『父親』になりたかった少年は。
「『教会本部が持っている青柳藤に関する情報を』……『全部渡せ』、だ?」
秋たちが現場からすっ飛んできたのにも驚いていたというのに、秋が言い出したことでルカは更に素っ頓狂な声を上げざるを得ない。
「あぁ」
秋も緊張と焦りで、ようやっと頷いた。
教会本部の一室であるいつもの『指導室』で、秋は桐子とともにルカに直談判している。
「どうする気だ?」
さすがにただならぬふたりの気迫を感じ、ルカも意地を張っている場合ではないと、話に応じてくれるようだ。
「青柳藤は誰にも殺させない。アイツは……」
意志を確かめるように、秋は桐子と視線を合わせる。
その意志にまったく揺らぎはないと、お互いに確かめ合った。
ならもう、道はひとつしかない。
「『俺たちで』、キッチリ祓ってやる!」
彼を苛む闇を祓い、本来の『青柳藤』を取り戻す。
きっと苦しんでいるのは、『藤』だけじゃない。桐子だって……取り憑いている悪魔だって。
「……たとえ悪魔祓いできたとしても、青柳藤は殺人者という事実は変わらん」
ルカは深いため息とともに、極めて冷静に慎重に、現実の苦しいところを突き始めた。
「そこんとこは、どう落とし前つける?被害者がいる限り、アイツが『生きること』は誰も納得しちゃくんねーぞ」
ルカが言っていることは、いまなら冷静になって考えて、自分のなかでゆっくり噛み砕いて、ほんのちょっとだけなら理解できる。
きっと正論なんだろうなと、思いはする。
でも、やっぱり納得はできない。
「わかんねーだろ」
「?」
「そんなの、話し合ってみなきゃ誰にもわかんねーよ!こころを持った者同士なんだからっ!」
「……っ!」
息が止まった気がした。
秋のあの真っ直ぐな瞳を見て、こころを奪われたみたいな感覚に襲われたのだ。
気がついたら秋は指導室を飛び出していて、桐子が後を追って出て行った様子が見えた。
シスターカナコがやれやれと、肩をすくめて提言する。
「あなたも話し合ってみたら?秋くんと」
「……言われなくても、わかってんだよ。だけど」
背もたれの大きい立派な執務椅子に、どかっと背中を預けてうな垂れた。
ここ数日のうちに溜め込んできた、秋に対する想いが溢れてきて、堪えきれずにとうとう吐露し始める。
「俺だって戸惑ってんだよ……『いい父親』になんて、俺にはとてもじゃねーが役不足なんだっての」
目を伏せていて、しかしシスターカナコには彼の努力の涙がうっすら見えた気がした。
秋のために、秋が友達に自慢したくなるような、秋が憧れてくれるような、そんな『立派な父親』になりたかった。
血縁じゃないからこそ不安で、血縁じゃないからこそ可愛くて。
ずっと、いつまでも。
変わらないままで、慕ってもらいたかった。
情けないところなんて見せたくない。だってニセモノでも、自分は秋の『父親』になりたいのだ。
なのに実際は、情けなくてやるせなくて、どうしようもない。
あぁしてやりたい、こうしてやりたいと手を尽くしても、それは全部裏目に出てしまう。
秋のことを想っているつもりでも、こんなにもこころは離れてしまって。
「少なくとも、秋くんは認めてくれているんじゃないかしらね?」
シスターカナコはふと、窓の外を仰いだ。
無言で建ち並ぶ灰色のビル群。
陽の光がプリズムを作り、街を明るく照らしている。
鮮やかな青空が高く遠く広がっていて、広葉樹が優しい風に揺れている。
塗りつぶされた【黒】は、再び色を宿した。
こんなにも色とりどりの世界。
見せてくれるのは、君だから。
————男泣き、なんて。初めてじゃないの。
「昔から『ルカは俺のヒーローだ』っていって、きかなかったんだから」
「……っ!」
我慢していたはずの涙がとうとう決壊して、ルカは堰切ったように泣き始めた。
強がるだけじゃ、誰もなにも守れやしない。
君への『愛』があるから、俺は動き出せるんだ。
君が俺のガソリンで、エンジンで、ギアだから。
そばにいてくれるだけで、いつだって全開で走り出せる。
君がいなくちゃ、こんな悪路は走れないのさ。