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水都異能奇譚  作者: 右川史也
第三章 妹
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第29話

 緊張の糸が切れると冬鷹は息を切らせながら、刀を握る腕をそっと下ろした。


 佐也加が翻弄し、攻撃を誘発させ、冬鷹が切り落とす。腕、脚、と失いバランスを崩し倒れ込む。その勢いを利用し首を落すと、氷の巨人はピタリと動かなくなった。


 一連の戦闘のなか、気が付けば冬鷹と佐也加は三体の巨人を倒していた。


「よくやった、郡司冬鷹隊員」

「い、いえ。何がなんだか」


 氷の巨人へのダメージは確かに全て冬鷹の〈黒川〉によるものだった。しかしそれでも、自分が何をしたのか冬鷹は未だ理解が追い付いていなかった。


「貴様は〈アドバンスト流柳(るりゅう)〉についてどれほど理解している?」


 突然の質問に、佐也加の意図が読めず冬鷹は戸惑った。


「え? えっと、それは、副本部長もご存じのはずですが、」

「私が知る貴様の理解度は、押収したレポートを研究員が噛み砕いて説明したものだ」

「副本部長の認識に間違いはないです」

「ならば、甘い、と言わざるを得ない。これは貴様の師としての言葉だ」


 冬鷹の背筋が伸びる。師としての彼女の言葉は、常に夢を追う冬鷹のために(つむ)がれる。


「佐也加さんは何か知ってるんですか?」

「私とて聞き知るは貴様と同程度だ。だが、慣れた異能でないと同調率が(いちじる)しく下がる程の繊細さで、且つ術者が貴様のような気の回らぬ者なのだ。複数の異能と同時に同調しようというのがそもそも間違いだったのだろう――という推測が立つ」


 確かに、普段はリンクできる異能はできる限りリンクしていた。それが〝全力〟を尽くす事だと信じていたからだ。しかし目の前の結果は、その考えを改めさせるには十分な力を持っていた。


「世に同種・類似種が多くある異能とは違い、希少性の高い異能を有する者は、その異能の有用性を自らで見出さなければならない。それは『上』を目指すならば必須の事だ。その上、貴様の異能は研究者ですから解析に手を焼くもの。ならば貴様自身が己が異能の最たる探究者であるべきだろう」


 幼い頃は、無理矢理与えられた〈アドバンスト流柳〉を冬鷹は嫌っていた。だが、『上』を目指すと決め、その道が想像できない程険しいものだと解った時からは、冬鷹にとっては明確な『武器』となっていた。


 しかしそれでも、自分の運命を歪めた忌まわしき異能。それ故に、自分でも気付かず目を背けているのかもしれない。


 精進します。気持ちの整理を付けぬまま、冬鷹はそう返した。


「うむ。ただ、少しは誇っても良い。〈黒川〉において、一点特化した時の出力は間違いなく私より上だ。軍内でも五本の指に入るだろう。むしろ、貴様は自分の能力を低く見るきらいすらある。或いはそのせいで、自分にできるはずがないと早々に工夫を諦めているのかもしれぬな」


 軍内でも五本の指に入る――本当だろうか? とつい疑ってしまった。しかし、佐也加は嘘や本心とは違う事を口にはしない。


「立ち回りや剣筋も実戦経験が少ないにしては悪くはなかった。全力を出せた際の貴様の攻撃力は明確な戦力だ。あとは、如何(いか)にして己が全力を出せる状況を作りだせるか、それを考えろ」


 他を圧倒し、忖度など決してしない佐也加から『戦力だ』と、はっきり認めてもらえた。


 力が付いている。努力は知らぬ間に身となっていた。

 飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、冬鷹は「はい」と応え、師の教えを胸に刻んだ。


「うむ。さて、気付いた事がある。見てみろ」


 佐也加は、冬鷹が切り落とした氷の巨人の首の一つ、その断面付近を示す。

 模様だろうか。自然にできたとは思えない、人工的な線が刻まれている。よく見れば、『切られた事で半分になった文字』にも見えなくはない。


「同様のものが他の二体の同位置にも刻まれていた」

「これって……もしかして、この人外は何らかの異能で操られていたって事ですか?」

「それが想定される解の一つだ。そしてもう一つの可能性は、この操られていたであろうモノは『そもそも人外』ではないという事だ」

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