生まれた
ああ、私は一体誰で何の為に、ここにいるのだろうか。
私は生まれたばかりだが、もう死にたい。
今世の母だという女の腹から生まれた私が抱いた初めての感情は哀だ。
だから悲痛の如き泣いた。
「おぎゃーっ。」
何を勘違いしたのか周りの人間達は「元気なお子だ、こんなに泣いて。かわいい、かわいい。」と喜んでいる。
私は前世に戻りたい。
平凡な生活、優しい母と父、愛犬のココア。
就職だって決まって、友達と旅行に行く予定だってあった。
全て過去になってしまった前世の私の生活。
死んだ理由は、たぶん事故だろう。
最後に見た景色は眩しい車のライト。
グッと何かに体をふっ飛ばされ、圧迫感を感じ、そこからは何も覚えていない。
恐らく痛みも感じる間もなく即死だったのだろう。
気づいたら生温いお湯の中。
たまに時折聞こえる女の声はいつも泣いたり怒ったりしていた。
「跡継ぎを産まなければいけない。男の子でなければ、ダメよ。女の子はいらない。」
「私は正妻、だけどあの妾が先に嫡男を産めば旦那様は私を離縁するかもしれない。居場所を奪われてしまうかもしれない。」
「皆、男でも女の子でもどちらでも良いと言うけれど、そんなわけない。」
笑ったり穏やか声は聞こえなかった。
そして私は腹の中でどうしようと思った。
いくら頑張ったところで性別は変わらないし、私の意識は消えない。
何も知らないままの女の子であれば可愛げがあったかもしれない。
母のそんな気持ちを知らず無邪気に生まれるのだから。
だけど私は前世も記憶もある、
彼女が望まない女。
「性別は?」
「かわいらしい女の子でございます、奥様。」
「・・・ああ、そう。女なの。」
明らかに落胆したような声色。
「お名前はどういたします?もうお決めになられていますか?」
「旦那様に決めてもらいましょう。あとは全てナターシア、お前に任せるわ。」
「・・・かしこまりました。それでは、ごゆっくりお休みくださいませ。」
「ええ。下がりなさい。」
パタン、と扉が閉じられた。
「こんなにも可愛らしいのに。」
私を抱く乳母のナターシアは溜息を漏らす。
「旦那様も奥様も酷いわね。でも大丈夫よ、私が守ってみせるわ。」
「あー。」としか返事が出来ない私。
きっと私の生死はこのナターシアという人にかかっているんだろう。
優しくぎゅっと抱きしめられる腕に縋り付いた。
それから季節が幾度か変わった。
私は一番小さい別邸に移されナターシアと、爺、メイドのアリスとメイの五人で生活をしている。
あれから父様と母様には片手で数えるほどしか会えていない。
母様は私を愛してはくれず、父様は私に興味がない。
興味をもつとすれば利用価値を見いだし、どこかへ嫁がせ自分の位置を上げることくらいだろうか。
それももう少し年月が経たなければ無いこと。
「ナターシア、弟が生まれたって本当?」
「ええ、お嬢様。奥様は先週に出産されました。」
「・・・そう、良かったわね。」
念願の跡取りですものね、良かったわね。
まだ幼い私ではあるが、なんとなくこの家の形が見え始めていた。
ナターシアは家の事情を隠したがっていたが無理な話だ。
たまに庭に出れば噂好きな使用人は石ころのようにそこらじゅうに無造作に転がっている。
別邸にいる私にでさえ本宅の雰囲気が悪いのを感じ取れる。
このブリナー家はお爺様が一代で築いた資産家であり、財産がかなりある。
そして父様が金で爵位を買った成金のブリナー家。
金で女を町で買い、気に入ったら妾にし別邸に住まわせる。
節操のない父様には私の他に子供が2人いるという。
腹違いの姉と妹。
キリアとユリア。
二人とも第一妾の子供である。
存在と名前だけは庭先で聞く噂話で知っていた。
キリアとユリアに初めて会ったことを私は今でも鮮明に覚えている。
私が庭で遊んでいるとキリアとユリアが勝手に踏み込んできた。
急に現れた美少女二人にドキドキしていると、その子達が口を開いた。
「ほら見てごらん。ユリア、あの子はあの女にも父様にも見捨てられた子なんだよ。」
「ええ、キリア姉様。可哀相な子ですわね。」
ケラケラと私を指さしながら笑う二人の姉妹。
見た目は綺麗なのに、意地の悪さが滲み出ていた。
「・・・あなた達、誰?」
「私達を知らないの?」
「知らない。」
「正妻の子のくせに無知で何も知らず、愛されもしない可哀相な子。」
何だこいつら。
急に来て言いたい放題言いやがって。
何か言い返さなければ、と考えていると
「お醸様、お嬢様、そろそろ戻りましょう。
それでは失礼致します、キリア様、ユリア様。」
慌てたようにナターシアが現れ私の右手を掴み歩みだす。
「お嬢様、あの二人にはご注意下さいませ。キリア様とユリア様は第一妾のアイール様の息女であられます。アイール様は・・・お醸様を憎んでおられます。決して、決して近寄ってはいけません。」
それから少しずつナターシアは私に現状を理解させた。
「もうお嬢様も年頃になられました。
そろそろ頃合いなのかもしれませんね。
弟君のカナタ様も大きくなり、奥様も落ち着いてこられました。
もしかしたらお嬢様はそろそろこの別宅から本宅へ移されるかもしれません。
そうなると、私達は今のようにずっと一緒にはいられなくなるでしょう。
これからは自分で自分を守る術を持たなければならないことになるかもしれません。」
私が生き抜くために、知らないままでは生きてはいけない。