感謝 1
長くなりそうなので話をわけました
いよいよ明日に迫ったご挨拶の場。
その前に私は言いたいことがあった。
伝えたい言葉があった。
こっそり皆を呼び出した真夜中。
満月の薄明りが私達のスポットライト。
「爺、ナターシア、アリス、メイ、あなた達がいてくれたから私は生きてこられた。
本当にありがとう。」
深々と礼をする。
明日は私にとってある意味大人になる日なんだ。
社交界への第一歩。
前世の成人式のようなもの。
まだまだ一人前とは言えない私だけど、こんなに頼りない私だけど、
皆は私を主と慕って守ってくれている。
「お父様にもお母様にも見捨てられた私を、あなた達は必死に守って育ててくれた。」
私を守っても何の得にもならなかったでしょうに。
きっとブリナー家では肩身の狭い思いばかりさせてしまっている。
「アリスはいつも明るくて、私が泣いていると笑わせてくれたわね。」
どんなに落ち込んだり下を向いている時だって、アリスはいつも励まして前を向かせてくれた。
「もう嫌よ、私だってここにいたくているんじゃない!」
何もかも嫌になって癇癪を起こすと、いつもアリスは笑って言ってくれた。
「お嬢様、そんなこと言わないで。
私はお嬢様に出会えて嬉しいですよ?
こんなにも可愛らしいお嬢様が主だなんて本当に私は果報者です。
だから、そんなこと言わないでください。皆そう思っていますよ。
ずっとお嬢様と共にいたい、と。」
「ア、リス。」
「だけどお嬢様の気持ちも分かります。急に何もかもやりきれない気持ちになっちゃたんですよね?
そんな時は疲れ切るまで泣くのが一番です。思う存分泣いてください。」
こんなこと言われたら何も言えなくなっちゃうじゃない。
泣いて泣いて泣き喚いた。
泣き腫らした目にそっと冷たいおしぼりを置いてくれて、落ち着くまで傍にいてくれた。
優しい手つきで頭を撫ででくれた。
「お嬢様は普段は大人のようなのに、たまに子供らしくなりますねぇ。
大人のように振る舞うお嬢様も良いですが泣き虫で甘えん坊なお嬢様も私は好きですよ。」
「アリスは逆だわ。いつも子供のようなのに、急に大人のようになるんですもの。」
「まぁ生意気なお口。アリスはお嬢様より充分大人ですのよ?」
もし私に姉がいたら、きっとこんな感じだったのかしら。
「そうだ。この前、町へ行った時とっても可愛らしい髪飾りを見つけたんです。
きっとお嬢様に似合いますよ。今度買ってきますね。」
「・・・またですの?またナターシアから散財していると怒られてしまいますわよ?」
「良いんです!それが私の生きがいなんですから!」
だけどナターシアさんにはとりあえず秘密にしとましょう、とシーッと人差し指を口にそっと触れさせた。
「メイはいつだって私を影から守ってくれた。
知ってるのよ?あなたのおかげで何度助けられたかわからないわ。」
周りからの嫌がらせを事前に察知して私に知られないように回避させるのが上手なのはメイだった。
「何を焼いているの?焼き芋?」
「・・・ええ。お嬢様。もう少しで出来上がりますから、もう少しお待ちくださいね。
火傷などしては大変ですから、お部屋のほうでお待ち下さい。」
メイが急ぐようにザクザクと燃える紙を叩くように燃え上がらせる。
文字がメラメラと燃えて消えてゆく。
「・・・メイ、ありがとう。」
「いえいえ、私も食べたかったので。」
私は自分が来ていたカーディガンをそっとメイにかけた。
「お嬢様?」
「メイ、そんな薄着じゃ風邪をひいてしまうわ。」
「私は良いんです、お嬢様が着てください。」
「あら、私のほうが着なくて良いのよ。部屋は暖かいもの。早く戻ってきてね。
暖かいお茶と一緒に皆で頂きましょう?用意をして待ってるわ。」
タタっと駆け足になり、少し息が上がる。
ハーッと息が煙のように白くなる。
私がお礼を言ったのは焼き芋のことだけじゃない。
メイがたくさん焼いていたのは、私に見せないようにアイール様達や使用人達からの私宛の醜聞だった。
少しだけ見えた悪意の塊の羅列。
きっとこんなことが私の知らないところでいっぱいあるんだ。
メイは私に知られないようにしてくれているのだから、私も見ないふりをした。
気付いていないふりをした。
そうすることが良いと思った。
もし私が見つけた、やられた、と騒ぎ立てたところで私が問題を起こしたと余計立場を悪くしてしまう可能性がある。相手の思う壺だ。
最悪の場合、こんな状況を作ったお前達が悪いのだ、と咎められることさえ考えられる。
何よりメイは私を気遣って隠してくれている。
そんなメイの優しさを無碍にはしたくないと思った。