勇者の日常なのです!
いつもより少し遅めの投稿となりました。
お読みいただけますと幸いです。
木漏れ日の差し込む爽やかな朝。まだ雪深い季節ではあるが、今にも鳥のさえずりが聞こえてきそうな気持ちのよい晴れの日。
それにもかかわらず、目覚めたばかりの俺の体は、鉛のように重かった。
昨日も行われた、例の頭のおかしい訓練のせいである。身体中のあらゆる筋肉が悲鳴をあげており、せっかく目覚めたというのに体を動かすこともできない。
「あの人型筋肉め。いつか復讐してやる。」
そう決意を新たにしながら、なんとかベッドから抜け出すべく体のマッサージをし始める。
今日はジョシュア教官の訓練がお休みなのだ。個人的には祝日と言っていいくらいのこの良き日、ベッドで寝たまま過ごすなんてもったいない。それに、今日はいよいよ待ちに待ったあの授業の日である。
異世界とは切っても切れない関係にあるアレ。数多いる主人公たちのほとんどが得意としているアレ。
そう、魔法である。
ジョシュア教官による戦闘訓練がお休みとなった今日この日、おれにとって初めての魔法の授業が行われるのだ。子供の頃から憧れていた魔法をついに学ぶことができる。そう考えるだけで、自然と顔がニヤけてしまう。
「うっわ、朝からなんて表情をしているんだい?その顔で部屋の外に出たら即牢屋行きだよ?」
いい気分でいたところに水を差してきたのは、もうお馴染みのニート幼女ことレティア。相も変わらずニヤリと小憎らしい笑みを浮かべている。
「見せただけで即逮捕とか、そんな顔があってたまるか!それに、少しくらい嬉しそうにしてたっていいじゃないか。一応神様って名目のレティアには分からないだろうけどさ、魔法っていったら全男の子の憧れなんだぞ!」
「一応ってなにさ!何度も言ってるけど、我はれっきとした神ぞ!?女神ぞ!!そうやって不敬な態度ばかりとっていると、まーた天罰いっちゃうんだからね!」
我は本気ぞ、本気と書いてマジぞ、と可愛らしいお手てをワキワキとさせるレティア。一瞬その見た目の愛くるしさに見惚れそうにもなるけれど、やつの発言を聞いて冷静になる。さすがにネタが古すぎるだろ。本気と書いてマジって、それおれが生まれるより前にできたネタだぞ。
「はいはい、申し訳ございませんでしたね女神様。今日の魔法の授業は楽しみにしてたんだ。天罰はその後にしてくれよ。」
「ふん!分かればいいのさ分かれば!まあ、魔法なんて我にとってみれば簡単で退屈なものなんだけどねぇ。あそこ《現代日本》で育った君が憧れるのは無理もないか。」
ふんすっと頰を膨らましつつも、一応は怒りを解いてくれた様子のレティア。確かに、神たるレティアにとっては使えて当たり前のものなんだろうな。いっそこいつにも教えてもらうのもいいかもな、と。そんなことを考えていると、レティアは急に何か思いついた様子で、例のニヤリと小憎らしい笑みを浮かべてこちらを見る。
これは絶対碌でもないことを言ってからかってくるに違いない。我慢しろ、おれ。今日の魔法の授業が終わるまでは、平穏に過ごしたい。
「あ、もしかしたらマサトには向いてるかもしれないよ、魔法!だって君、魔法使いだもんね!」
ああ、やはり碌でもないことだった。しかし、予想していればなんてことはない、と。
「ふざけんなこの年齢詐称幼女が!自分が男日照りだからって八つ当たりするんじゃねぇ!!」
「あー!もうこれは怒ったからね!神の本気見せてやるんだから!!」
そう思ったときには、おれは既にレティアへと掴みかかっていた。
◇◇◇
「なるほど。それで授業に遅刻した、というわけなのです?」
「は、はい。申し訳ありませんでした!」
レーナ・ゼーアバイル。おれの魔法の授業を担当することになったという魔法使いの女性だ。
「まったく。マサト様もレティア様も、少し大人げないのです!少しはわたしを見習うのです!」
女性、とは言ったが、些か的外れな表現だったかもしれない。
「わたしは大人なので許してあげるのです!さあマサト様、授業を始めるのですよ!」
踏み台に登り、ぺちんっと机を叩くレーナ先生。踏み台に登ったうえに更に背伸びまでしているといえば、彼女がどんな姿をしているのか少しは想像できるのではないのだろうか。
おれの魔法の先生たるレーナ先生。彼女はどう見ても、10歳くらいの女の子だった。
「あのう、レーナ先生?」
「む?どうしたのですか、マサト様?」
「先生...なんですよね?」
「そうです!わたしは先生なのですよ!」
かわいい。幼なかわいい。
どこかの偽幼女とは大違いだ。こんなかわいい先生ができるだなんて、異世界に来て本当に良かった。どこぞの筋肉教官にはレーナ先生の爪の垢でも飲ませてやりたい。
「なにボーッとしてるのです?授業を進めるですよ!」
「あ、すみません。よろしくお願いします!」
先生がかわいいとやる気が出る。自然と授業にも集中出来るというものだ。しかもレーナ先生、勇者担当を任されたのは伊達ではなかったようで。先ほどから魔法とはなんぞやという話をしているのだが、説明が驚くほど分かりやすいのだ。
この世界の魔法には、火、風、水、土の4つの属性があるらしい。
そして魔法を使うにはそれぞれ対応した属性の適性が必要であり、適性のない人間には魔法は使えないとのこと。ただ、適性のない人間なんてまずいないらしく、大体の人がどれか一つは適性を持っているそうだ。
また、ほとんどの魔法はこの4属性のどれかに当てはまるし、そうでなくとも、4つの属性のうち2つ、或いは3つの複合属性魔法として分類が可能であるということだった。
「そして、ごくわずかな例外ながら、そのどれにも当てはまらないものは無属性魔法と呼ばれる、ということですね?」
「そうなのです!マサト様は覚えが早いのです!花まるあげちゃうのですぅ!」
もらうのです!花まるもらっちゃうのですぅ!...ハッ!いかんいかん。
まあ説明が始まってすぐに、大体のところは想像がついたし。専門家のおれにとってはお馴染みのパターンである。
「それでは説明も一通り終わりましたし、いよいよマサト様の魔法適性を調べるのです!」
そう言うと、ちょうど手のひらに収まりそうな、透き通った綺麗な石をポケットから取り出すレーナ先生。
「これは魔計石というの道具なのです!これに触れるだけで、その人の魔法適性が測れちゃう優れものなのですぅ!」
これはアレだな。おれの魔法適性がすごいことになっていて、触った瞬間に石が割れるお馴染みのイベントだな。もしくは石がまったく反応を示さず、レーナ先生があわわとなり、マサト様には無属性しか使えないのですぅ...なんてなるパターンだ。でも実は無属性には隠された力が...的なアレ。幾人もの先達が通った道である。
さあ、おれの場合はどうなるかなと、ドキドキしながら魔計石に触れる。すると、石は赤い光を放ち始めた。
「マサト様は火属性魔法に適性があるみたいなのです!適性が一つなのは残念ですけど、よくあることなので気にしちゃダメなのです!」
うん。極めて普通の結果だったわ。なにがお馴染みのイベントだよ、ふざけんな数分前のおれ。もう頭の中では全属性魔法の詠唱とか考えてたんだぞ。「闇の淵より出でしもの...」とか、思わず口に出しそうになったわ。
「それではこれからは火属性を中心に授業を進めるのです!さあ、説明を始めるのですぅ!」
おれの異世界生活にはテンプレが足りなさすぎるのではないだろうかと。そんなことを考えながらも、レーナ先生の可愛らしい口調に癒されつつ、魔法の授業は恙無く進むのであった。
むさ苦しい筋肉の後には癒しが必要ですよね...!