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苦い、ベリーケーキ

話の流れ上、年齢修正致しました。

主な彼女たちの年齢まとめ

お嬢、キリア、ユリア14歳

カナタ9歳



カラカラと馬車が動き、小さな車窓から今まで住んでいた別宅が小さくなっていくのが見える。

少しずつ景色が変わっていき、程なくして大きな本宅にたどり着く。

「お手をどうぞ、お嬢様。」

爺に手を差し出され往生際の悪い私は、爺がこの手を握り

「皆で逃げてしまいましょうか。きっとなんとかなります。」

と言って、このまま馬車で逃亡してくれないかと思ってしまった。

昨夜、皆であんなにも頑張ろうと話をしたのになんて意気地のない私。

なかなか手を乗せないから私の気の迷いを爺は気付いてしまったのだろう。

「お嬢様、もう道を切り開いて行くしかないのです。参りましょう。」

ギュッと手を握られ馬車から身体を引き剝がされた。

「あら。随分と強引ね、爺。」

「お嬢様、覚悟を。」

「・・・ええ、そうね。わかっているわ。」

重厚な扉に爺が手をかける。

扉が開くとお母様と男の子とメイドがいた。

すぅっとゆっくり空気を吸い込み、ふぅっと吐いた。

「お久しぶりです、お母様」

ぼんやりとした記憶のお母様の顔が、今はっきりと重なる。

「そうね。元気そうで良かったわ。」

お母様は冷たい眼差しを一瞬だけ私に向けると、すぐに手を繋いでいる男の子へ暖かい眼差しを向けた。

自慢の息子なんだろう。

天真爛漫でどこまでも明るく太陽な存在。

漆黒の夜のような髪に、眩い星の光のような目。

白い肌にスッと溶け込んだ紅のような唇。

幼いながらもすでに美少年の素質がうかがえる。

今まで何一つ苦労のしたことも悲しいこともない無邪気な姿。

少しだけ心に痛みがはしった。

分かっていたことじゃない、私が好かれていないことくらい。

「そして初めまして、」

「お姉様、初めまして。カナタです、仲良くしましょう!」

にっこりと屈託ない笑顔で言うカナタ。

何も知らず無邪気なカナタ。

ああ、何故か無性に憎たらしい。

この子は何も悪くないとは分かっている。

男の子として生まれ、両親の期待に応えた出来の良い子。

口元だけ弧を描きながら見ることしかできない私。

心からの笑顔が出来るわけがない。

「お父様が今日、お姉様がくるから仲良くしなさいって言ってました!」

「・・・そう、お父様は?」

「お父様は今日は家に帰ってこれないんだって。」

「あら、そうなの。」

今日くらいは顔合わせをするのかと思っていたけど。

「なんだか忙しいみたい。ねっ、お母様。」

こてん、と首を傾げお母様に同意を求めるカナタ。

「・・・そうね、カナタ。あの人は、いろいろと忙しいのよ。」

なんだか理由を聞いてはいけないような空気の中、この居心地の悪さに困った。

共通の話題も何もない。そもそも話をする気がない。

嫌だな、と思っていると奥のほうからメイドが姿を現した。

「奥様、カナタ様、お茶のご用意が出来ました。」

「そう、今行くわ。

今日はカナタの好きなクリームたっぷりのベリーケーキよ。

カナタが昨日食べたいって言っていたから、頑張って作ったのよ。」

ふふっと優しく微笑むお母様。

「やったぁ!僕、お母様の作ってくれるもの全部好きだけど、ベリーケーキが一番大好き!真っ赤なベリーが甘酸っぱくて、ふわふわで、真っ白なクリーム・・・!」

ふにゃふにゃと今にも蕩けてしまいそうなカナタ。

そんなカナタの頬を「早く一緒に食べましょう。」と優しく撫でるお母様。

何よ、これ。

気色悪い。

まるで恋人同士のような二人に私はドン引きしていた。

うわぁ・・・と見ていると、思い出したようにカナタが私に

「あ、お姉様もご一緒にいかがでしか?」と言った。


「ええ、そうね。私も一緒に頂こうかしら。」

なんて言えるわけない。


お母様が目で「来るな。」と言っている。


ああ、もうどうしようか。

面倒だ。


「申し訳ございません、カナタ様。

お嬢様はこれからマナー講師のミエル様と会うご予定になっております。」

爺がすっと助け舟を出してくれた。

「お嬢様、お部屋へご案内致します。どうぞ、こちらへ。」

「ええ、それでは、また後ほど。」

軽く二人に会釈をして爺の後をついてゆく。

どこまでも続くような廊下で独り言が自然と吐き出された。

「ねぇ、爺、お母様の手作りですって。

ベリーケーキ、とっても美味しいらしいわよ。

甘酸っぱくて、ふわふわで、とっても・・・。

私、食べたことないわ。

手作りどころか、お姿を見たのも久しぶりよ。」

「あの二人を見た?気色悪い。

まるで愛し合う恋人同士みたいに、ベタベタと引っ付いて。」

くるりと爺が振り返った。

「お嬢様、少し黙ってください。」

「・・・。」

爺がある部屋で足を止めた。

「お嬢様、こちらになります。どうぞ、中へ。」

パタン、と扉が閉まった。

「お嬢様、私語にはご注意ください。

どこに誰がいるかわかりません。」

「・・・つい、あんなの見てしまったから。」

「奥様ははぐらかしましたが、旦那様が今日この屋敷にいないのはアイール様達のご機嫌取りの為ですよ、お嬢様。

お嬢様が本宅に移るのが気に食わなかったのでしょう。

しょうがないことだと分かっているが認められないのです。

認めた瞬間、自分の立場を嫌でも思い出すのですから。

そして奥様は旦那様から得られない愛をカナタ様に求め与えることで自我を保とうとしているのです。

そんなカナタ様は物心つく前から、あれが正常だと思っているのです。

ああ、勿論、カナタ様はアイール様達のことは知っていますよ。

そんなことすらも当たり前のことだと思っているのです。

だからお嬢様のことをあのように出迎えたのです。

普通ならば、何故姉は一緒に住んでいないのか?

誰も何も言わないのか?と

姉のことを誰も気にも留めないことを不思議に思うでしょうに。」

「おかしな家だわ。歪んでいる。」

部屋の窓からお母様とカナタが庭でティータイムを楽しんでいるのが見える。

明るい青空の下で、それはそれは絵になるような姿。

見かけだけの幸福に悪酔いしそう。

虚空の幸せ、甘ったるいココアにたっぷりの塩。

可愛くラッピングされたプレゼントの箱は空っぽ。

「ナターシア達はどうしてる?」

「本宅での生活リズムや規則を学び、今は手続きをしているようです。

夕食前にはお嬢様専属としてあの3人が配属されるでしょう。」

「そう。専属は、あのまま3人だけなの。

カナタには5人で私は3人。

その5人だって、そのメイドの立場の奪い合いだったのでしょう?

さすが跡取り息子ってところかしらね。

気に入れられれば生涯安泰、前途洋々。

それに比べ私は権力も何もない、いつかこの家を追い出されることが決まっているんですもの。」

家では一人一人に専属のメイドがいる。

そのメイド達はブローチの色で分けられている。

黒はお父様、赤はお母様、青はカナタ。

私は何色だろうか。

「さて、お嬢様、あと一時間程でミエル様が来られます。

お出迎えの準備などされたほうがよろしいかと。」

「・・・え?本当に来るの?」

このままベッドでゴロゴロしていたい。

慣れない場所で、慣れないことして、すごく疲れているんですけど。

「先程、言ったじゃありませんか。」

「あれはあの場から去る為の嘘じゃなかったの?」

「あのくらいのことで助けはしませんよ。ナターシアじゃあるまいし。」

げんなりとしていると爺が懐中時計を取り出した。

「ミエル様は大変お厳しい方と伺っております。

頑張ってください、お嬢様。」

「ええー・・・。」


そんな風にごねている私は、まさかカナタが母様と楽しそうにケーキを食べながら

こんなことを考えているなんて知らなかった。知るよしもなかった。

「姉様、僕の可愛い姉様。あれは僕のものだ。」
















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