正社員は分かってくれない
ちょっと長くなりそうだったので、区切ってみました。
夜にもう1話更新できたら...いいな...!
「よし、全員配置についたな。」
異世界に来た当初、見渡す限り木々と雪しかない様を見て、てっきり人里離れた森の中にいると思い込んでいたけれど、実はそうでもなかったようで。
「斥候にやったやつの話からすると、そろそろ見えてくる頃だ。」
実は、あの小屋があった辺りから30分も歩けば、最寄りの町へと続く街道へと出るそうで。
「よし...予定通り見えてきたな。今回の獲物は、あそこに見えるあの一団だ。」
あれ、もしかして、おれ別に盗賊団に入らなくても助かったんじゃないか?なんて益体もない考えが頭に浮かんだりはしつつ。
「馬車が2台もいるからってビビってる奴はいねぇだろうな?...まあ、そんな奴がいるとすれば、そこのニュービーくらいか。」
そんな風に、新人のおれをネタに下品な笑みを浮かべる仲間たちに囲まれながら、おれの正社員《とうぞく》としての初任務が始まろうとしていた。
「おいおい、見ろよ。マサトのやつブルってんぜ。」
「がはは、そんなに怖いんなら家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
まったく、本当にたちの悪い連中だ。ちょっと先輩だからって、ここまでからかわなくたっていいだろうに。ここ今後の関係も考えて、一発ガツンと言ってやる必要があるな。
「ははっ、勘弁してくださいよ先輩!あ、馬車が配置に来るまでの間、少し暇じゃないっすか?マサト、一発芸いきまーす!!」
「新人のくせに、一丁前の口聞いてんじゃねぇぞ!先輩の言うことは絶対なんだよ!」
「おう、やれやれ!つまんなかったらぶっとばすぞ!」
きょ、今日のところはこれくらいで勘弁しといてあげるんだからね!べ、別にあんたたちなんて怖くともなんともないんだからね!
...すいませんガツンとなんて無理でした。だってあいつらの顔、本当に怖いんだぜ?
「そうだ、京◯行こう」くらいの軽い感じで人殺す雰囲気出しまくりだし、あんなのを目の前にしたら、現代日本でぬくぬくと育ってきたおれとしては、ひたすら下手に出続けるしかないじゃんね。
まあいいさ。今はまだ新入社員の身だし。まずは経験を積み、それから色々と改善していくしかない。
「おいてめぇら!なにはしゃいでいやがる!獲物がもう近くまで来てんだぞ!」
「いやこれは...マサトの奴がいきなり脱ぎ出して...。」
「そ、そうなんス。おれらは大人シク待っておこうって言ったのに、マサトのやつが...。」
そんなことを考えつつ、先輩方の期待に応えるべく一心不乱に裸踊りを披露しているうちに、どうやら件の獲物が襲撃スポットに近づいてきたらしい。
ここで着目すべきは、我が先輩方の変わり身の速さである。正社員として、長いものには巻かれることの重要さを理解しているのだろう。いや、だからって、ご機嫌とりに裸踊りまでしたおれを売らなくてもいいんじゃないかな。これ、結構恥ずかしいんだってば。
「ったく、また新入りの野郎か。おい、マサトっていったか。あんまり仕事舐めてんじゃねぇぞ!」
「は、はひぃ!すいまっせんでしたぁぁああああ!」
リーダーに怒鳴られたところで、すかさず土下座。もう、異世界に来てからというもの、土下座が板につきまくってる気がする。何かあると、自分でも気づかないうちに土下座の体制に入っている自分がいる。
今はまだ新入りだからいいけども、そのうち親分クラスまで出世したときのことを考えると、これはなんとかした方がいいのかもしれない。なぜかって?想像してほしい。
ある日、子分どもが捕虜を連れてきたとしよう。
へい親分、こいつらが今回の戦利品でさぁ。どうです?割と上物じゃないっすか?なんて、下卑た顔で騒ぎ立てる子分たち。もしかしたら自分にもおこぼれが、そんな気持ちが周囲にだだ漏れだ。
一方、連れてこられた戦利品、もとい女性たちは、そんな声を聞くたび身を震わせる。自らの身に降りかかった災いに、彼女らは抗う術を持たないのだ。
そんな、シリアスもシリアス、シリアス極まった状況下、盗賊たちの親分として現れたおれはこう言うのだ。
女ども、お前らの未来は真っ暗だぜ、と。泣いて許しを乞うても無駄なことよ、と。
言うまでもなく、土下座をしながら。
うん、締まらないね。締まらなすぎるだろ。なんで許さないとか威張りながら土下座してるんだよ。
改めて想像してみると、自分で思っていたよりもまずい気がする。三つ子の魂百までとも言うし、新入りであろうが今のうちから土下座癖を直していかなければ。
「おう、マサトよ。冗談は置いといて、大丈夫か?あいつらも、ああやってからかっちゃいるが、初仕事ってのは緊張するもんだからよ。」
そう話しかけてきたのは、おれが属する馬車襲撃第3班のリーダーこと剃り込みヘアー氏。一応名前も聞いた気はするのだけれど、このおかしな盗賊団の面々は、各々髪型が特徴的なので、髪型で呼ぶことにしている。
「は、はい。お気遣いくださりありがとうございます!」
我らがリーダーは、その強面な風貌に反し、案外気配りのできる性格らしい。さすがはリーダー。前いたところ風にいうと係長くらいだろうか。仕事のできる男はマメなのだ。
「気持ちはわかるが、そんなに硬くなることはねぇ。おれたちの班の役目はただの囮だ。」
そう、我らが馬車襲撃第3班の役割は、少人数でいの一番に馬車の前へと立ちはだかること。そして、馬車側の護衛がこちらに注意を割いている間に、側面から別の班が馬車へと襲撃をかけるのだ。
「気楽に行こうぜ。運が悪けりゃココを貫かれるだけさ。正義ってやつによ。」
おれの左胸の、ちょうど心臓のあたりをツンツンと小突きながら、リーダーはそう嘯く。
ちょっと臭いけど、かっこいいじゃないか。ちょっと、いやかなり臭いけど。臭すぎるといっても過言ではないと思うけれども。できる男ってのは、こうやって部下の士気を上げてくわけだ。
「そろそろ頃合いだな。よし、行くぞ野郎ども!」
いよいよお仕事の時間だ。
一発芸は新入社員の嗜みだそうで(友人談)