あるいは派遣社員という名の犬
お読みいただけますと幸いです。
「勇者さま、誠に申し訳ございませんでした。」
さきほど突然現れておれを解放してくれたこの女性は、向かいに座るおれに向かって深々と頭を下げた。
レヴァーリア・イルイス・カルドリアと名乗ったこの王女さま。金髪碧眼のテンプレお姫さま
現在おれは、彼女によってあの小部屋から連れ出されたのち、詰所の前に止まっていた馬車に乗せられてガタゴトとどこかへ運ばれているところである。
「あ、頭をお上げください。この国の王女さまなんですよね?そのような方に頭を下げられるのはどうにも具合が悪くて...。」
その高貴な身分を鼻にかける様子もなく、心から謝意を伝えてくれる王女さま。とはいえ、こちとら派遣社員として、各方面に下手に出続けてきた現代日本人である。
派遣元の社員さんにぺこぺこ。派遣先の社員さんにもぺこぺこ。いつになったら正社員になるんだと詰め寄る両親にもぺこぺこ。
「あれこれもしかしてペ◯ちゃんておれのことなんじゃ?出しちゃう?舌出しちゃう?」と。ついそう思ってしまうほど日常的に頭を下げていたおれ。そんな生活をしていたせいで、人に頭を下げられると背中がムズ痒くなってしまうのだ。
「そこまで仰るなら、分かりましたわ。勇者さまはお優しいのですね。」
頭を上げ、こちらに微笑みかけてくれる王女さま。やばい、かわいい。
いやいや、そうじゃない。もう一つ気になっていることがあるのだ。
「それからその、勇者さま、というのは一体?」
「ふふっ。それは後ほどお話ししますわ。」
可笑しそうに口元を隠しながらそう言う王女さま。やばい、すごくかわいい。惚れそう。
いやいや、だからそうじゃない。落ち着けおれ。いくら年齢と彼女いない歴が等しいからとはいえ、笑顔だけで惚れるとか、さすがに抵抗力なさすぎだろ。
「くっ、殺せ...」が口癖の女性専門の職業の方よりも抵抗力ないんじゃないだろうか。
同人業界でよくある即落ち2コマなんて目じゃない。画像を読む前には既に落ちているレベルじゃなかろうか。我ながら情けない。
それはともかく、なぜおれが勇者などと呼ばれているのかは、まだ教えてくれないみたいだ。
「そうですか...。ではせめて勇者ではなく、マサトと読んでください。勇者さま、なんて。どうにも居心地が悪いというかですね...。」
「まあ、勇者さまのことをお名前でお呼びするだなんてできませんわ。」
「お、お願いですから!ここはひとつ、私のためだと思って。」
「ふふっ。勇者さまは奥ゆかしい方なのですね。分かりましたわ、マサトさま。それでは私のことも、王女さま、ではなくレヴァーリアと。」
「いやいやいやいや。お、お王女さまを名前で呼び捨てにするとか、恐れ多くてですね...。」
「もう、私には名前で、と仰ったのに。マサトさまなら、レヴィと、愛称で呼んでくださっても良いのですよ。」
むぅ、と。その柔らかそうな頬を膨らませてみせる王女さま。やばい、惚れた。いや待て、王女さまはおそらくはまだ10代半ば。大人として、変態紳士の汚名を背負うわけにはいかない。
「そ、そういう訳には。」
「そんなの不公平ですわ。お願いします、私のためだと思って、ね?」
先ほどのこちらのセリフを引っ張ってきて、悪戯な笑みを浮かべながら、上目遣いでそう言う王女さま。
はい惚れた。あぁ、これはもう惚れたわ。もうロリコンでいいわ。変態紳士の汚名、いや名誉。喜んでこの一身に背負いましょうぞ。
「わ、わかりました。それでは、レヴァーリアさまと。」
「レヴィですわ。」
「れ、レヴィさま。」
「はい、それで良いのですわ。本当はさまも必要ないのですが...それは追い追いですわね。」
よくできました、と。上手にボールを取ってきたわんちゃんを迎える時のように、満面の笑みでそう言う王女さま、もといレヴィさま。
もはや惚れたとかロリコンどころではない。おれは犬だ。犬になろう。そしてレヴィさま、もといご主人さまに飼ってもらいたい。わんわんしたい。わんわんだけどにゃんにゃんしたい。
だってこの子、こんなにかわいいんだぜ?しかも、あの王女さまなのだ。
王女さま。
それは男の夢。数多いる異世界転生者たちの希望の光。
突然の事態に戸惑う転生者たちの不安を、その笑顔で消し去る者。
見た目に反するポンコツ振りで、転生者たちの心に安らぎを与える者。
それが王女である。
多分に偏った意見であることは百も承知だが、それがなんだというのだ。
この世界に来てからというもの、ろくなことなど何もなかった。
雪深い森で凍死しかけ、盗賊団の一味になり、牢屋にぶち込まれたおれにとって、彼女はこの世界で初めての希望なのだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。おれがきゃっきゃうふふ的展開を手にするための、最後のチャンスなのだ。
「王女さまといえば実は悪役パターンじゃね?籠絡担当じゃね?」などという意見はシャットアウト。
レヴィさまの笑顔を見ていないからそんな意見が出てくるのだ。こんな可憐な子が腹黒なわけがない。
やれやれ、モテないチェリーどもの嫉妬とは醜いものだ。まずはその桜の木の実をどこかに捨ててから文句を言いたまえ。
それはそうとして、この馬車はどこに向かっているのだろうか。テンプレ通りに考えるならば、間違いなく王城だと思うのだけれど、一応確認はしておきたい。
「ご主人さ...ゲフン。レヴィさま、この馬車はどこに向かっているのでしょうか?」
妄想の賜物か、思わずご主人さまと言いかけたおれに不思議そうな顔を見せながらも、レヴィさまは答えてくれる。
「お伝えするのが遅くなり、申し訳ありません。今は王城に向かっているところですわ。そこでマサトさまには、私の父、我が国カルドリアの王に会っていただきますわ。」
女性キャラってこういう感じでええのんか...