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青金の人形遣い

教会本部から愛機の原付バイクで走破して、ものの五分か。

秋は桐子が消えた『闇市』のなかを走り回り、彼女に関する情報を集めようと躍起になって奔走していた。

ようやっとの思いで監視カメラの位置を特定し、その周辺を探ってみるものの、やはり相手は馬鹿なんかじゃない。手掛かりらしいものなんて、なんにも残っていなかった。

「っ……くそ!」

焦燥感を多分に含めた八つ当たりで、乱立するビルのその壁面を、拳で思い切り殴りつけた。

最初の一発でもう痛みが勝り、もう二発くらいやりたかったところを止めておいた。

走り回って疲れた体を汚いビルの壁に預けると、コンクリートの冷たさが火照った背中にじんわりと、心地よく感じられる。

この先どうすればいいのか。

考えてはみたものの、なにも浮かばない。

「やぁ」

と唐突に声を掛けられて、とっさに警戒して振り向くが、しかし聴こえたはずの方向には誰もいない。

空耳だと思って、弾んだ息を落ち着かせようとしたそのとき、急に背後から人の気配を感じた。

ただのゴロツキにはない、明らかな危険性を感じる。単純で純粋な恐怖が、秋の背筋を擦り付けた。

現時点で何者かはわからない。しかしなにか仕掛けられる前に先んじて距離を置き、同時に腰をひねって振り向いた。

「初めまして、『黒澤秋』くん」

男はその場から動く気も、なにか危害を加える気もないとでも言いたいのか、空の両手を広げて立っている。

その手には白い手袋がはめられているが、武器の類が仕込めるとは思えないほど、手にぴったりだった。

モデルのように均整のとれた仕立てのいいスーツ姿、白髪の混じった蜂蜜色の髪には、既視感がある。

「‼︎……お前、お前が青柳藤……あいつの兄貴か?」

緊迫した面持ちでそう問いかけると、男は聴いた誰もが蕩けるような甘い声で答えた。

「あぁ、そういうことになるね。桐子の行方を追っているんだろう?」

不気味に白い仮面マスケラに包まれた素顔は、きっと桐子に似た美しい顔が天使のように、優しく微笑んでいるのだろう。

まるで『優雅に歌う金糸雀カナリア』。

そういった想像を掻き立てるほどに、聴いたこともないくらい美しい声だった。

「お前が攫ったことはもう知ってる。だから、意地でも吐かせてやる!」

勇んだ声をあげて、もたついた慣れない手つきで、懐から小ぶりなサバイバルナイフを取り出した。秋が用意できる中でもっとも手軽に扱える、唯一の武器だ。

戦闘の経験は浅くて、しかも前衛など桐子に任せきり。

銃の扱いなんて試験勉強で得た知識と、ルカの持ち物を内緒で触って得ただけで、《ロザリオ》以外の武器はほとんど手に触れたことすらない。

対して眼前の敵であるこの男は過去、非常に優秀な修道士だった。

現在においても若いながら、〈レザークラフト〉の幹部を務めるほどに強い。

その証左たるものが、武器を持ち出されたこの場においてもまったく揺らぎない、余裕の声だった。

「ふふ、勇ましくていいね。でもその必要はないよ」

コツ、コツ、コツと革靴を高らかに鳴らして、秋が構えるナイフにはまったく動じることなく接近。

白い仮面マスケラを音もなく剥がした。

「これから君を招待しようと思っていたんだ。歓迎するよ、『黒澤秋』」

その微笑みはやはり桐子とよく似ていて、そこに塗られた闇もやはりどこか、彼女と似通っている色味を帯びていた。

「歓迎って、どこに……?」

と深く訝しんで慎重に問いかけると、いつの間にやら藤は秋のすぐ側まで迫っていた。

「お探しの人形ドールは、大事に箱へ仕舞っているよ」

「⁉︎」

耳元で囁かれてようやく、こんなに近くまで許していたことに気づいたなんて。最初に接近を許してからのことだが、驚かざるを得ない現象だ。

いくら身動きが速くても、ここまでのレベルにまでなるものだろうか。

桐子でさえ、ここまでの速度ではないと断言できる。

秋は再びできる限りの距離を取って、いまにしてみたら子供騙しみたいに頼りなく感じるナイフを構え直す。

「ふふ、なんてね。食事は飢えない程度に与えているが、食べていない様子だよ」

しかし彼には秋の気迫はまったく通用しないようで、まるで世間話でもしているかのような気軽さと気安さが見える。

彼の顔に感情らしいものが見えにくいことも一端として、秋には藤の思惑がまるでわからない。

「あぁ、安心してくれ。なにも手を出しちゃいないさ。こう言えばいいのかな?『桐子は無事だよ』」

「⁉︎」

微動だにしない穏やかな微笑みを湛えた藤の言葉を合図に、唐突に現れた淡い色合いが似合うドレス姿の女性。

彼女は秋の両腕を女性とは思えぬ力で掴み上げ、絞めあげられたその痛みで秋はナイフを取り落とした。

からん、と虚しい音を響かせて路地に転がったナイフ。この怪力の女性に拘束されている以上、取り戻すことは不可能だろう。

「彼女は僕の指示しか聴かない。別に君へ危害を加えようってわけじゃないよ、ただの保険さ」

そう言って彼は秋が落としたナイフを拾い、鋭い刃先を林檎のように赤い舌で舐めとる。

毒のように鮮やかな紅の血が、一筋流れて藤の綺麗な顎先に伝う。

背筋が震えるほどに、まるで魂が抜かれてしまいそうなくらいに、その笑顔は鮮烈で残酷で……美しかった。

「さて、行こうか」

あとはもう、大人しく従うしかなかった。


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