳先生の国語科授業"と銘打たれたその紙束を捲る。



 ……正直、同年代が拙く綴った思いのたけを覗き見て、くすりと笑いにでもなればという下賤な考えが有った。


 違う。


 此れは大人の文章だ。

 嗚呼、稚拙なのは自分の方だった様だ。急に恥ずかしくなるものの、そのころには話に没入しかけ、目が離せなくなっていた。


 物語は、こうだ。


 学校で起こるトラブル、不和。主人公である辰巳教師は解決に乗り出す。

 トラブルの原因は教師、生徒間の恋愛事情のもつれだった。


 辰巳教師は、それを事務的に解決するでなく、当事者たちの心のケアをしながらただ親身に話を聞き、言葉をかけ、真に解決に導いてゆく。


 時折差し挿まれる授業回があり、まるで起こっているトラブルを準えるかの様な題材、そして丁寧な解説に思わず長く、息を吐く。


 見どころはこの辰巳教師の"気づかい"だ。

 劇中、恋愛トラブルの渦中にあった女子生徒を、辰巳教師は救うことになる。

 結果的に別の教師に恋をしていたその女子生徒は、その恋が叶わぬものと知り、辰巳教師にやさしく諭されてそれを諦める。

 上手だ。子供心をよく知って。うまく扱って。


 しかしだ。

 劇中でも他の生徒に揶揄されるように、この"辰巳先生"はどうやら女をわかっていない。

 いや、わかっているのかもしれないが、どうやら子供は相手に出来ても女をあしらう術は知らないらしい。


 そのくせ、助けようと、首は突っ込んでくるのだ。

 さて、高校生女子とははたして"子供"だろうか。"女"だろうか。


 そんな特別扱いされて、さ。

 劇中の言葉を借りれば "好きになるな、って、そんなの無理です" と言うやつだ。



 嗚呼、馬鹿。


 馬鹿馬鹿馬鹿。


 ──ばか。



 音の無い、ただ光だけを透過した白い図書室で。

 知らぬうちに、セーラー服の襟に指を滑らせる。


 ──何の無意識だ。


 ああ、いや。わかっている。認めろ、みっともない。

 無意識のうちに、"炎上姫"と自分の差異を探していた。

 

 ──だから、それは何の無意識だ。


 ああ、ええと。ううん、そう。

 自分は今、円城咲耶に(・・・・・)嫉妬している(・・・・・・)



 誰も居ない。音もない図書室の中でひとり、顔が熱くなるのを自覚する。

 逃げ道を探す様に思考を巡らせ、閉じた窓からそれでも聞こえてくる蝉の声に、そこで気が付く。


 ──そんなことはどうでもいい。


 先生。


 先生……先生。


 私の事も、救ってくれますか?


 

 紙束から顔を上げた自分はどんな表情をしていただろう。


 ふと。


「真咲っ! 部活終わったよ! 帰ろ?」


 喧しい声と共に図書室の入口が開け放たれ、自分がその部活動の終了を待っていた友人が姿を現す。


 咄嗟に。

 

 "辰巳先生"を鞄の中に隠した。


 不審がられぬ様に、足早に駆け寄って友人を出迎え、そのまま二人で図書室を後にする。

 後にしてしまう。

 元より棚に無かった物だ。無くなったところで騒ぎ立てる人も居ないだろうが、この本を棚に忍ばせた相手は、無くなった事をどう思うだろうか。

 

 少しの不安と。

 反対にこの可笑しな高揚を残して、図書室を振り返る。



 "辰巳先生"は今、自分の学生鞄の中。



 前を歩く友人の後ろについて歩き、誰にも見られぬこの間に、思わず。

 思わず、口角が吊り上がる。




「──センセイ、もう、私のものです……か」



                       夏の日の片隅に。 了




挿絵(By みてみん)

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i360194
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