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ロボコップ

「あー危ねー……あのアホ女のお陰で、出欠間に合わないとこだったわ」

とチャイムの音とほぼ同時に、二年生の教室の窓際にある自席へとたどり着いて、ほっとひと息……

「秋!」

ひと息つけるかと思ったのに、いつもの『ひとりかしまし娘』が、待ってましたとばかりにきゃんきゃんと吠え出した。

秋の顔は自然、学校ではお馴染みのむすっと顔に早変わり。

それでも沙也加は、秋に声をかける行為をやめようとしない。むしろより積極的になっているような気がする、と秋はげんなりした。

「今日もギリギリだったわね。ヒヤヒヤしたわよ」

「うるせーな沙也加。間に合ったんだからいいだろ」

見た目から分かるほど中身が軽い、通学用に買ってもらったリュックを、わざとらしくよっこらせと机の上に乗せた。

高校での勉強をする気が皆無なので、教科書は全教科ロッカーに置き勉。ノートなどハナから用意していないし、だから筆記用具が詰まった筆箱などという代物は持つだけ無駄。

なのでリュックから取り出す物は、いつも決まって携帯端末とバッテリーチャージャー、早弁用に買ったパンやおにぎり。

ときどき漫画雑誌を読むこともあるが、沙也加が見ている前で出すとうるさいし、今日は急いで家を出たのでその類は詰めてこなかった。

「今度遅刻したら、さすがに補習だって先生に言われてるじゃない!だからわたし、心配してたのよ!」

秋はそのやる気のなさを教師陣から諦念されており、出欠確認時間にさえ教室で着席していれば、退学させないとさえ譲歩されている。

しかし最近というか、修道士になってからの二週間は非常に忙しく、肝心の時間に間に合わないことが多くなっていた。

ルカが保護者として事前に、高校側に秋が修道士として活動することを理解してもらいたい、という趣旨を伝えている。

一応は活動自体は了承してもらえたものの、しかし高校も、神奈川エリアから認可された学校として、ある程度の基準を付けなくては他の生徒に示しがつかない。

その妥協案としての出席率なのだが、早くも危機を迎えている。

この二週間で出席扱いにされた日は、秋の覚えでは四日くらいだった気がする。

「退学にならなきゃセーフだよ」

などと早速パンの包装を破って呑気に咀嚼している幼なじみに、沙也加もいつも以上に厳しく、持ち歩いているファッション雑誌を丸めて一喝した。

「留年もしないの!バカな秋が高校に行けたこと自体が奇跡なんだから、その神様が与えてくださった奇跡を、修道士が率先して無駄にしていいの?」

「ここで神様を引き合いに出されてもな……てか、どっかの誰かと同じようなこと言うなよな」

「なによそれ、意味わかんないし!……そ、それはいいとして」

こほん、と沙也加が急にしかつめらしく咳払いをするものだから、秋もほんの一瞬だけ手の中のパンから目を離した。

「修道士の、お仕事?続けられそう?」

「まぁな」

なんだ、毎度恒例の『抜き打ち姉貴査察』か、と秋も気を抜いてパンの咀嚼に戻る。

沙也加はこうしていつものごとく、通称『姉貴査察』という様子見をおこなう。最近の生活はどうだとか、ちゃんと三食とって寝ているかとか、部屋の掃除はしているかとか、まさに姉貴による査察だ。

結果いかんで、秋の生活に沙也加が無理矢理に介入し、もはや姉貴ではなくオカンのようにあれこれ世話を焼くのが決まりとなっている。

あぁしろこうしろといちいちうざったいが、毎朝きちんとした時間に起きられるようになるし、体内環境が改善されたかのように体の調子が良くなるので、有り難いともいえた。

しかし唐突に、沙也加の声が弱くなった。なにかを恐れているか、躊躇っているようにも感じられる。

「……パートナーのひとって、美人?」

「?顔とスタイルだけは満点」

と秋が特になにも考えずに答えたら、沙也加はわかりやすいくらいに顔を曇らせた。

「‼︎……そ、そうなんだ……」

と明らかに声を窄ませたかと思えば、自身の胸や腰を難しそうな顔で摩り、スカートから伸びた脚を可能な限りのあらゆる角度から眺めている。

「なんだよ、どうしたんだ?」

さすがにそんな幼なじみを無視して次のおにぎりを頬張るわけにもいかず、秋はいつもより柔らかい声で尋ねた。

なにかよっぽど深刻な悩みがあるのか、それを秋に話すのはまずいのか。

たっぷり三十秒ほどリノリウムの床を見つめてから、沙也加はようやく口を開いた。

「…………秋!あのねっ……その、こ、これからウチで」

「ねぇ、みてみて!」

しかし沙也加の勇気も、窓から外を眺めて声を上げるクラスメイトたちの騒めきにかき消され、なんとなく萎んでしまった。

「なんだろ?」

とほんのり芽生えた野次馬精神だが、沙也加はそこまで興味を惹かれなかったようだ。騒いでいるクラスメイトを遠巻きにしているような、そんなあっさりとした態度。

「さぁな」

と言いつつも、秋は窓から近い位置にいることもあって、ついでに目を向け、そして息を呑んだ。

「!?」

この二年生用にあてがわれた教室から見える景色は、生徒も教師も校内に行くために利用する正面玄関の周辺だった。

その正面玄関は、物騒な世の中だからというもっともらしいこじ付けの理由以外に、『神奈川エリアの目玉であるドルチェを活用して、内外にエリアアピールしよう』という目的で警備用ドルチェが配置されている。

その警備用ドルチェが、わらわらと群れをなしてひとりの侵入者を吊るしあげようと働いている様子が、ここからだとよく見える。

問題はその侵入者が、警備用の安価なものとはいえ世界に誇るべきAIロボット(ドルチェ)を、無遠慮も甚だしく破壊しまくっているという点だ。

そしてその侵入者は信じられない、信じたくないことに、秋がよく知るゲームオタクの脳筋修道女だった。

「あのバカ女……っ‼︎」

と獅子奮迅の速さで教室を飛び出した秋の背に、沙也加の声が投げられた。

「秋⁉︎どこ行くのよ、もうすぐ先生来ちゃうわよ!」

しかし秋はそれどころではなく、むしろこの際、ちまちま出席率など気にしている場合ではないと結論づけた。

無駄に長い廊下を駆け抜け、階段はほとんど飛び降り、自身も驚愕の記録で正面玄関にたどり着く。いまだ破壊行為を繰り返し続ける暫定パートナーに、秋は教室から覗く生徒たちも驚くほどの大声で怒鳴り込んだ。

「なにしとんじゃおのれはーーーーーっ!!!!!」

「おや。どうかしたのですか?」

秋の怒声と鬼の形相に、しかし桐子はケロっとした涼やかな顔で、合成強化鋼で作られている警備用ドルチェの首を素手で折っている。まるでビスケットみたいに砕ける、合成強化鋼。

「どうかしたのですか?じゃねーよっっ!!!!なんで俺の学校来て、いきなり警備用のドルチェぶっ壊してんの⁉︎」

「ちょっと拝見しに伺ってみたのですが、いきなり襲われて困ったので」

とまるでか弱い淑女のようにたおやかに言いながら、桐子はすでに半壊状態のドルチェにとどめを刺さんと、頸部から飛び出た太めのコードを引き千切ろうとしている。

「ちょっ、まてまてそれ一台三百万!」

一口にドルチェと言っても、その値段と性能、用途はまさにピンキリ。

およそ三百万円の警備用ドルチェは、そのなかでも普及率が高く、しかし見た目の悪さは群を抜いている。

接続コード類が関節の隙間から見え隠れしているし、AIとしては単調すぎる。

大昔の洋画で『ロボコップ』というSFアクションがあったが、主人公である超高性能サイボーグのロボコップと比較される低脳ロボットを、秋はよく似ていると思っていた。

当時の撮影技術のせいもあるかもしれないが、とにかく動きがぎこちないし、エピソードを挙げれば、独りで階段の昇降ができないという致命的な欠陥品だ。

その割には、たぶんこの紙くずみたいに破壊されているドルチェの方が、もしかしたら割高かもしれない。

「三百万円?随分とちゃっちいですね」

「どーゆー金銭感覚してんだよ!いいから帰れ、めちゃくちゃ怒られるぞ⁉︎」

「この無能な鉄屑にそれほどの価値が?」とでも言いたげな、桐子の座った瞳。

ちょっと同感だが、ここはひとまず逃げなくてはいけない。

生徒の間ではだいぶ騒ぎになっていたから、そろそろ教師が出向いてもおかしくない。

これで犯人が秋の知り合いだとバレたら、もしかしたらドルチェの修理費用を請求されるかもしれない……などと想像してしまえば、背筋が凍りつくのは無理もないだろう。

当の犯人はというと、「うるさい人ですね」などと秋への文句を言いつつ、スカートに付いた砂埃を払って、手早く身だしなみを整える。

「あぁ、忘れていたのですが」

「今度はなんだよ?」

早く出ていけと言わんばかりに桐子の背をぐいぐい押しつつ、無意識に破壊されたドルチェの数を目視で数えていると、彼女はようやく本来の用件に入った。

「招集がかかりましたので、いますぐ揃って本部にと」

「早く言えよ!!!!」


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