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水都異能奇譚  作者: 右川史也
第二章 氷の巨人
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第13話

「ご両親が亡くなっていて、お兄さんが病気か。苦労してそうなだな、あのコ」


 英吉がそっと口にする。隣で伊藤怜奈の背中を見送る冬鷹も同じ気持ちだった。


「……なんか他人事に思えないな」

「そんな感じだったな。冬鷹が自分から雪海ちゃんのこと話すなんて珍しい」


 怜奈は女性隊員に連れられ、迎えに来たであろう中年夫婦に引き渡される。

 そのまま怜奈は中年夫婦に連れられ帰って行く――のかと思われた。しかし、女性隊員は怜奈と中年夫婦にクリップボードを一つずつ渡すと、近くに椅子を用意し座らせた。

「あれは何をしてるんですか?」と、先輩たちに尋ねると、去川が答えてくれた。


「住所と連絡先訊いてんだよ。ま、それだけなら被害者全員に任意で訊いてんだろうけど、」


 なあ、オキ~。と、去川は間延びした声で、眼鏡の隊員を呼んだ。

 規律違反を許さない学級委員然している先輩隊員――隠岐(おき)は「なんだ?」と眉間に皺を寄せながらやってきた。


「あの伊東怜奈ってコ、今後どうすんの?」

「色々と事情を訊く事になるだろう」

「なっ、何故ですか?」


 予想外の答えに、言葉が冬鷹の口をついて出た。


「あくまでも念の為だ」

「まさか、伊東さんが関わってるって考えてるんですか?」

「そうとは言っていない。言ったであろう。あくまでも念の為だ。だが、人里に〈人外〉が現れ、暴れた。その人外が正体不明とあれば悠長に構えていい事案ではない。残っているのは砕けた氷の粒だけ。鑑識や研究員の調査で何か判るかもしれないが、確かな事が言えない現状では、できる限り多くの情報を得ておきたい」


 理路整然で厳格な物言いは、どこか佐也加にも似たものがあった。


「伊東さんへの事情聴取はどれくらい掛かるんですか?」

「具体的には答えられない。必要な情報が手に入れば『直ちに』終わるし、手に入らなければ『手に入るまで』かもしれない」


 ニュアンスからは、今日明日に終わるとは到底思えなかった。


「伊東さん、今日引っ越したばかりで、転校もして、環境が変わって大変だと思うんです」

「承知している。しかし、先も言ったが悠長に構えていていい事案でもない。それに『街に来たばかりの少女』の前に『人外』が現れる――単なる偶然にしては、妙な重なりを感じる」


 隠岐の言葉は至極真っ当で、説明されればされる程に、反論の余地が無いように思えた。


 しかし、何かせずにはいられなかった。


「…………あ、あの、俺に彼女の担当をさせてもらえませんか?」

「担当? 君が伊東怜奈から事情を訊くというのか?」


 厳格な眼に内心臆しながらも、冬鷹は「はい」と力強く頷く。

 固い視線がじっと向けられると、隠岐はハァと短く息を吐いた。


「郡司冬鷹君、君らの働きは素晴らしかった。あれだけの被害状況にも関わらず重篤(じゅうとく)な被害者がいなかったのは、一つは君らの行動が故だろう。しかし、調子に乗るな」

「おいおいオキ、新人相手に言いすぎだろ」


 去川が割って入る。だが、隠岐は頑として厳格な態度を崩さなかった。


「新人だろうと関係無い。我々の仕事は『情』よりも『市民の安全』が優先される――それは帝都北方自警軍の人間ならば常に肝に銘じておくべきだ」


 隠岐の正論は去川をあっさりと黙らせた。


「女性への聞き取りの場合、女性隊員が対応するのがセオリーであり、それが最も成果を期待できる。今回も同様だ。伊東怜奈の担当は鳥峰(とりみね)にやってもらう」


 鳥峰は隠岐・根本・去川の同期で、先程から怜奈に付き添っている女性隊員だ。

 柔らかな雰囲気と真面目さを併せ持つ彼女は、妥当な人選だった。


「郡司冬鷹君も異論はないな?」

「…………はい」


 何もかもが理に適っている。それに比べれば冬鷹の意見はワガママに過ぎなかった。


「では私は戻る。郡司冬鷹君も動けるならば本部に戻って医務室で看てもらい――、」

「はいはぁい」


 眠たげで間延びした声が流れを遮る。隠岐の硬い顔の上に疑問符が浮かんだ。


「なんだ、根本」

「あのさぁ、やっぱり、僕たちでやっちゃぁダメかなぁ?」

「『僕たち』とは根本と郡司冬鷹君の事か? さっきも言ったが、」

「わかってるよぉ? でも今回に関しては鳥ちゃんや他の女性隊員より、冬鷹君の方が良いんじゃないかなぁ。ねぇ?」


 根本は英吉・去川に同意を求める。だが二人の頭にも疑問符が浮かんでいた。


「根本の言う事だ。考えが無い訳ではないだろう。どういう事が説明してくれ」

「買い被ってくれてるけど、基本僕はなぁんも考えてないよぉ。でもぉ、今回は思ったんだよねぇ。伊東さんにとって、冬鷹君は助けてくれた相手じゃん? だから色々と話してくれるんじゃないかなぁ、って。実際、さっきも短い会話で家族の事情を話してくれてたし。ねぇ?」


「あっ! そうだっ! 確かにそうだな! 根本の言う通りだ!」と去川は激しく頷いた。


「冬鷹君も、何も情に流されただけで言った訳じゃないと思うんだよぉ。でもぉ、隠岐君が威圧的過ぎるから怖くて意見引込めちゃったんだよぉ」


「そうなのか? 郡司冬鷹君」と隠岐が真剣な目で尋ねてきた。だが、冬鷹が口を開く前に「そぉそぉ。僕だって怖いぐらいだよぉ」と根本が眠たそうに応える。


「せっかく良い案があっても、それじゃあ上官には言いづらくなっちゃうよねぇ」

「……それは、すまなかった。郡司冬鷹君」


 隠岐は重く受け止めた表情で頭を下げてきた。

 そして驚く事に、「そういう事なら」と冬鷹が伊東怜奈の担当になる事を認めた。

 冬鷹は思わぬ好転に戸惑ってしまい、何も言えなかった。


「隠岐君、僕はぁ?」

「本来ならば今任務に限り、郡司冬鷹君は女性隊員と組んでもらいたい。しかし、新人ゆえにバディが変わる事での不備で任務に支障が出る事も考えられる」


 と言う理由で根本も同じく伊藤怜奈の担当となった。

 正式に担当になるのは、『上』へ進言し、配置換えが完了してから、との事だ。

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