弟の誘惑
「まぁ良いでしょう。
短時間でここまで覚えることが出来れば、とりあえず合格点ですね。
ただし、お辞儀の角度はあと5度低くして下さい。
声の高さは丁度良いですが、もう少し大きく。
細かいところはナターシアさんに伝えておきますので、練習を怠ることなくして下さい。
来週に直っているかテストを行います。」
「わかりましたわ、ミエル様。
本日はご指導ありがとうございました。」
ドレスの裾をちょこんと掴み礼をする。
表向きは何てことないような表情を取り繕っていたが本当は
息は上がり、明日にはきっと筋肉痛で暫くは動けないほど死にそうだった。
スパルタな授業を終え、ぐったりとベッドに寝そべっていた。
もう何もしたくない。
死んだように眠りたい。
うとうとと夢と現実をいったりきたりしているとベッドのスプリングがギシッと音を立てた。
何やら後ろのほうに重さがかけられ微かに揺れた。
何だろう?私、寝返りうってないのに。
急に腹と腰のほうに圧迫感を感じた瞬間、日光の爽やかな香りが私の体を包んだ。
ぼんやりとした頭では今の状態が理解できず、なすがままだった。
半目で自分の腹を見ると薄暗い部屋の中で綺麗な傷一つない真っ白な手がある。
「な、に。」
「姉様、姉様は細くて小さいね。こうやってさ、ぎゅってしたら壊れてしまいそうだね。」
「カ、ナタ?」
カナタはこんなに声が低かっただろうか。
手はこんなに男らしかっただろうか。
私より少しばかり背の高いだけの男の子だったんじゃなかったけ。
先程は子供特有の甘ったれた声だったのに、少しかすれかかった声は妙な色気を感じさせた。
「姉様、辛いでしょう?大変でしょう?悲しい?」
クスクスと笑いながら耳元で囁かれてくすぐったい。
「僕はね、前から姉様のこと知っているんだよ。
母様と父様が姉様のことで夜中に喧嘩していたことがあってね。こっそり聞いてしまったんだ。
姉様は直系だからいずれは別宅から本宅に呼び戻してから婚姻相手を探すべきだとお父様が言って、お母様は本宅へは入れたくないって駄々をこねたんだ。本宅には僕とお母様さえいれば良いって。
まぁお母様の気持ちも分かるけどさ。
僕が生まれるまで煩い親戚や妾の存在が凄くストレスだったみたいだからね。
そのストレスの原因は姉様だとお母様は思っているから思い出す存在が嫌なんだろうね。
だけど、ほら、15歳のアレがあるだろう?
それまでがタイムリミットだってことで諦めろってお母様はお父様に言ったんだよ。
その時、初めて姉様の存在を知ったんだ。可笑しな話だろ?兄弟なのに知らなかったなんて。」
私の髪をくるくると弄りながら話し続けた。
「こっそり別宅に見に行ったことがあるんだ。その時、姉様は一人でどこか遠くを見ていたよ。」
よくもまぁペラペラ喋ること。
勝手に部屋に入って抱きしめて人の傷口に塩を塗るような悪口言って、やりたい放題だな、こいつ。
「姉様、姉様のこと僕が守ってあげてもいいよ。」
「・・・は?」
「きっと僕だけが姉様を守ってあげられる。」
「急に何言ってんの?」
「寂しいんでしょう?不安なんでしょう?」
「そんなわけ、」
ない。という前に遮られる言葉。
「いいよ、嘘吐かなくて。強がらないで。
だって、ほら背中からでも聞こえるくらい心臓がこんなにドキドキしてる。図星だからでしょう?」
きつくきつく抱きしめられる。
「ああ、僕の可愛い姉様。大丈夫、僕だけのもの。」
はぁはぁと私の髪に頭をうずめながら抱きしめてくる。
とりあえず、どうしよう。
人の話は聞かないし、勝手に話進めるし!
そもそも何だか変なフラグがたっているきがして悪寒がしてきたのは気のせいだと思いたい。