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水都異能奇譚  作者: 右川史也
第二章 氷の巨人
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第10話

 氷の拳が冬鷹に向け放たれる。それを〈ゲイル〉で横に避け、すかさず地面に刺さる氷の手首に向け〈黒川〉を振り下ろした。

 だが、弾かれる。


「くッ!」


 まるで、石や鉄に向けたかのように、手に痺れが襲う。

 軍刀〈黒川〉には〈切れ味補助〉と〈形状維持〉の異能が付与されている。だが、冬鷹の錬度では氷の巨人に傷をつける事は難しいようだ。


 ……試してみるか――。


 冬鷹は〈黒川〉にリンクを図る。高い効果は望めないが、無いよりはマシだ。

 しかし、結果は冬鷹の予想通りのものとなった。


 くッ、やっぱりリンクは繋げないか――。


 冬鷹は慣れた異能でなければリンクする事が非常に困難だった。

〈黒川〉は使い慣れている。日々の訓練の中でリンクする事も全く問題無い。


 しかし、今その手にあるのは英吉の(・・・)〈黒川〉だ。


 微妙なズレがあるのだろうか――実感としては全く分からない。しかし、実際として、〈切れ味補助〉と〈形状維持〉を発動する事はできるが、リンクするには至れない。

 それに、仮にリンクできたとしても威力の上昇率は格段に下がってしまう。


 氷の拳が再び振り下ろされる。

 冬鷹は避け、もう一度斬りかかった。だが、またしても弾かれた――その時だ。


「がッ――――ッ!?」


 背面全体に強い衝撃が襲った。

 ――かと思えば視界が急激に流れ、次の瞬間には瓦礫の山に叩き付けられた。


 軍服でもある身体硬化異能具〈金剛〉のおかげか、大事には至らない。しかし、背中を中心とした全身の痛みに、頭が上手く回らない。突然の事態に理解が追いついてない。


 しゃにむに顔をあげた。すると、巨大な掌が冬鷹の頭上に迫っていた。


「〈パラーレ〉ッ!」


 咄嗟に防壁を発生させる――が、一瞬で割れてしまった。

 攻撃の巨大さに合わせ『壁』を広げたせいで、酷く脆くなってしまったのだ。

 巨大な手がぐっと距離を詰めてきた。


「〈ゲイル〉ッ!」


 高速移動でなんとか直撃は免れる。

 だが、衝撃によって再び弾き飛ばされてしまった。


「あ、あの!」と少女が呼びかける。

 冬鷹は「大丈夫?」と咄嗟に主導権を奪い取った。


「あ、はい。いえ、それより、あな――、」

「俺は大丈夫だから! もう少し頑張って!」


 不安にさせる訳にはいかない。だが、誰が見ても『大丈夫』ではない事は明白だ。


 くっそ……。俺、全然ダメじゃねえか――。


 ひとよりも訓練を重ねたつもりだった。

 軍には自分より強い人ばかりだが、それでも役に立てるくらい成長したと思っていた。


 しかし、結果はこの有様だ。


 次の攻撃で倒されてもおかしくない。それほど強大な威力だ――最悪殺される。

 だが、動こうにも立ち上がる暇もない。巨大な手は再び拳を作り、冬鷹に向け撃たれた。


「〈パラーレ〉!」


 今度はリンクさせた。心拍数は通常の二倍程度、つまり出力も今は普段の倍近くある。

 ただ、それでも『壁』は瞬く間に割られてしまった。だが拳は、僅かにだが失速した。


 冬鷹はその隙に立ち上がる。半歩ずれ、〈黒川〉に魔素子を流し込む。

 僅か数センチ横をかすめた拳が、〈黒川〉の刀身を擦るようにして地面に突き刺さる。

 今度は傷を付ける事ができた。

 だが、人で言えばかすり傷程度の僅かなものだった。


 やっぱりダメか――。


 拳が引き返してゆく――と、同時にもう一方の拳が、今まさに放たれようとしていた。

 もう避ける事はできない。


 雪海……ごめんな――。


 冬鷹は覚悟を決め、構えた――その時だった。


「「〈ゲイル〉」」


 次の瞬間、氷の巨人が地面に倒された。


 何が起きた? ――という疑問も一瞬のこと。答えは先刻の重なる声から推察できる。

 冬鷹大丈夫だったか? と英吉が駆け寄ってきた。


「先輩たちが来てくれた」


 瞬く間に、十数名の先輩隊員たちが対象を取り押さえる。

 氷の巨人は抵抗を見せた。だが、一人の隊員がその左腕を切り落とした。


 落ちた腕は地面に着くと粉々に砕け散った。

 間髪入れず、今度は眼鏡をかけた隊員が右腕を切り落とす。

 そして右腕が地面に落ちる間も無く、冬鷹のバディである根本が胴を横真っ二つに薙いだ。

 その瞬間、氷の巨人は跡形もなく崩れ散った。

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