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派遣社員の僕が勇者になるまで

お読みいただけますと幸いです。

 先ほどの詰め所から、ガタゴトと馬車に揺られることしばらく。


 目の前に座るレヴィ様に見惚れつつ、外の風景にも目をやると、ちょうど大きな門を潜るところだった。この街に入るときに潜ったものと比べても遥かに大きいそれは、おそらくは城門だろう。馬車はそのまま城の敷地を進んでいく。


 そして、ちょうど城の中に入るための大扉の少し手前。噴水を中心に、ホテルの車寄せのようになっている場所、この場合は馬車寄せだろうか、まで来ると、ようやく馬車は停止した。いよいよ目的に着いたのだろう。


 「マサト様、城に到着しましたわ。さあ、参りましょう。」


 馬車から降りると、レヴィ様はおれの手を取り、ずんずんと城の中を進んでいく。


 歩き進むうち、足元に広がるおれの布団より柔らかいんじゃと思われる高級そうな絨毯。廊下のそこかしこに飾られている、おれの年収を10年分集めても買えないんじゃないかと思われる、これまた高級そうな絵画や鎧。


 普段であれば、それらの異世界情緒溢れる物品に目を奪われるところなのだけれど、今はそうじゃない。


 その原因は、おれの右手から伝わってくる温もりにある。そう、レヴィ様のお手てである。


 レヴィ様のお手て。おれのそれよりも随分小さく滑らかなお手て。


 元いた世界のそのまた仮想世界(いんたーねっと)上では、「DTを殺す服」などという物騒極まりない衣服が話題になったりもしていたが、あれで騒いでいた連中は、桜の木の実(チェリー)のことをまったく理解していない。


 DTを殺すのに服など要らない。ただお手てさえあればいいのだ。


 先ほどから、拙者はまったく何も意識していないでござるよとばかりに無表情を装ってはいるが、おれの心の中では今世紀最大級の大型台風が猛威を振るっている。


 このお手て(宝物)、何があろうと握り続ける所存である。


 そうして終始レヴィ様のお手てに意識をとられているうちに、どうやら目的の場所へと着いたようだ。


 「マサト様。この謁見の間の中に我が父がおります。突然のことでさぞ驚いていらっしゃるかとは存じますが、どうぞ中にお入りください。」


 「ちょ、ちょっと待ってくださいレヴィ様!いきなり王様に会うだなんて、自慢じゃないですけど、礼儀作法なんてまったく知らないですよ?」


 「大丈夫ですわ。マサト様は勇者様なのです。王とはいえ、礼儀作法などに気になさる必要はありませんわ。」


 そう言うと、戸惑うおれをよそに、扉の両側に控えていた衛兵さんたちが扉を開いてしまう。こうなっては覚悟を決めるしかない。ええい、ままよ。とばかりに、おれはレヴィ様に手を引かれたまま、謁見の間へと足を進めた。


 部屋の入り口から奥へと続くように敷かれた赤い絨毯。その最奥の、他より一段高いところにある王座。

そこに腰掛けていた男は、おれの姿を認めるなり立ち上がって、その風貌どおりの大きな声でこう名乗った。


 「おお、よくぞ参られた!お主が勇者殿であるな!儂はトリミネン・イルイス・カルドリア。ここカルドリア王国の王である。」


 年の頃は50代後半だろうか。身長順で並べば間違いなく最後尾に来るだろうその巨躯は、余すところなく筋肉の鎧で覆われている。屈強という文字をそのまま人にしたかのようなその男、トリミネン王の放つ威容は、間違いなく王者のそれだった。


 それを目にしたおれはといえば、もうお馴染みの土下座スタイルへと素早く移行。トリミネン王が「おお、」と言ったときには既に中腰の体制であった。


 先ほど、この手を離さない所存云々と言ったばかりではあったけど、レヴィ様のお手てともあっさりお別れ。これは裏切りではない、命あってのお手てなのだ。


 思い返せば、異世界に来てからというもの数々の修羅場をこれ一本で乗り切ってきたのだ。人呼んで、土下座のマサことおれをあまり舐めないでほしい。レヴィ様には舐めてほしいけど。

 

 「お、おい勇者殿!何をしておられるのだ!頭をあげてこちらに来なされ!」


 これは罠だな。罠に違いない。その言葉を真に受けて「あ、そっすか。さーせんちーっす。」とばかりに踏み出したが最後。宰相的なポジションの方が「王の御前で無礼である!」などと言い出し、切り捨て御免と相成るに違いない。


 おれをあまり舐めない方がいい。レヴィ様には舐めてほしいけど。思う存分ぺろぺろして頂きたいけども。


 「マサト様!何をなさっているのです!お顔をあげてください!父も家臣たちも戸惑っておりますわ!」


 と、隣からレヴィ様のかわいいお声。レヴィ様の言うことであれば大丈夫だろうと土下座の姿勢を解いたおれは、立ち上がってトリミネン王の近くへと歩み寄る。


 「ふう。ようやく話ができるな。改めて、勇者殿。名を聞かせてはもらえぬか。」


 「お、お初にお目にかかりゅます!マサトと申します!こ、この度は名高きトリミネン王への拝謁の栄誉を授かり、き、恐悦至極にございますぅ!!」


 噛んだ。すっごい噛んだ。


 「う、うむ。マサト殿と申されるのだな。儂のことはトリミネンと呼び捨てでよい。王とはいえ、勇者殿の上に君臨するものではないからな。」


 「い、いえ!そのような不敬は!」


 呼べるわけないだろう。異世界物のラノベ主人公たちの中には、敬語など必要ないと言われるやいなや「あ、まじすか。ちーっす」的な態度に出る輩もいるが、あれは若さゆえだ。


 社会の荒波に漕ぎ出したばかりの新入社員。その中でもボロッボロの手漕ぎの船に乗っていたのが派遣社員のおれなのだ。平身低頭という言葉の体現者といっても過言ではない。


 「もう、お父様。マサト様を怖がらせないでくださいまし。ほら、マサト様?私のことをレヴィと呼んでくださったように、お父様にも王などとつける必要はないのですわ。」


 「ほう、マサト殿。我が娘のことをもう愛称でお呼びになっておいでか。うむ、ぜひ儂にも同じようにしてほしい。勇者であるマサト殿に畏まられては、おちおち話もできんからな。」


 「そ、それではトリミネン様、と。」


 「うむうむ。それでよいのだ。して、マサト殿。突然のことでまだ戸惑っておられるとは思うが、先に事情の説明をしてもよいだろうか。」


 「それは、私が勇者とそう呼ばれていることについでしょうか。」


 そう尋ねると、トリミネン王は一つ頷いてこう続ける。


 「うむ、実はな。二日前の深夜、ミティス様が私に神託を下されたのだ!この地に勇者を遣わした、すぐに探すように、とな。それで城を上げて調べていたところ、ミティス様の仰られたとおりの特徴を持つマサト殿が見つかったというわけだ。」


 ふむ、ミティス様。ミティス様ね。はいはいミティス様。異世界ものテンプレ的にいうと...って誰だミティス様って。全く知らないんだけど。そんなさも知っていて当然みたいな口調で言われても、おれにはそんな人と知り合った覚えはない。


 「あのぉ、ミティス様というのは一体...?」


 「む?ミティス様を知らぬのか。ミティス様に遣わされた勇者であるお主が、かの女神様を知らぬとはこれまた面妖な...。まあよいか。ミティス様はな、我がカルドリア王国のみならず、この大陸に存在するすべての国で信仰されておる女神様だ。」


 ほうほう。それはまた大層尊きお方であるようで。やはり異世界、なかなかどうしてテンプレに沿っているじゃないか。


 王の言葉によれば、ミティス様なる神様は、大陸一の有名人、もとい有名神ということになるわけだ。


 突然の異世界転移、そしてそれには大陸中から信仰を集める女神様が関わっていると。


 ここまでくればあとは簡単な話だ。おれを異世界へと送ったのは間違いなくあの夜バーにいたあの幼女である。


 つまりあの幼女の正体は、この世界の神であるミティス様というわけだ。トリミネン王は直接神託を受けたと言っていたし、彼にミティス様がどんな姿であったか確認をすればすぐに分かるだろう。


 「ちなみにミティス様というのは、どのようなお姿をされているのでしょうか?」


 「おお、それはそれは、大層お美しい方であった。我はあれほどの美しさを語る術は持たぬよ。」


 うん、違った。絶対あの幼女のことじゃないわ。あのバー幼女も、確かに美しいと言えないこともないけれど、美しいと評するにはさすがにロリロリしすぎていたし。


 見た目4、5歳ほどの幼女に向けて、あぁなんたる美しさ!などと言うやつがいたら連れてきてほしい。いや、やっぱり連れてこなくていいや。そのまま警察署まで連行してほしい。間違いなく真正の変態紳士(ロリコン)である。


 もしかしたら、この目の前のトリミネン王も実は紳士クラブの一員という可能性がないわけでもないが、さすがにそこは一国の王。自らの性癖もしっかり治めていてほしい。


 でもそうすると、あいつはやはりただの幼女だったのだろうか。よく分からなくなってきたけど、まあ次会ったらprprすることに変わりはない。幼女である、それ以上の事情なんてどうでもいいのだ。


 「なるほど、その女神様が私を...。」


 そうなると、聞くべきことはあと一つだけだ。おれは、意を決して尋ねることにした。


 「それで、ミティス様はなぜ私をこの地に導かれたのでしょうか?」


 こんなテンプレ、答えを聞くまでもない。あくまで確認のためだ。

 

 「うむ!実はな、勇者殿には、魔王を倒しこの世界を救ってほしいのだ!」


 やはりそうきたか。異世界、女神、転移者とくれば、もう8割がたこのパターンと言っても過言ではないだろう。とうとうおれの異世界生活にもテンプレがやってきたのだ。


 勇者をやるのは吝かではない。盗賊団の一団員として盗賊団(ブラック企業)にこき使われていたことを考えれば、望むべくもない地位である。


 しかし、勇者とはいえ仕事は仕事。前の職場(盗賊団)の雇用関係にはほとほとうんざりさせられたのだ。今度はしっかり事前に確認しておく必要がある。


 そう考えたおれは、先ほどとは違って真剣な顔でこちらの答えを待つトリミネン王に向かってこう告げたのだ。


 「トリミネン様、勇者の初任給はいかほどですか?あ、福利厚生についてもお聞かせください。」と。

個人的には給料よりも福利厚生を重視したい...!

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