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水都異能奇譚  作者: 右川史也
第四章 正体
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第30話

 周辺一帯の避難誘導が一通り済んだ事を報告するため、英吉が一人戻ってきた。彼は佐也加からの氷の巨人に関する説明を簡潔にまとめた。

「つまりは、氷で作られたゴーレムだという事ですか?」


「この『氷』が、人外である可能性が完全に消えたわけではない。だが、軍の捜査では前回のゴーレムが出現した際、街中に現れるまでの移動過程で発見されたという報告はなく、ポッと現れたかのようだった。さらに此度は『突然の出現』だけではない。『サイズ』『出現数』『出現範囲』――そこから考えるに、その場で精製された人工物だと考えた方がより現実的だ」


 軍では『人外』を想定し捜査を進めていた。故に、〈認識阻害〉系や〈転移〉系の異能の可能性も含めた移動経路の特定も捜査の一部だった。しかし今回のサイズとなれば、どの経路を辿ったとしても誰にも気付かれずに街中に現れるのは不可能だ。〈転移〉ともなれば、移動対象の質量と移動距離を考えて[A]ランクを越える[出力]と[制御]を誇る。


 異能界には、異能者の各能力を大人から子供まで同一の基準で評価するシステムが存在し、一般的には、最も上の[A+]から最も下の[G-]でランク分けされる。


[D]ランクが成人も含めた全体の平均レベルとなり、仮に[B]ランクであれば、それがどの分野であろうと十分に誇れる実力と言える。[A]に達しようものならば、その才を活かす道を誰もから期待され、その分野を活かした業界から声が掛かる事はほぼ間違いない。専門的にその道に携わる成人でさえも、その域に達する事ができる者は多い訳ではない。


 仮に現在通報を受けている全ての巨人が同サイズならば、出現数の多さや範囲の広さから、〈転移〉させたと考えるのはあまり『現実的』ではない。


「もしかして、前回、氷の巨人を倒した時に身体が粉々に砕けたのは、この手掛かりが軍に掴まるのを防ぐため?」

「そうかもしれぬ。しかしだとすると、此度はなぜ隠そうとしなかったのか。できなかったのか、それとも、する必要がなかったのか」

「する必要がなかった? それはいったい……」

「簡単な話だ。此度の事態を想定させないためだ。つまりは、今の状況を作る事が目的だった場合、奴らにとってはこの氷の巨人どもを出現させるまでに対策されなければそれでよかったのだろう」


「『奴ら』って――これを呼び出し操った犯人は複数犯なんですか?」


「氷の巨人の出現報告が広範囲に渡り多数、且つほぼ同時であった事から、犯人は複数、しかも何らかの目的の下、統制された『組織犯』だという可能性が最も高い」

「目的は?」

「そこまではわからぬ。ともかく、貴様ら新人は本部に戻れ」

「あの、俺まだやれます!」


 掴みかけていた〈アドバンスト流柳〉のコツ、それをものにし、早く自分の力にしたかった。


 だが佐也加は認めなかった。


「やる気は買おう。だが今現場に必要なのは高度な連携と迅速な対応だ。現場に慣れぬ新人は本部内にて支援に専念しろ」


 私情よりも街の安全が優先。佐也加の言葉はそれを的確に伝えた。

 冬鷹は逸っていた気を改め「はい」と敬礼する。


「うむ。では付いて来い。私は一度本部に戻り、装備を整える。二ノ村隊員は道中、去川隊員に『周辺に潜む犯人の可能性に注意しろ』と〈式神〉を――、」


 話をすれば――というタイミングで、〈式神〉が空から舞い降りてくる。

 だが、その〈式神〉は去川のものではなかった。


 水の猫――その見慣れた〈式神〉は聞き慣れた声を吐き出す。


『お兄ちゃん助けて!』


「ゆくぞ」


 佐也加の言葉より一瞬早く、冬鷹は飛び出していた。事態の推察などいい。今はいかに早く妹の下へ駆けつけるか、それだけを考えていた。

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