舞踏会 2.5(皇太子妃アリアの場合 2
アリアにはルーシアという出来の良い姉がいる。
良妻賢母、その言葉が似合う姉。
いつだって微笑んでいて、いつだって優しい。
そんなルーシアは皇太子の許嫁だった。
・・・だった、過去形。
ルーシアはある日、一人の男性と一緒に家に帰宅した。
どこか品の良いオーラを醸し出す男性がルーシアと手を繋ぎながら決心したように言う。
「私、愛し合っている方がいます。この方と結婚したい。」
「ルーシアを愛しています。絶対に幸せにします、結婚したいのです。」
呆然と聞く私達。
「ちょっと待ちなさい。まずは詳しく話してみなさい。」
アリアの父は青ざめ、その横で母だけが頬をピンク色に染め興奮しているようだった。
そういえば母は乙女のようなところがあったな、とアリアは思った。
きっとこの場面がまるでドラマチックで母はドキドキしているんだろう。
馴初めを聞くとルーシアが道で迷子になっていた男性、キラに声をかけたことから始まったらしい。
そのキラを目的の場所へ連れて行く途中で襲われたのだが、キラがルーシアを助け、そこから一気に恋になり、愛し合ってしまったという。
「あ、あのな、ルーシア、ルーシアは皇太子の許嫁なのだよ?」
「お父様、お母様、申し訳ありません。でも、私キラが好きですの。
それに許嫁といっても許嫁候補。確定されているわけではありませんわ。」
「あのなぁ好きっていってもなぁ・・・そう簡単な話じゃないだろう?
そもそも君は一体どこの誰なんだい?」
「申し遅れました。
私、ルーラ国の第5王子、キラと申します。」
礼をしながら挨拶するキラにぎょっとする私達。
ルーラ国は自国よりも大きな隣国だ。
海域を所有している為、貿易関係には力を入れており他国の情報や珍しい武器などがいち早く手に入るという。
現在は友好関係として対等の位置付けではあるが、実質、戦争となれば負けるだろう。
「な、な、なんだって!」
「ルーシアには一生悲しむことや苦労をさせません。私が守りますので、どうか、ルーシアと。」
深々とルーシアとキラが頭を下げる。
気付けばアリアは言っていた。
「私がお姉様の代わりになるから、お父様、二人を許してあげて。」
いつだって優しい大好きなルーシアお姉様。
ルーシアお姉様には幸せになってほしい。
父は少し沈黙すると溜息を吐き「少し話をしようか。」とキラを連れて出て行った。
父がどう説得してもルーシアとキラは愛を貫いた。
そして二人の愛は父の反対に勝った。
この一件は問題になるかと思ったが、王と皇太子の一言であっけなく解決されることになる。
「別にいいんじゃない?」
「皇太子が良いなら私も良いよ。
それにルーシアがルーラ国に嫁げば、更に私達の国とルーラ国の仲は強固のものとなれるだろう。」
そうしてルーシアはルーラ国の第5王子キラの元へ笑顔で嫁いでいった。
そうして、アリアの父とアリアの母が王と王妃に結婚報告をしているうちに世間話でルーシアの代わりをどうしようという話になった。
「そうだ、もう一人皇太子と歳の近い女の子がいたわよね?
その子をルーシアの代わりに皇太子妃候補にどうかしら。」
「いますわ、アリアと申しますの。
よろしければお願いしたいですわ。」
母と王妃が話を進めてゆくのを父と王はただ聞いていた。
女同士の話に華が咲いてしまえば、もう誰にも止めることは出来ない。
そもそも内々には話が進んでいたのだ。
「アリア、ルーシアの代わりになっても良いと言っていたわね?」
「はい、お母様。」
笑顔で返事をすると父と母は安堵した。
私だって馬鹿じゃない。
姉の我儘で勝手に婚約破棄を申し出たのだ。
そんな家の末路が明るいものじゃないことくらい分かる。
それを防ぐ為には一つしかない。
この家には私の他にも姉妹はいるけれど、皇太子様と同じくらいの年齢の子は私だけ。
私が代わりになるしかない。
そうしてあっという間にアリアは皇太子妃候補になり、あっという間に皇太子妃になっていた。
本当にあっという間だった。
姉夫婦のように情熱的な愛があるわけでもなく、両親のように情があるわけでもない。
ただ言われるままに、流されるままに、この立場にたどり着いた。
「皇太子妃様、いかがなさいますか。」
「そうね、もうちょっとだけいるわ。
・・・ミルラ妃は今何しているの?」
「先程までは頭痛がすると言っておりましたが、今は大分体調が良くなったようで舞踏会へ出席する準備をしているようです。」
「・・・そう。」
「どうせいつもと同じ仮病ですよ。皇太子様の気をひきたいのでしょう。」
「そんなこと言っては駄目よ。」
内心ではうんうんと頷きながら目配せする。
周囲は味方ばかりではない。
むしろ敵のほうが多いのだから。
チラリと皇太子に目を向ければどこかのお嬢様方達と談笑していた。
「ルーシアお姉様は元気かしら。」
本当に良かったと思う。
あの時の私の願いが叶ったのだから。
きっと彼の皇太子妃ではお姉様の望むような愛は得られなかった。
これで良かったのよ、と自分に言い聞かせた。