初めての戦い
お読みいただけますと幸いです。
身を切るような寒さも次第に弱まり、白銀の世界に新たな命が芽吹き始める。
新緑が芽を出し、穴倉に潜んでいた動物たちが外へと出始める姿は、新たな季節の訪れを感じさせる。
私ことマサトが勇者としての訓練を始めてから、3ヶ月余りが過ぎようとしていた。
「マサト殿、本日からいよいよ実戦訓練ですな!」
どこか喜びを隠せない様子のジョシュア教官。
「この数カ月で随分と筋肉もついてきましたね。特にその割れた腹筋!やはり男子たるものかくあらねば!」
そうの言葉から分かるとおり、おれは上半身裸で突っ立っていた。毎日訓練前には服を脱ぎ、ボディチェックを受けるのが習慣になっているのだ。フンフンとポーズを決めながらはしゃいでいるジョシュア教官は、なぜかパンツ一丁だが。
まさかこいつホモの者ではあるまいな。悪いがおれにそっちの気はない。
棒より洞窟を好む、より正確にはスティックでトンネルへジョイしたいタイプの、簡単に言えばごくごく一般的な嗜好の男の子である。
「あわわ、お二人はなぜ裸なのですか!早く服を着るのですぅ!」
と、手のひらで顔を隠しながら叫んでいるのはレーナ先生。男の裸に免疫がないのだろうが、イマイチ説得力にかける。
先生、隙間からぱっちり開いたお目めが覗いてますよ?興味津々なのバレバレですよ?
「おお、レーナ殿もいたのですな。これは失礼しました。」
そそくさと服を着るジョシュア教官と、がっかりした顔をするレーナ先生。なんだかなあ。初の実戦訓練だというのにどこか締まらない。
おれはといえば、今日の訓練で相手にするであろうアレのことを考え少し緊張している。
「そういえば、マサト殿は魔物を見たことがないとか。なぁに、そう緊張することはありませんよ。」
そう、今日の相手は魔物なのだ。
「それに今日の訓練で想定している相手はゴブリンなのです。最も弱い部類の魔物ですし、マサト様ならきっと大丈夫なのです!」
それもファンタジーのド定番、かのゴブリンが今日の相手であるらしい。
最弱とはいえ魔物は魔物、しかも初戦闘ということもあり、おれは今からカチカチに緊張しているというわけだ。
「そ、そうですよね。これまでジョシュア教官とレーナ先生に毎日鍛えてもらいましたし、きっとなんとかなりますよね...!」
「うんうん、その意気ですぞマサト殿。あのような腹筋も割れていない軟弱な生物なぞ、武器を使うまでもありません!」
それはきっとお前だけだろうと心の中でツッコミを入れつつ、おれは2人に先導される形で近場の森へと向かうのだった。
◇◇◇
「チャンスです!そこでアッパーを!」
城下町から1時間ほど歩いた先にある森の中。
「違うのです!一度距離をとって、ファイアロー狙い撃ちするのですよ!」
ただいまおれは、ゴブリンと絶賛戦闘中である。
「何を言うのですかレーナ殿!1対1の近接戦、魔法なんぞの出る幕などありませぬぞ!」
これまた定番の「魔物とはいえ、おれに生き物を殺すことができるのか...!」的な葛藤もなかったわけではないが、今となってはそんな考えなど吹き飛んでしまっている。
「あぁー!また魔法のことをバカにしたのです!もう許さないです、思い知らせてやるのですぅ!」
それはなぜかといえば。
「ほっほう!このジョシュア・アイゼンハルト、騎士として売られた喧嘩を買わないわけには参りませぬ!」
先ほどから、二人の頼もしい先生方がぎゃーすかと言い合っているせいである。緊張感などとっくの昔に失せてしまった。
今度は言い合いだけでは収まらず、とうとう二人は戦い始めたようだ。あいつら絶対おれの訓練のこと忘れてるだろ。真面目に働け。
「ったく、こっちは真剣にやってるのにっ・・・と!」
ゴブリンが右手の剣で横薙ぎを繰り出してきたところを後ろに下がるようにして躱すと同時に、その手に右足で蹴りを入れる。ゴキリと嫌な音がし、骨の折れる感触が伝わってきた。
城を出る前にジョシュア教官の言った「武器を使うまでもない」という言葉は本気だったようで、おれは先ほどからずっと徒手空拳での戦いを強いられているのだ。あの脳筋いつか復習してやる。
「悪いけど、やられるわけにはいかないんでね。」
剣を取りこぼし、苦悶の表情を浮かべるゴブリン。再び剣を握ることはできないだろう。それでもグギャギャと低い声で鳴きながら、こちらを威嚇し続けている。
しかし、武器を握っていないゴブリンなどもはや敵ではない。少しだけ後ろに下がって距離をとると、勢いをつけてゴブリン目掛けて猛ダッシュ。
キッとこちらを睨み、折れていない左手で応戦しようとしてくるが、相手の懐に潜り込むようにしてそれを躱す。そしてガラ空きになった敵の腹目掛けて拳を突き出しつつ魔法を詠唱する。
「唸れ爆炎!ファイアフィスト!」
発動とともに赤い光を発したおれの右手は、ゴブリンの腹を打つだけにとどまらず、腹を裂いて相手の背中から再び外気へと触れるところまで進んでようやく止まった。
生き物を殺したという実感に顔をしかめそうになるが、それも一瞬のこと。どちらかといえば、ようやく戦闘が終わったとほっとする気持ちの方が強い。
「勝った・・・。本当に魔物と戦えたよ・・・!」
次第にこみ上げてくる達成感。初めての勝利の美酒にいざ酔わんというところに、再びあの二人の声が聞こえてくる。
「見ましたかルーナ殿!あれぞ戦士の基礎にして極地!やはり男児たるもの己が肉体を武器とすべきなのです!」
「違うのです!あれは魔導の助け合ってこその成果なのです!やはり魔法の方が優れているのですぅ!」
おれは、お前らいい加減仕事しろよとため息をつきながら、なんとかこの世界で、勇者という戦闘を生業とする者として生きていけそうだなと安堵するのだった。
ようやく戦闘シーンが出てきたよ・・・!