ご挨拶 1
まるで値踏みをするような視線でお父様が私を見る。
「まぁまぁだな。いいか、うちの品位を落とさないように振る舞えよ。」
「はい、わかりました。お父様。」
薄紅色のドレスの裾を両手で軽く持ち腰を落とすとシャラリ、とアクセサリーが揺れた。
「それでは最初に行っているから、後で城の広場で落ち合おう。」
「一緒に行かないのですか?」
「ユリアとキリア達に一緒に行く約束をしているんだ。悪いな。」
ユリアとキリアも私と同い年のため一緒に行くのだが、お父様も一緒に行かなきゃ嫌だと我儘を言った。
お父様は私よりも可愛い娘達に言われ断ることが出来なかったようだ。
「そうですの。わかりましたわ。」
さっさと出て行くお父様の姿を見送るとお父様の後ろで控えていた爺と目が合った。
「爺は一緒について行かなくて良いの?たしかお父様付になったのでしょう?」
「私、あのお嬢様方は苦手でおりまして。付き添いは別の者に指示しておりますので大丈夫です。」
「ふーん。」
「お嬢様、怒っておりますか?旦那様があちらのお嬢様方と一緒に行かれるのを。」
「いいえ、怒ってはいないわ。ただちょっと呆れるだけ。
でも私もお父様と一緒には行きたくないと思っていたから好都合よ。」
一緒の馬車に乗ったって気まずくなるのが目に見える。
むしろ話もしたくないし、同じ空気を吸いたくない。
「アイール様が一緒に行ってほしいと旦那様にねだられたようです。
恐らく妾だと他の者に侮られたくなかったのでしょう。」
「他の家、ねぇ。そんなに気になるものかしら。」
「プライドと野心だけは誰よりも高いですから、自身のご寵愛ぶりも見せびらかしたかったのでしょう。」
さぁどうぞ、と爺に上着を着せられる。
「そんなものどうでもいいわ。むしろ恐れるべきよ。過度の自信と野心は身を滅ぼす。」
「お嬢様の言う通りでございますとも。」
「爺にお勧めされた本が教訓よ。とても勉強になったわ。」
ふふふ、と思わず小さな笑いが漏れた。
「それで?私は一人で城へ向かうのかしら?」
お母様は気分が悪いと仮病をつかい、カナタはそんなお母様に強制的に付き添いを強いられている。
本来であれば子供の祝い事なのだから家族全員で出席するのが慣例だというのに、と私は溜息を吐く。
すると、爺がニッコリ笑いそっと手を差し出した。
「よろしければこの爺をお供に連れていってくださいませんか?」
「もちろん、よろこんで。」
その手を私はゆっくりと掴んだ。
馬車がゆっくりと動き出し、景色が街並みに変わってゆく。
外からは人々の楽しそうで騒がしい声が聞こえてくる。
「お嬢様、緊張していますか?」
「そうね、緊張するわ。外出するのは生まれて初めてだし、それがまさかのお城ですもの。」
だんだんと馬車のスピードが落ち、目的地に近づいてくると心臓の音が体中に響き始めた。
心と体が嚙み合わない。
落ち着け、と自分に言い聞かせるが止まらない。
ガタガタと指先が震えるのは緊張か、未体験への恐怖か、それとも武者震いか。
「失礼いたします。」
パチン、と震えていた両手を爺の両手が力強く包んだ。
「大丈夫です。何も心配することはございません。」
「・・・爺?」
「何があろうとも下を向かず前だけを向きなさい。
お嬢様は私達にとってただ一つの自慢です。とても立派な方になられました。」
「出来るかしら、私、」
「もしも失敗しても大丈夫です。私がいますから。」
この爺にお任せ下さい、と言う言葉が魔法のように私を落ち着かせた。
「なぁに、たったの数時間のことです。あっという間だった、と終わってみれば思うことですよ。
そういえばナターシャから今日のお祝いにお嬢様の好きケーキを作って待っている、と伝言を頼まれました。アリスとメイも早く帰って来てと言っていましたよ。」
「何のケーキかしら。楽しみだわ。」
早く終わらせて帰りたい。
早く思い出話にしてしまえたらいい。
甘くて美味しいケーキを食べながら今日のことを面白おかしく武勇伝にしてアリスとメイに話してしまいたい。