それでも派遣社員はやっていない
お読みいただけますと幸甚です。
「兄ちゃん、そろそろ正直に話したらどうだい。」
テーブルを挟んでおれの対面に腰掛けている男は、面倒臭そうな表情を隠しもせずにそう言った。
「兄ちゃんがここに来てから、もう3日になるか。いい加減に強情張るのも止めにしなよ。」
ここ、とは。
四畳半ほどのスペースに、机と椅子が備え付けてあるだけの、殺風景な小部屋。
一つだけある小さな窓には、所々が錆び付いた鉄格子がはめ込まれていて、どことなく剣呑な雰囲気を醸し出している。
男の言う、ここ、とは。
それはなにもこの部屋のことをだけ指して言ったものではないだろう。この部屋のある建物全体、正確には施設と言ったほうがいいのかもしれない。
詰所、牢屋、乱暴に言えばムショ。
立場によって言い方は様々だけれど、誰にとってもあまりお近づきになりたくない場所であるということだけは同じだろう。私マサトは、現在そんな場所に収監されている。
なぜおれがこんな場所にいるかといえば。目の前の兵士さん曰く、
「おれも驚いたんだぜ。あの日はちょうど北門の警備をしててなあ。
少し前に送り出したばかりの商人の一団が、血相を変えて逃げ帰ってきたんだからな。
商人の旦那とその家族なんて、街を出るときには馬車に乗ってたっていうのに、馬車が無いどころか馬もいない。おまけに護衛に担がれてたんだぜ?
それで話を聞いてみたら、盗賊が出たっていうじゃないか。そしてそりゃ大変だってみんなで騒いでるうちに、兄ちゃんが街道を走ってきた。
商人の護衛たちの目撃証言とばっちり一致する、その珍しい黒い髪を生やしてな。おまけに身分証もないときた。」
と、そういう理由らしい。
確かに説得力のある話だ。状況からみても、被害者の証言をもとにしても、おれが盗賊団の一味だと疑われるのも仕方のないことだろう。
だが同時に、決定的な証拠だってないのだ。この世界がどうかまでは知らないけれど、元いた世界には疑わしきは罰せずという言葉もあったじゃないか。
それなのに、こうしておれを容疑者扱いするとはどういうことだ。まずは弁護士を呼んでくれたまえ。
まあ、実は容疑者どころか、犯人そのものなのだけれど。
裁判なんて飛ばして、いきなり処刑されたとしても、文句なんて一言も言えなそうな立場ではあるのだけれど。
盗賊団にいるときからもしやとは思っていたけれど、黒髪のやつなんておれ以外に見当たらないし。護衛が証言した黒髪の盗賊って、どう考えてもおれじゃんね。
兵士さんの話によれば、黒髪なんて今まで見たことも聞いたこともないそうだ。
そんなおれだけど、兵士たちからの問いかけには、この3日間一貫してこう答えている。
「それでもぼくはやってないんです!」
考えてもみてほしい。お前盗賊だな、と問われたとして。「はい!盗賊です!よろしくお願いします!」なんて答えるやつがいるわけないじゃんね。
それに、ラノベ愛好家的知識からすると、この手の異世界では、犯罪を犯せばアレになるはずなのだ。
そう、奴隷である。
異世界物のラノベやweb小説において、その物騒な響きに反し、きゃっきゃうふふ的展開の象徴ともいえるハーレムの、その一翼を担っているあの奴隷である。
「あぁマサト様、どうかお情けを!」とか、「マサト様の好きなようになさってください...よよよ...。」などなど。めくるめく桃色ワールドを繰り広げるかの奴隷である。
おれも男だ。そういうことには関心がないとは言えない。いや、ただひたすらに桜の木の実として生きてきた長い月日を考えれば、他人より遥かに強い関心を持っていますと言うしかない。考えるだけで心音が高鳴るのを感じる。
それはもう、遠足前日の小学生のように。
それはそれはもう、クールビズなどどこ吹く風とばかりにネクタイを締め、テープレコーダーのように御社!御社ぁ!と言い続ける就活生のように。
だがしかし。それはすべて、自らが奴隷を所有する場面での話である。
自らが奴隷に落とされるかもしれないというときに、実は昔から奴隷には強い関心を持っておりまして云々などと考えるやつはいないだろう。
万が一にもそのようなことを口にすれば、即奴隷落ちのうえ、変態紳士なるまったく紳士ではない野郎の下へ送られること間違いなしだ。
悪いがおれにその道に進む意志はない。おれは女の子が好きだ。大好きなのだ。
「やってないって言われてもなあ。兄ちゃん、そろそろ素直になってくれないと。こっちがいつまでも優しくしてると思ったら大間違いだよ?」
おもむろに椅子から立ち上がって手の骨を鳴らしながら、突然物騒なことを言い出す兵士さん。
これはマズい展開だとなんとか兵士さんを宥めようとしたそのとき、部屋の外がなにやら騒々しいことに気づいた。
何事か懸命に叫んでいるのか大きな怒鳴り声と、慌ただしく廊下を走る人の足音。
まさか兵士の詰所にカチコミかと考えていると、部屋のドアが乱暴に開け放たれ、一人の少女が入ってきた。それは、
「あぁ、なんてことでしょう。」
陽の光を浴びた小麦畑のような金色の髪に、透き通るような白い肌の。
「その方をすぐに解放なさい!これは王命です!」
あどけない顔立ちながら、どこか強い意志をその青い瞳に宿した少女だった。
彼女の言葉を受け、驚きつつも慌ただしそうにおれの身体を縛っていた縄を解いていく兵士さん。おれは、突然の事態に戸惑いつつも、彼女へと問いかける。
「あ、あの!あなたは一体...?」
「私はレヴァーリア・イルイス・カルドリアと申します。ここカルドリア王国の第二王女です。」
やっと...やっと女性キャラが出てきたよ...!