ご挨拶 2
トントントン、トン。
くるくる回る車輪が少しずつ速度を落とし、いよいよ止まる。
爺が先に降りて、私は爺の手を借り馬車を降りた。
周りには煌びやかな人々の姿。
家族ごとにまとまり、知り合いを見つけると世間話にそれぞれ花を咲かせる。
「立派になられましたね。」「お綺麗ですね。」
そこら中で交わされるお世辞。
子は照れ親は「お宅のお子さんだって・・・」と続くのだ。
年頃の子供たちが集められ、おめかしいっぱいといった風の姿は前世の成人式を彷彿させた。
ああ何だか懐かしい。若いって良いわね。
それを他人事のように見ていると後ろのほうからお父様の私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「こっちだ、こっち!」
振り向くと私を忌まわしそうに見つめるアイーナ様と目が合った。
上から見下ろされたような目はサッと逸らされ、次に目が合ったのは腹違いの姉妹たち。
ユリアは赤のドレスにキリアは青のドレス。
どちらもシルクの素材の中に金と銀の刺繍が施され光が当たるとキラキラ光った。
袖には軽やかな薄手のレース、後ろには大きなリボン。
贅沢の限りを尽くしたような色違いのお揃いのドレスを身にまとい、
大振りの羽がついた扇子の裏で私の陰口を言っている。
「ああ、嫌だ。見てよ、お姉様。あの姿ったら相も変わらず辛気臭いったらないわ。」
「せっかくのドレスがもったいないわね。私達だったらもっと華麗に着こせるのに。」
そんな二人を一瞥し深く深呼吸をして一言。
「さぁ行くわよ、爺。」
「かしこまりました、お嬢様。」
歩みだすしかない。
「皆さま、お待たせいたしました。」
「待ってないわよ、来なくても良かったわ。」
ねぇ、と顔を合わせる姉妹。
「こらこら、お前たち同じ姉妹じゃないか。そんなことを言わずに仲良くしなさい。」
お父様が二人を窘めようとすると、そろって聞こえないふりをした。
そして周りのご令嬢の姿を指さしながら甘えるように両脇からお父様の腕に自身達の腕を絡めた。
「そんなことよりお父様、私、あの方が着てらっしゃるようなドレスが欲しいわ。」
「私はあのネックレスが素敵だと思うの。新作かしら?本当に素敵!」
「「今度、一緒にお買い物へ行きましょうよ。皆で一緒に、ね?お父様、お母様。」」
「ええ、そういたしましょう。ね、あなた。」
キリアとユリアが可愛くおねだりし、母のアイーナ様は優しく頷き、お父様はまんざらでもない様子で約束に頷く。
私だけが別世界にいるみたい。
まるで蚊帳の外の世界。
だからといって別にこの輪に入りたいとは思わない。
勝手に思う存分仲良し家族を演じていればいい。
そうこうしているうちに門から一人の男性が現れ大きな書状を持って大きな声で叫ぶ。
「王家の方々への儀式があるご子息、ご令嬢の方々はこちらへお集りください。」
お父様がチラリと私に目を向け
「お前はあちらへ行きなさい。くれぐれも失礼がないようにな。」
「ええ。それでは皆様、行って参ります。」
「あ、ちょっと待て。これを付けなさい。」
お父様の胸元に付けていたブローチが私の胸元へ付けられる。
針が刺さらないかちょっとだけ怖かった。
「これは?」
「家の家紋だ。儀式に出席する家柄の子らは親からこれを借りるんだ。まぁチケットのようなものだと思えばいい。」
「ようするにコレが無ければ儀式には参加出来ないのですね。」
「そうだ。だから無くすなよ。」
「ええ、わかりましたわ。」
「もし金枠か銀枠のブローチを付けている人を見かけたら必ず仲良くしなさい。位が上の家だからな。それじゃ行ってこい。精々家の役に立つように媚びを売ってこいよ。」
父だけは笑顔で、他は苦虫でも嚙み潰したような顔。
アイーナ様達は私が一緒にいるのも、私が上の立場として儀式を行うのを見るのも嫌だから複雑な心境なのでしょう。
爺がコソッと壁のほうへ私を誘導した。
「お嬢様、少しこちらへ。」
「何よ。どうかしたの。」
「先程の旦那様の説明では不足分がございます。金枠は王家関係に繋がる家、銀枠は仕事に長けている家でございます。金枠と銀枠は極わずかの家にのみ与えられます。」
「銅は?家は銅のようだけど。」
「栄枯衰退し銀から銅への降格や、ある程度の役職を担う家、特別な職を代々行っている家に与えられます。そしてブリナー家は前者にあたります。」
「そう、説明ありがとう。それじゃまた後でね、爺。」
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
周りにはどう見えるのかしら。
歩きながら考えてみる。
愛人一家と共に来た正妻の一人娘の私。
恥知らず、だと私だったら思うかもしれないわ。
もしくは私だけに至っては可哀相なヒロインかしら。
あら、でも表向きには過保護に育てられた深窓の令嬢だったはず。
どちらが本当の私の設定なのかしらね。
目当ての場所に近づくにつれ考えを放棄した。
面倒なことは後で考えろ、とりあえず今を切り抜けなければ。
騎士団の銀枠の紋章のブローチを胸元に付けるご令嬢の後ろへ並んだ。
彼女は振り向くと少し驚いたような顔をして、先程まで一緒に会話をしていたもう一人のご令嬢の肩を叩いた。
「あら、あなたは、もしかして」
「初めまして。ブリナー家の者でございます。」
「初めまして。私はカミール家のイリアよ。こちらはラーテル家のウテル。」
「よろしくねぇ、ウテルよ。そのドレス素敵ね、可愛い。」
スラッとした清廉さを感じるイリアと豊満な女らしさを嗅ぐわせるウテル。
胸元には金枠のブローチが輝いている。
「あなたのことはちょっとだけお母様から聞いているわ。あなたのお母様と私達のお母様は友達なのよ。」
「なんだか複雑な事情みたいだけど、私達には関係ないことよ。仲良くしましょう?」
「もしかしてお二人は家の事情をご存知ですか?」
「まぁ詳しくはないけど。大体のことは、ね?」
「そうねぇ、私の家業はそういった噂に凄く敏感ですし・・・貴方のお父様もお得意様ですし・・・ね?」
「そうでしたの。お恥ずかしい限りですわ。」
「別にあなたに恥ずべきことは何一つないと思う。堂々としていれば良いのよ。」
「そうよ、せっかくの記念日よ。楽しみましょう。」
「そう言ってもらえると助かるわ。ありがとうイリア様、ウテル様。」
「様なんていらないよ。同い年でちょっとだけ立場が違うだけだもの。」
「あら、イリアは別格よう。だって今破竹の勢いで出世中のカミール家ですもの。ミルラ様の後ろ盾が無ければ、とっくに国家権守隊の隊長はあなたのお父様よ。」
「そんなことないわ。そういうウテルだってある意味別格でしょ?代々王家お抱えの高級遊郭を持っているんだから。しかもそこから妃様を輩出しているもの。」
「そうなのよう。そのおかげで銅枠から金枠へ出世出来たのよねぇ。はぁ・・・マナリ姉様、元気でやっているかしら。」
「なんだかお二人とも凄いお家柄ですのね。」
イリアとウテルは顔を見合わせ少し笑う。
「凄いのは家柄で私達じゃない。まだ何一つだって自分で成し遂げていないのだから。」
「そうよう、全てはこれからよ。あなただって、私達と何一つ変わらないわ。未成年だった自分の過去は大人に作られるけど、大人として扱われる今日からの未来は自分で作るのよ。」
キラキラ輝く二人は私には眩しすぎた。