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派遣社員に明日はない

この小説は、ノリと勢いの提供でお送りしております。

 寒さで震える手を擦り合わせながら、おれは森の中を歩いていく。


 雪の上には、足跡一つ残っていない。きっと森に住む動物たちは冬眠しているのだろう。狩人たちも、動物のいないこの時期に森に入ることはないのだろう。いや、そもそも、人が立ち入らないほど深い森の中であるのかもしれない。


 ここが異世界だすると、やっぱり魔物もいるのだろうか。いるとすればかなりマズい状況かもしれない。


 現状、おれの装備は夏物のスーツに革靴、そしてカバンだけ。カバンの中にはペットボトルのお茶と、通勤中にプレイしていた携帯ゲーム機がひとつ。


 ちなみに、入っているソフトは美少女ゲーム。女の子を攻略して彼女にするアレである。


 通勤中に満員電車の中で美少女ゲームを楽しむ派遣社員(23)。うん、事案だわ。先日、帰りの電車内でプレイしていたところ、隣に座ってきた女子高生が一瞬で席を立ったのは記憶に新しい。

 

 席を立った後、冷え切った目でこちらを見ていた彼女。これセクハラじゃない?セクハラですよね?鉄道警備員呼んじゃう?っていう目で俺を見ていた彼女。


 残念だったな、我々の業界ではその眼差しさえご褒美である。


 まあ、そういうわけで、魔物との遭遇時に役立つ物など何一つ持っていない。


 そんなことを考えながら歩みを進めていくと、木造の建物が目に入ってきた。家というには小さいし、小屋というにはやや大きい。


 小屋っぽい家....いや家っぽい小屋...小屋家...家小屋...?家小屋ってあれだね。家の住処的な印象を受ける。犬小屋の家版みたいな。


 「ポチ、ハウス!」、「わんわん!!」的な。

 

 「家、ハウス!」、「...え?」的な。


 何言ってるか分からないだろう?おれも分かんないだぜ?

 

 ...もう面倒だから小屋でいいわ。

 

中の様子を伺うことはできないが、その外見は、この雪に曝されながらもそんなに痛んだ様子は見てとれない。


 もしかして...誰か住んでいるのかもしれない!


 そんな期待を胸に抱きつつ、おれは小屋(もとい家)へと走りだす。人生でこんなに早く走れたことはないってくらいの猛ダッシュ。


 恐らく、自分で思っていた以上に人恋しさを募らせていたのだろう。こんな雪深い森の中。誰でもいい、とにかく人に会えるということを嬉しく感じている自分がいる。

 

 今のおれは、まるで恋に浮かれる少年のよう。


 ...あれは中学2年生の秋。おれは、同じクラスの女の子に恋をした。その子の名前はすみれちゃん。

背が低くて小動物のような。そして、おれのようなオタクにも優しく、なにより笑顔のかわいい子であった。


 当時は中学生で携帯電話を持ってるやつなんて少なかった。うちの学校でも、学年に10人もいなかったくらいだ。母親と兼用で使ってるなんてやついた。


 そんな中、なぜか両親に自分専用の携帯を買ってもらったばかりだったおれは、同じく携帯電話を持っている組であったすみれちゃんからアドレスを聞き出すことに成功し、毎晩のように彼女とメールをしていた。


 部活が終わって家に帰れば、彼女とその日学校であったことをメールする。


 テレビを見ていて面白い番組を見つければ、彼女に教えようとメールする。


 おれがどんなメールを送っても、楽しそうに返信をしてくれていたすみれちゃん。 


 学校では照れくさくて中々話しかけられないおれを見つけては、笑顔で話しかけてくれていたすみれちゃん。


 そんな彼女に恋をするのは、当然の流れだったと思う。


 来る日も来る日もすみれちゃんのことばかり考えていたある日、おれの幼馴染であるところの筋肉、もとい山本は、そんなおれの姿を見てこう言った。


 「毎日メールしてんだろ?だったら絶対大丈夫だよ!さっさと告っちまえよ!」と。


 おれはこう返した。いやいや、そんな上手くいくわけないだろうと。今こうして毎日メールしてるだけでも幸せなんだ。告白が失敗して、この幸せが壊れてしまったらどうするのだ、と。


 そんなおれに、筋肉、もとい山本はこう言った。


 「女々しいやつだなあ。しゃーないからとっておきを教えてやんよ!おれも兄貴に教えてもらったんだけどさ、女って、先っちょだけだからって言えば、大抵のことはOKしてくれるらしいぜ。...先っちょっていうのが何のことなのかは、教えてくれなかったんだけどさあ。」と。


 よくも悪くも素直な子供であった当時のおれは、山本のこの言葉を鵜呑みにしてしまった。


 そしてその翌日、学校ですみれちゃんの姿を見つけたおれは、高まる想いを抑えきれず、クラスメイトたちでいっぱいの教室内で、彼女に向けてこう告げた。


 「好きです!付き合ってください!!先っちょだけでいいから!!!」と。


 その後どうなったかは言うまでもないだろう。


 今でも夢に見る。怯えて泣く彼女の顔と、虫けらを見るような目つきのクラスの女子たち。 


 騒動を聞きつけてやってきた教師にしこたま怒られた後、「先っちょ」の意味を教えてもらったおれが、とりあえず山本へ殴りかかったのも言うまでもないことだろう。

 もちろん体格で上回るヤツに敵うはずもなく、見事に返り討ちにあったことなど更に言うまでもないことである。


 まあ、今はそんなことはどうでもいいんだ。何が言いたかったのかというと、今のおれは、あの時のように浮かれているということだ。


 雪の中を走り抜け、小屋のドアの前にたどり着いたおれは、両の手を使いドアを叩く。


 「すいませーん!誰かいませんかー!!」


 そう叫びながら、目の前のドアに拳を叩きつけ続ける。某太鼓のリズムゲームで鍛えまくったこの上腕二頭筋。ここで活かさずしてなんとする。


 「おーい、誰かいないのか!いるならさっさと出てこいや!!」


 思わず汚い言葉が飛び出してしまったのも無理はないだろう。なにせ、このまま外に居続ければ、日を跨がずに凍死するのは目に見えているのだ。

 もう、ここで死んだっていい。...いやダメだけども。それくらいの気持ちで、おれはドアを叩き続けた。


 すると、ようやくおれの声が届いたのか、ドアが少しずつ開いてきた。


 いよいよ初異世界人とのご対面である。やはりテンプレ通り気のいいおっちゃんだろうか。それとも、身分を隠し、森の中に隠れ住む貴族の令嬢だろうか。テンプレ通り、きゃっきゃうふふの異世界生活がここから始まるのだろうか。期待と緊張を感じながら、おれはドアが開くのを待った。すると、ドアが開ききり、中から姿を現した人物はこう叫んだ。


 「さっきからうるせぇんだよ!!ここがどこか分かってんのか?あぁん?」


 「ひっ、す、すいませんでしたぁあああああ!!」


 森の中の小屋に隠れ住んでいたのは、気のいいおっちゃんでも、貴族の令嬢でもない。スキンヘッドの大男であった。

 おれは、土下座をしながら必死に謝りつつ、おれの異世界生活にはテンプレは存在しないらしいと。そう考えていた。


 

不良って怖いですよね...。

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