それでも勇者はやってない
今日中と言いつつ間に合いませんでした...。
どうか...どうかご容赦を...!
「ふむ。あのような状況になった経緯は理解したぞ。」
50代後半とは思えぬ鋼の筋肉を身にまとうトリミネン王は、その王たる地位に相応しい威圧でもっておれを睨みつけている。
先ほどのレヴィ様の悲鳴は、やはり城中に響き渡っていたようで。それを聞きつけた侍女に始まり、騎士団長、宰相、そして王といった面々が、ものの数分後には浴場へと大集結。そこで彼らの眼前に広がっていた光景はといえば。
全身ずぶ濡れで悲鳴を上げるレヴィさま。
真っ裸で狼狽しているおれ。
その様子をみながら、一糸まとわぬ姿で笑い転げているサド幼女こと幼女神レティア様。
どう見ても事案ですね、間違いない。
レヴィ様は侍女たちの手で自室へと連れて行かれ、私マサトは騎士団長に率いられてきた騎士たちによって左右を固められ、謁見の間へと舞い戻ったわけだ。
レティア様はどうしたかって?もちろんかの幼女にも保護の手は伸びたのだが、我は神ぞ、幼女神ぞ、と繰り返しながら捕まえにくる騎士たちを片っ端から昏倒させていった結果、とりあえずは要監視のうえおれに同行させようとの結論に落ち着いたらしい。
そうして謁見の間へと至り、王座の前でいつもの体制で控えつつ、浴場での事態を一通り説明したというのが現在のおれの状況というわけで。
「す、すいまっせんでしたぁ!!!で、でも僕は何もやってないんです!そこのようじ....レティア様が勝手に!!」
「我のせいにするんじゃないよっ!元はといえば、マサトが我の魅力を理解しなかったことが原因なんだからね!」
この幼女め、何が幼女神だ。そもそも天罰とか言いつつお姫様を浴場に召喚するとか、天罰の規模がしょぼすぎるだろ。
「オッホン!まあまあ、落ち着きなされ。ときに、レティア様、でよろしいのか。あなた様が異界の神であらせられるという話は事実なのだろうか?」
至極当然な疑問を投げかけてくるトリミネン王。そりゃそうだ。どう見ても4、5歳の幼女にしか見えないのだ。
その問いを受けた疑惑の人物、もとい神物は、ゆっくりとその手を窓の方へと向ける。
「これが、」
時刻はまだ昼間。今しがたまで燦々と大地を照らしていた太陽が陰りを見せ、急に夜の帳が下りてきた。空には星の光さえ見えず、雷鳴の轟く音さえ聞こえだした。
「我が神であることの証明さ。まだ足りぬというのなら、今晩にでも、ミティスにきみの夢枕に立ってもらうよう頼んでおこう。」
静寂に包まれる謁見の間。居並ぶ貴族と思しき者たちの中には、腰を抜かしてへたり込んでしまった者の姿も見える。
そんな中、僅かに目を見開いただけで驚きを内心にとどめているトリミネン王は、さすがといってもいいだろう。
「なるほど、これはまさに神の御業に相違あるまいて。レティア様、数々のご無礼の段、誠に失礼をいたしました。」
そう言って、王座から立ち上がり、幼女へと頭を下げるトリミネン王。普通であれば、宰相的なポジションの方が「王が頭を下げるなどなりません!」などというのであろうが、さすがに外の光景を目にすれば言葉も出ないのであろう。
「分かってくれたならそれでいいのさ。神とはいってもこの世界のじゃないしね、そこの変態勇者に接するのと同じようにしてくれたらいいよ。」
レティア様は鷹揚に頷くと、突然こちらに話を振ってくる。
だれが変態だ。男が入っている浴場にスッポンポンで乱入してきたのはお前の方だろうが。この痴幼女め。
「そう言ってもらえると助かる。さて、そうじゃマサト殿。レティア様のことついては理解した。しかし、どのような事情であっても、マサト殿が我が愛娘のあられもない姿を見たことも事実。さて、この件一体どのようにすればよいかのう。」
マズイ。とうとう話がそこに及んだか。確かに悪いのはあの痴幼女とはいえ、お湯に濡れてびしょびしょの、生地の薄い場所に至ってはスケスケのレヴィ様を見てしまったのは事実である。
短い派遣社員生活の中で学んだが、落ち度があるというのは、社会においてはこの上ない弱点なのだ。取引先であれば、ここぞとばかりに要求を通そうとしてくるし。職場の上司であれば、ひたすらネチネチと責め立ててくるのだ。
特に今のトリミネン王のように、笑顔を取り繕っているような輩はたちが悪い。これはもう、どう転んでも碌なことにはならないだろう。
「そ、その件つきましてはですね、えーっと、今回は不幸な事故ということでなかったことにですね...。」
「ほう、勇者殿は我が愛娘たるレヴィにも同じことを言えるのかな?」
くそう。一番痛いところをついてきやがって。しかもさりげなく「勇者殿」ときた。給与だ雇用条件だのと煩いことは言わせず、問答無用で勇者を押し付ける魂胆だな。
なんとかこの場を逃れたいけれど、どうにも言い訳が思いつかずにいると、後ろの方から扉の開く音が聞こえてきた。
「皆さま、先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでしたわ。」
渦中の人物ことレヴィさまのおなりである。とうとう本人までこの場に来たとなれば、ますます進退窮まる状況である。
「おお、レヴィよ。もう大丈夫なのか?」
「ええ、お父様。もうすっかり元気になりましてよ。事情についても、先ほど侍女から説明を受けましたわ。それで、今はなにをお話しされていたところなのでしょう。」
「おお、そうじゃった。ちょうどそこな勇者殿と、今後の話を、な?」
気丈に振る舞いながらも、レヴィさまの目は赤く染まっている。もう絶対泣いてたじゃん。しかも心なしか、俺の方を向かないようにしている気さえする。これは無理だな。この状況から逃げるのは無理だ。
しかし、それでも思うのだ。雇用条件も聞かずに引き受けるには、勇者という職業はちょっとリスキーなのではなかろうかと。
よくよく考えてみれば、勇者と言われたって、チートの一つももらった覚えはない。伝説の武具なんかももらっていない。これで魔王を倒すなど、いくらなんだって無理に決まっている。
よし、断ろう。レヴィさまと離れるのは辛いけれど、そのお手ての温もりだけは生涯忘れまい。
「あのぉ、やはり私には勇者というのはですね...。」
そう切り出したところで、横からあの痴幼女の声が飛んでくる。
「マサト..いや、勇者さまよ。」
その表情はまさに小悪魔。こちらの意図はすべてお見通しとばかりにニンマリと笑い、その身に宿す断崖絶壁をしっかりと張り、高らかにこう宣言したのだ。
「その職業は、変えられません」と。
やったねマサト、題名回収できたよ...!