労働組合なき春闘
今週は更新できない日が続き、申し訳ございませんでした・・・!
無事ゴブリン退治を終えたその翌日。これまでの訓練経過の報告のため、おれとレーナ先生、ジョシュア教官は、トリミネン王に会うため謁見の間を訪れていた。
「ふむ、どうやら上手くいっておるようだな。レーナにジョシュアよ、そなたたちに任せて正解であった。大儀であるぞ。」
「なんと勿体なきお言葉!我が上腕二頭筋も喜びに打ち震えておりますぞ!」
へへーっと跪きながら、両腕を上げて力こぶを作ってみせているのはジョシュア教官。いや器用すぎるだろ。その姿勢めっちゃキモいぞ。というか自国の王に向かって何をやってるんだお前は。トリミネン王も若干引き気味だぞ。
「御身に仕える立場として当然のことなのです!魔法に不可能はないのですよ!お言葉とあらば、そこな役立たずの筋肉など一瞬で塵に変えてみせるのですぅ!」
ジョシュア教官とは対照的に、えっへんとその火サスに出てきそうな難題絶壁を反り返らせているのはレーナ先生。どう見ても、御身に仕える云々と言っている人の姿ではないと思うのだが、気のせいだろうか。心なしか、トリミネン王もどうしたらいいのか分からないといった顔をしている気がするのだが、気のせいだろうか。
「ほう、レーナ殿。そこな筋肉とは一体誰のことでしょうか?恐れ多くも王の御前でそのような妄言、とても許されるものではありませんぞ。」
先ほどの奇妙な体勢のまま、すくっと立ち上がるジョシュア教官。いやだからそのポースキモいんだってば。いい加減手を下ろせ。此の期に及んでフンフン言うんじゃない。
「どうしたのです?私はただ役立たずの筋肉と言っただけで、ジョシュア様のことなんて一言も・・・あ!もしかして自覚があったのですか?良かったのです、安心したのですぅ!」
立ち上がったジョシュア教官を前にしても、相変わらずえっへんの体勢を崩さないレーナ先生。ぐぬぬと顔をしかめるジョシュア教官を前に、どこか誇らしげである。
「ま、まあ二人とも、落ち着かんか。」
慌てて二人の仲裁に入るトリミネン王。なるほど、これが管理職の務めというやつだな。伊達に王をやってはいないようだ。
「そなたらの職務に対する誇り、余はしかと理解しておるぞ。王として、そなたらのような家臣を持てたこと、嬉しく思う。」
なるほど、両方ともを立てることで上手く場を収めようとしているようだ。王といえば社長のようなもの。部下同士の喧嘩を収めることなどお手の物なのだろうな、などと思いつつ見ていたが。
「トリミネン王よ!ならば私めとレーナ殿、どちらが王のお役に立っているのかどうぞご判断ください!」
どうやらこの頼もしい先生方には。
「王様!今は誇りの話をしていたのではないのです!私はそこの脳筋とは違って誤魔化されないのですよ!どちらが優れているかはっきりさせてほしいのですぅ!」
トリミネン王の配慮などは伝わっていないようである。というかこいつら、一応この国に使えてる身だったはず。いい加減にしないとクビになっちゃうんじゃないだろうか。クビで済めばいいが、物理的に首を飛ばされたりしちゃうのではないだろうか。
謁見のまで言い争いをする部下を許すほど優しいトリミネン王といえど、そこは一国を預かる王である。人の上に立つものとして、甘い顔ばかりしてはいられないだろう。その証拠に、先ほどから下を向いてブルブルと体を震わせているトリミネン王の姿が。やっちゃってくださいトリミネン王こいつらに管理職の威厳を今こそ。
ダンッと足を鳴らし、王座から立ち上がったトリミネン王。そんな王が、先ほどまで下を向いていた顔を上げ、覚悟を決めたかのようにキッっと目を見開いて告げた。
「わ、儂が決めないといかんのか・・・?」
そう言うや否や、眉尻を下げて涙目になるトリミネン王。王座から立ち上がった時の勇ましさは、一瞬でゴミ箱に捨て去ったようである。
いや言えよ。「王の前で不敬であるぞ!」くらい言えよ。どんだけ部下にびびってんだよ。側に控えてた宰相っぽい人や近衛兵に慰められてる場合じゃないだろ。
「ごほん!レーナ殿にジョシュア殿!王は少しご体調が優れぬご様子。今日のところは下がるがよい。ご苦労であった。」
近衛兵と侍女に背中をぽんぽんとされる王を尻目に、フォローに駆けつけたのは宰相っぽいおっさん。さすがにそう言われては引き下がれないのだろう、我が頼もしい先生方は不肖不肖といった様子で謁見の間を後にしていった。
残ったのは、家臣に慰められるトリミネン王と宰相のおっさん、そしておれだけ。もう気まずいなんてもんじゃないんですけど。おれも下がらせてほしかったんですけど。
「さて、マサト殿!改めて今後の話をいたしましょう。」と。そう切り出したのは宰相っぽいおっさん。もう宰相でいいやね。宰相さんは、泣きながら侍女に抱きついているトリミネン王をその背に隠すようにして話をすすめる。いや隠せてないけど。「わし・・・わし・・・がんばったもん」とか声が聞こえてきてるけど。さすがのおれも、いい年して語尾に「もん」ってつけるヤツに萌えたりしない。
いや待て。おっさんじゃなく女性だったらどうだろか。例えば風の俗の嬢が、「一人でできるもん!」なんて言い出したら。「ほう、何がひとりでできるのかね。私に見せてごらん」と言ったところ、「もう、お客様ったら!い・け・ず♪」なんて返されたら。
良い。だいぶ良い。わんわんにゃんにゃん待ったなしである。大人の触れ合いランド開園間違いなしである。
なんだろう、トリミネン王が急に可愛く見えてきた。いかん騙されるな。いくら魔法使いとはいえ、あれは男だ。しっかりしろ、おれ。おれは女子が大好きなはずだ。
「・・・マサト殿?どうかなさいましたかな?」
「いえ!大丈夫です!」
いかんいかん、今は大事な話をしていたのだ。
「まあいいでしょう・・・。どうやら訓練も上手く進んでいる様子。今後の魔王との戦いを見据え、マサト殿には遠征に出ていただこうと考えております。」
ふむ、遠征ときたか。確かに魔物とも戦えるようになったわけだし、ここらで旅の経験を積むのも悪くはない。
「そう長くはありません。往復で2ヶ月ほどを想定しております。地方の領主から、魔物討伐に兵を回すよう要請がきておりましてな。それに向かっていただこうかと。」
国が地方から依頼を受けおれを派遣するわけだ。本社から支社に出張するみたいな感じだな。となるともちろん出張日当くらいでるんだろうな。勇者とはいえ国に仕えているような立場だ。以前にも雇用条件をはぐらかされてるし、確認しておかなくては。
「それはいいのですが・・・もちろん手当などは出るのですよね?いかほどでしょうか?それから休暇についてですが、今のように毎日仕事漬けというのもどうかと。せめて5日に2日くらいの休暇がいただけると嬉しいのですが。あ、それから今回は出張ですよね?馬車の手配をしてもらうのは当然として、できればファーストクラス・・・いやなるべく乗りごごちの良いものを用意していただかないと。」
言ってやったぜ宰相さんは目を丸くしているが、これでも要望は少なくした方だ。今は城住まいだからいいとして、そのうち住宅手当とかも相談してみよう。社員とはいえ、こっちは勇者なのだ。役職付きである。
「しょ、少々お待ちを!」
慌てた様子でトリミネン王のもとへと駆け寄る宰相さん。なにやらゴニョゴニョと相談をしているようである。きっと費用をケチろうとしてるんだろうな。経費削減、それも大事だろう。しかし社員の給与まで削っては社員はついてこないよ。怪しげなベンチャーとか意識高い系がよく言ってるじゃないか。人材ではなく人財なのだ。
お、宰相に何を言われたのか、トリミネン王がすくっと立ち上がってこちらに近づいてきた。ついさっきまでメソメソしてた姿とは違い、王の威厳を見せつけるかのような堂々たる立ち振る舞いだ。でもなんだろう、もう以前感じたような威圧感はない。社長とはいってもさっきの醜態じゃねえ。こっちは期待のルーキーなのだ。強気でいかせてもらおう。
「マサト殿よ、見苦しいところを見せてすまなかったな。して、以前にも話のあった雇用条件についてだが・・・。」
「ほう、いよいよ答えが出たわけですね!さあ聞かせてもらいましょうか!」
「いや、実はな。その前に・・・。」
きた、これは賃下げ交渉だな。しかしこちらに譲歩する気などはない。ここは日本ではないのだ。イエスマンはもう卒業している。さあトリミネン王よ、さっさと条件を言うがいい。
「この付近にクレイジーヒャッハー盗賊団という野党集団がおるのだがな・・・。」
「ふぁ!?」
なぜここで前の職場の話が出るのだ。まさかバレたのか。
「そこに黒髪の男がいたという報告があるのだが・・・。いやなに、マサト殿のことを疑っているわけではない。ただなあ・・・。もし以前盗賊団にいたものが城内にいるのであれば、捕らえて拷問にでもかけることにはなるじゃろうなあ・・・。」
やばい。これ完全にバレてる。なにが疑っているわけではない、だ。ニヤニヤしながらこっちを見つめるんじゃない。
「まあ過ちは誰にでもあるわけだからな。なんぞ犯罪を犯したという訳ではないようであるし、その者が悔い改め、わがままを言わず国のため粉骨砕身して働く、というのであれば水に流そうとは思うのだが・・・。ああ、すまんすまん。マサト殿には関係のないことであったな。して、雇用条件のことであるが・・・。」
王の言を最後まで聞くまでもなかった。その頃にはすでにおれはお馴染みのポーズをとっていた。おれはイエスマンだ。そう、高度経済成長時代の先達を見習おう。
「このマサト、王のため、国のため、なんでもやらせていただきます!お金など要りませぬぅ!!!!」
雇用条件、働く前にしっかり聞こうね・・・!