勇者はつらいよ
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どうしてこうなった。
「むぅ、なんでこの人型筋肉が一緒なのですか!納得いかないのですぅ!」
あの後、福利厚生の話なんてできるわけもなく、そこらの社畜も真っ青な雇用条件でトリミネン王国に正式に雇われたおれ。「なんと報酬はいらいないと申されるか!さすが勇者殿は気高いお方ですな!」などとニコニコしていたトリミネン王と宰相さん。
「ほう、私を名ではなく筋肉と申されるか!レーナ殿も少しは分かってきましたな!どうでしょう、レーナ殿も私と一緒に筋トレなぞ少々!」
心の中では、申してねぇ、お前らに脅されたんだよ、と思ったりもしたが、こちらはペーペーの平社員である。勤め先の取締役を前に文句など言えるわけがない。文字通り平身低頭してお役目を賜り、社畜が一丁出来上がりとこう、相成ったわけだ。
「むきー!褒めたのではないのですぅ!乙女に筋トレを勧めるなんてありえないのです!」
こっちに来た当初、正社員を目指して目を輝かせていたおれが今の自分を見たらなんて言うだろうか。あの頃輝いていた目はもう曇ってるよ。白くて大きい山犬も一目で殺りにくるレベルだ。曇りなき眼で見定め云々なんて、とてもじゃないが言えたものではない。俺には山犬の姫は救えないだろう。
まあ、でも一応宮仕えってことは公務員だ。そう考えれば上手くやった方なのかもしれない。元の世界じゃ大人気だしな、公務員。証券会社に就職した友人なんて、数ヶ月後には死んだ魚の目をしながら、公務員になりたいと繰り返すだけの機械になっていた覚えがある。
「いいえ、乙女にこそ筋トレは必須でありますぞ!弛んだぜい肉は美容の大敵!さあよく見てください、この引き締まった大臀筋を!」
何はともあれ、謁見の間でのやりとりが終わった後は派遣先について説明を受け、簡易ながら勇者様の出立式とやらを済ませ、こうして外へと送り出されたというのわけだ。
「ぎゃー!いきなりお尻なんて見せるなんて頭おかしいのです!燃やしてやるのですぅ!・・・灰塵となせ!地獄の大獄炎!」
「ちょっ、レーナ殿それは洒落にならないですぞ・・・・んほぉぉおおおおおおー!」
頼もしい同行者を二人も連れて。
「ちょっと!レーナ先生もジョシュア教官も、もう少し静かにしてくださいよ!」
そう、我が愛すべき先生方である。さすがに一人で遠征に行くのが不安になったおれが、トリミネン王と宰相さんに伴をつけてくれと頼んだところ、それならばと押し付けられたのがこの二人である。
謁見の間でのいざこざを見るに、国でも扱いに困っていたようで。王と宰相の、その言葉を待ってましたと言わんばかりの笑顔は忘れられそうにない。あれが大人の汚さなのだなと納得してしまった。
「マサト殿ぉ!私のぉ!尻がぁ!真っ赤に燃えておりますぞぉ!!!」
こちらにお尻を向けながら、どこぞのガン◯ム乗りみたいなことを言っているのはジョシュア教官。燃えているのは東方ではなく臀部だけれど。そりゃ燃えるだろ。というかそれで済んでるお前がおかしい。確かあれ上級魔法だぞ。
「もしかしてマサト様もあの筋肉のお仲間なのです?」
燃やすのです?お尻をボワっとやっちゃうのです?と訝しげにこちらを見つめるのはレーナ先生。こちとら魔法使いなのだ。いきなり後門を責められるのは勘弁していただきたい。前棒なら責めてほしいけれども。というかレーナ先生のキャラ崩壊が激しい。最初はおれの癒し枠、きゃっきゃうふふ枠だと思っていたのに。
「はいはい、二人とも少しは大人しくしていてくださいよ。せっかく良い野営場所を見つけたのに、魔物に見つかったらどうするんですか。」
そう、我々勇者ご一行は絶賛野宿中なのである。元の世界風にいうとキャンプだね。キャンプファイアーが薪からではなくむさい男のお尻から出ているってところに違いはあるけれど。
城から真っ直ぐ南に向かい、街道沿いを一日中歩き通しだったのだ。魔物が出ても良い訓練とばかりに先生方は手伝ってくれなかった。それどころか目を離せば喧嘩ばかりしていた。そんな日中を過ごしたおれにとっては、ようやく訪れた休息の時間なのだ。
しかし、どうやらおれの苦労は伝わらないらしく、二人揃って首を傾げてこう言う。
「魔物なぞどうとでもなりますぞ!」
「魔物なんてイチコロなのですぅ!」
こんな時ばかり意気投合してるんじゃねぇ。こんなことなら無理にでもレティアを連れて来ればよかった。いくらニートな幼女神とはいえ、こいつらよりはマシな気がする。もっとも、遠征に行くと伝えたところ、「ならばマサトの布団は我が守護しておくよ!」と相変わらずゴロゴロしていたけれど。思い出したらムカついてきた、帰ったら思う存分ぺろぺろしてやるわ。
「ここまで来るのに疲れてますし、ゆっくり休みたいんですよ。レーナ先生は夜更かしすると大きくなれませんよ?ジョシュア教官も、見張りの交代までは大人しく筋トレでもしといてくださいよ。」
そういうと、あわわと逃げるようにテントの中に入っていくレーナ先生と、我が意を得たりとばかりに頷きその場でフンフンし始めるジョシュア教官。
ああ、帰ったら絶対特別手当もらおう、賞与については触れてなかったし、ワンチャンあるなと思いつつ、おれも自分のテントへと入って眠りにつくのだった。
社畜に神はいない(ニート幼女除く)