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あるいは社畜という名の派遣社員

この小説は、ノリと勢いと羞恥心の提供で、お送りいたしております。

 「おう、新入り!さっさと持ち場につかねぇか!」 


 おれの名前は中山正人....いや、マサト。しがない盗賊さ。

馬車を襲い、村を襲う。金を奪い、食べ物を奪う。


 「新入り...マサトって言ったか。おい、マサト!なにボケっとしていやがる!!」


 大儲けした日にゃ宴会だ。酒をかっ喰らい、女を抱く。

...失敗したら?そんときゃ牢屋にぶち込まれ、正義ってやつにこの身を焼かれるだけさ。簡単な話だろ?ワイルドで、ハードボイルドで、アウトロー。それがおれたち盗賊の生き様だ。


 「新人のくせして俺様を無視するたぁいい度胸だ...このドアホがぁああ!!」


 「痛ってぇえええ!な、なんなんですか親分!!」


 「うるせぇ、何度呼びかけたと思ってんだ!初仕事だからって緊張してんのか?あ?さっさと持ち場につきやがれ!!」


 「は、はひぃ!ただいま!!!」


 ...そう、もうお分りいただけたとは思うが、異世界に転移した派遣社員こと私、中山正人は、盗賊団に所属している。

 

 あの日、小屋の中からでてきたスキンヘッドの語るところによれば、かの小屋は「クレイジーヒャッハー盗賊団」なる盗賊集団の根城であり、そこに大声を出して近づいたおれは、掛け値なしの大バカ野郎であるということだった。

 この聞くからに頭のおかしい盗賊団であるが、その名に恥じぬ蛮行を繰り返す犯罪者集団として、この付近一帯では有名な存在であるそうな。クレイジーヒャッハーってなんだよ。ネーミング担当者はもう少しなんとかできなかったのだろうか。まあ、そういうことに頭の回る人材がいないことからも、この集団のクレイジーでヒャッハーな様がお分かりいただけるだろう。


 そうとも知らず、そんな集団の根城に怒鳴り込んで行ったおれのとった行動はといえば、ひたすら土下座を繰り返すことであった。


 土下座の、土下座による、土下座のための土下座。


 おれは人間ではない、土下座マシーンであると自らに言い聞かせ。入り口に出てきたスキンヘッドこと下っ端その1に土下座をし、その後連れて行かれた先で待ち構えていたボンバーヘッドこと親分に土下座をし。

 もう自分という存在そのものが土下座であるとか、土下座こそ我が人生であるとか、訳のわからない悟りの境地にたどり着くまでに土下座を繰り返し。

 そうやってようやく生きながらえたというわけだ。


 クレイジーヒャッハーの面々は、最初こそ、どこぞの密偵か、復讐に殉じようとしたカチコミの類かと考えていたようではあるが、おれのあまりに潔い土下座を目にし続けた結果、「あれ、こいつもしかしたら俺たち並みに頭おかしいんじゃね?同類なんじゃね?」との結論に至ったそうで。


 ボンバーヘッド氏こと親分は、土下座をするおれを前にしてこう告げた。


 「お前、おれたちの仲間にならねぇか?」と。 


 正直、最初は戸惑った。異世界に迷い込んできた者の定め(テンプレ)として、いくら命が危ぶまれる状況だとはいえ、盗賊にその身をやつしていいものかと。


 盗賊に襲われる馬車を助け、貴族のご令嬢や大商人の娘とお近づきになるのはいい。


 「おれは他人の命などに興味はない。ただ、ここが滅んでしまってはおれにとって都合が悪いだけだ。」などと、厨二病丸出しのツンデレさんを演じ、盗賊に襲われる村を救うのもいい。


 しかし、と。チートを授けられ、異世界できゃっきゃうふふ的生活を過ごすはずの異世界人たるこのおれが、貴族や商人の乗る馬車を襲い、平和な村を襲う側である盗賊になってもいいのか、と。それはもう、大いに悩んだ。


 でも、その時、ふと気づいてしまったのである。


 「あれ、おれチートとかもらってなくない?」と。


 「あれ、こっちに来てから、きゃっきゃうふふ的展開になりそうな要素なくない?」と。


 そう気づいた時、俺の心は晴れやかだった。創作物(テンプレラノベ)に出てくる主人公たちに義理立る必要なんてない。おれはおれとして、この異世界を生き残っていかなければならないのだ。


 それに、考えようによっては、悪くない話である。なにせ盗賊団の一員である。団員である。

盗賊団があり、団長がいて、団員がいる。言い換えれば、会社があり、社長がいて、社員がいる。


 つまり、正社員だ。


 現実世界では、新卒としての就活に失敗し、正社員を夢見つつ契約社員として生きていたおれからすれば、正社員というのは、望むべくもない地位である。

 

 大学時代の同期たちに、「いやー正社員つれぇわー。今日も3時間しか寝てないわー。」とか、「社会人って本当に大変だよね。アルバイトとか派遣とは責任の重さが違うっていうかさあ...。あ、ごめん(笑)」とか散々馬鹿にされてきたおれが、正社員になれる。


 正社員とはいえ、盗賊団の一味でいいのか?という疑問も、もちろんあった。しかし、職業なんて、所詮は言い方の問題だろう。元いた世界では、


 「ト◯タ(のディーラー)の社員です。」だと名乗るやつもいたし。


 「そうですね...フィジカル的にハードなミッションが課されることの多い職業なので(工事現場で働いています。)」とか、


 「(自宅の)警備員をしております。」なんてやつもいた。


 そう考えれば、別に他人に面と向かって盗賊だと名乗る必要もないだろう。「己の腕を磨き、同僚との連携を常に意識することが重要な、常に緊張感の味わえる職業(盗賊)です。」とでも言っておけばいいんじゃないかな。

 一時期話題になった、ハイパーメディアクリエイターよりは何をやっているかも分かりやすいと思うし。


 そんな考えのもと、おれは盗賊団の一員になったわけだ。他の団員たちには、本名であるところの中山正人と名乗っても良かったのだけれど、異世界物のラノベとかでは庶民が家名を持ってることは珍しいみたいだし、単に「マサト」と名乗ってある。


 そして、今何をしているかといえば。クレイジーヒャッハー盗賊団の構成員たる盗賊マサトの初仕事。

そう、商人だか貴族だかを乗せた馬車を襲うため、各々配置につくところであった。

やったねマサト、憧れの正社員になれたよ...!

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