リア充になった俺を女神様は爆破させたいご様子です
今年もこの季節がやってまいりました。
2015 12/25(金) 12:11
スマホの画面に出てきた時間は予定の時刻まで十九分前だ。………少し早く着きすぎたかな。と思う。
が、生まれて十七年
初!!!の
彼女!!!!との
クリスマス!!!デーーート!!!!
これにテンションが上がらない訳がない。
つい一ヶ月前までは「リア充爆破しろ」という爆破呪文のレベルを日々上げていたし、去年の今頃はネットの動画で『滅入り苦しみます』『久しぶりだなおまえら』『クリスマス中止のお知らせ』『今年も来たよ…』『これからバイトですがなにか』なんてコメントを見てた俺である。
イルミネーションなんて通りかかった時は、その眩しさに「目がぁああああ目がぁぁぁあ」って叫びたくなるし、アウェー感半端無くて窒息死しかけたりする。
だからって男友達と集まってファミレスなんて行っても、テンションが上がるはずもない。帰り道のクリスマス一色の街の中、隣に男しか居ない事を改めて思い知り傷を深くえぐる自殺行為だ。
そんな日常が一変したのは……って長くなるからやめよう。
とにかく、えっと。あと何分だ?十六分?あー……待ってるのって、結構長く感じるよなぁ……。
駅の改札前に居る俺は、クリスマスに浮かれている周囲を眺めた。
改札から十メートルかそこらの直通ゲートには、期間限定の店がここからでも少し見える。いつもより豪華な装飾や周りに歩く人達も、片手にはクリスマス仕様の紙袋を持って歩いている。華やかにオシャレしてる人達の中に、スーツ姿のサラリーマンのオッサンが早足に改札に向かっている姿もあった。
「お勤めお疲れ様っす」と心のなかでオッサンに声をかけた所で「あ。これリア充っぽい気がする」なんて僅かな優越感を改めて感じていた。
終業式である今日は、午前中に終わって早く帰ることが出来る。結香のクラスも早くHR終わってたし、『電車なう!─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ 』ってスタンプとか来てたし、もう少しで着くだろう。
十分前………えー……
『改札前の切符売り場辺りにいるよ』
俺は返信を打っていた。送信。スマホに向かったまま下を見ていると、足元が仄かに光っている気がする。丸い円に模様が沢山ついて綺麗な……押上駅ってこんな仕掛けあったっけ………流石スカイツ…
その時点で俺の下に現れた光は一気に強くなり、目の前は真っ白になった。
「……は……さい…………目を覚ましなさい」
誰かに呼ばれる声に目を開ける。いつの間にか地面に倒れているんだが、それはさっきまで居た改札口ではない真っ白な場所。雲のようなモヤがかかり、遠くまで白く濁って何があるのか分からない。
目の前には腰まで伸びるウェーブのかかった金髪と、神話とかに出てきそうな、布を巻きつけただけの格好をしてる、蒼い大きな瞳に色の白い巨乳美人な女の人。ザ・女神。っていかにもなビジュアルである。ていうか、最近のゲームやアニメキャラの方が豪華で、なんかショボイ。
「……今、とても失礼な事を考えなかったかしら?」
物凄く恐ろしい冷たい目つきで、地面から立ち上がろうとしている俺を睨みつけた。女の人は少し浮かんで高い位置にいるから、睨むって言うより見下すに近い。
「いえ。なんも……」
「まぁいいわ。さっさと本題に入るわね。あなた、これから異世界に行ってもらうから」
「え?」
テンプレを丸々持って来たような状況である。夢でも見ているのか?って思うのも当たり前だし、テンプレだ。
「最近の日本人の若者は、異世界への転移や転生の理解が深いと聞いて選んだのに。案外違うのね」
俺がぽかーーんと女の人を無言で眺めていると、ガッカリしたように、金髪の西洋美人は滑らかな日本語を喋る。風も吹いてないのに、女の人はゆらゆら衣服がたなびいてるし、地面から浮いてるのも、この部屋?場所も現実感がまるで感じない。夢ならそのうち起きるだろうし……いいか。
「異世界転生って、小説とか漫画とかであるやつですか?それなら読んでますけど」
ラノベとかネット小説と言ったら今は『異世界 転生・転移』ものである。勿論俺も読んでるし、それなりに好きだ。
「それそれ!なら解説とか要らないわね。あなた私の世界に来て、私のお願い事聞いて頂戴。ちゃんと、『チート』って言うの?貴方の世界の言葉だと?それも付けてあげるから!」
と、可愛らしい笑顔を向けて……………って、いらねええええええええ!!!!!
「いえ!俺には出来ないんで、元の場所に帰してください!!」
そうだよ!
あと十分で結香来ちゃうし!!!今何時!?
異世界転移とかそりゃ、憧れっすよ。俺TUEEEEE!!!!展開とかも好きだし、チート能力でファンタジー世界とか最高じゃん!ハーレム作るとか、剣と魔法使いまくるとか、受験勉強とか考えなくて良いとか、そりゃ、あるよ。沢山。でも、
今じゃねぇぇんだよぉぉおおおおお!!!!!
やっとのリア充生活楽しませてくれよぉおお!!!
これでも彼女は好きだし!大事だし!異世界とか憧れるし、やりたいけど……これ帰ってこれるの!?!?
「大丈夫よ。『チート』もあげるし、女神である私も沢山手伝うわ。死ぬ事もないし。お願い聞いてくれたらご褒美に、異世界で身につけた能力は全部そのまま持って帰って良いわよ。ね?素敵じゃない?」
「ぅぁ…………え…………終わったら、本当に帰って来れるんですか……チート……で、大変じゃないなら……」
心揺らいじゃうよな!だって男の子だもん!!
「大丈夫、大丈夫♪帰る時も、来た時と同じ場所の同じ時刻で帰してあげるわ」
むむむっ……それなら良いかもしれない。
元の世界で時間が経過してないなら、例え何年異世界で遊びまくっても、帰ってきたらクリスマスデートが待ってるんだろ?しかもチート能力が身に付いてるオマケ付き。これは……
「やります!異世界行きます!!」
憧れや欲望には勝てなかった。こんな好条件行くしかないだろう。
「嬉しい〜♪じゃぁ、今から『チート』あげるわねぇ。その後、やって貰うお願いの話しするから」
女神は俺の頭に手をかざした。ほわぁっと暖かいような感じが額の辺りからする。
「はい。これで貴方の魔力を沢山増やしておいたわぁ。これは体力と同じように、休憩で回復するから、あなたの世界へ行っても使えるのよ。あと、あなたが得意とする魔法についてねぇ」
お。これこれ。魔力とかって言われても実感が沸かないから、具体的に何が出来るか教えて貰いたい。
「基礎的なものは出来るんだけど、高度なものは本人の才能に合わせて分野を絞った方が、より強い技を使う事が出来るのよぉ。貴方の専門は火ね」
意外と定番な属性だった。小説だと特殊な能力が出てくるけど、実際はそんなもんでもないのかなぁ。
「へぇ……火ですか。俺の力だと、どんな事が出来るんですか?」
チートとか言うくらいだから、マグマみたいな灼熱地獄を簡単に出せたりするんだろうか。
「えっとね。貴方は強力な爆発ね。人間でも魔物でもなんでも、木っ端微塵にしてチリに出来るわ」
結構派手な得意技のようである。
「なんでもって、どんくらいですか?」
「使い慣れれば、小さな山や街くらい吹き飛ばせるかしら」
おおぉぉぉぉ!!!!
本当にチート級だな。山吹き飛ぶって凄いじゃん。テンション上がってきた。
「あなたくらい、この能力に秀でてる人は私の世界には居ないわぁ。人間達では呪文も未開発だろうから、長い呪文唱えなくても出来るようにしてあげるわね」
詠唱なしキタ!高速での高レベル魔法!!!更にチート能力になっていくなぁ。
「そうねぇ……普段使う言葉だと間違って発動して困るし……少し変わった言葉…………じゃぁ、対象に向かって指さして『リア充爆破しろ』って言うのどう?」
「え?」
俺は本日二度目の「え?」を言った。
「女神様……意味、分かって言ってますか……?」
「分かってるわよ。恋人がいる者……とかを意味するんでしょ?」
女神様はとてもニコニコと笑っていらっしゃる。
「まぁ……はい。そうですけど……なんでそれを……?」
「だって幸せそうにイチャイチャしてるのって、見てて無性に腹立たしくなぁい?私、そーいうのみ〜んな、あなたにドカーンって粉々にして欲しくて呼んだの」
無茶苦茶怖い事言うな、この女神………悪魔とかじゃないのか……。
俺もつい一ヶ月前までそう思っていたんだが……ここで呼ばれなかったら、俺がドカーンとなっているのかもしれない。そう思うと鳥肌で体がぞわぞわしてきた。
女神は天真爛漫でにこやかな表情をして、俺に楽しそうに話を続けていく。
「それにあなたも、恋人と離れてこれからしばらく独り身よ。寂しいでしょぉ?目の前で幸せそうな男女がいたら、きっと妬ましいわぁ。なんでこんな所に来たんだ。って思って、私に腹を立てるかもしれない。その気持ちで目の前の恋人達をドッカーーーンってやるの。清々しいわぁ〜」
ヤバイ……この女神ヤバイ………。
女優や絵みたいに綺麗な顔立ちの女神様は、とろぉんと瞳を潤ませて、恍惚とした酷く幸せそうな表情をしている。まさか転移先の女神がこんなに性格がヤバイとは思わなかった。
「えっと………女神様は……リア充嫌いだから、皆、俺に爆破して欲しい。んですよね?……そんなに、片っ端からやって良いんですか……?」
リア充は確かに疎ましい。とは思うが、リア充が居ないと子供は生まれない。俺は異世界の人類なりどこかの種族を滅亡させる為に転移するのか……?
「そうなのよねぇ〜。本当にやり過ぎると滅んじゃうのよ。だから、どんな種族でも半分は大目に見ておかないといけないかしら………残念よねぇ……」
ちょっと甘えたような声と表情で指を口元に添え、首をかしげる困ったポーズ。おいおい、言ってる内容全然可愛くねぇから!!!こいつスゲーこえぇよ!!!!
「第一、私より幸せそうって生意気だわ。本妻である私がこんなに愛してるのに、あの人ったら……」
俺がドン引きしていると、女神は旦那である男神への愚痴と惚気話しに火が付いていた。
ここから先は凄まじく長いので省略する。睡眠や食事、排泄といった身体的なものが要らないっぽいこの謎空間において、女神の長話を中断する材料も無く、それどころか「そろそろ異世界出発しないで良いんですか?」なんて俺の話しも聞きやしねぇ女神に相づちを延々と返していく。お家に帰りたいなぁ……。
「本当に酷いと思わな〜い?毎回こうやって浮気するのよ、あの人。男の人ってみんなこうなのかしら?あの人だけに思えるんだけど、ねぇ?」
「あぁ……はぁ……そう…ですね………」
「やっぱりそうよねぇ………あ、でもね。この前……」
目が死んでる俺を全く気にせず女神の長話は続いたのだが、粗方話して気が済むと俺をさっさと異世界へ飛ばした。
「目についたやつ、片っ端からやって良いわよ〜。私からの使者って事で、手のひらに私の紋章付けといたから〜。それ見せればどんな奴でも黙るから安心してねぇ〜」
最後に聞こえた話しにも返事が返せないくらい、俺の精神は消耗。女神から現地の服や装備を貰い、持たされた金で、目の前にある街の宿にすぐさま入ってベッドに倒れ込んだのである。おやすみ。
念願で憧れの異世界!!!
と思って来てみた俺は、存分にファンタジー小説のような異世界を堪能していた。面白い魔物に遭遇したり、様々な大きな街や小さな村、森や山を超えて長い船旅を満喫したり……一人旅で世界を巡る。という事に関して言えば、凄く充実していたし面白い。
なにしろ、爆破魔法は使えば使うほど、どんどん使い勝手が分かるようになり、大抵の敵はあっさり倒せるまでに成長した。戦闘が少々つまらないくらいだ。
あ。だけど、十日くらい前に倒したドラゴンは中々のデカさで、久しぶりに熱いバトル!みたいな事が出来て満足。最低でも、全長三十メートルはあるドラゴンで、飛行速度が早くて追いかけるのに少し苦労してさ。
対象が何か分かる程度に見る事ができれば、魔法の攻撃範囲内である。遠距離から最大火力で爆破するのもこういう時はつまらないから、近くまで寄って縛りプレイをするのが定番。
爆発の出力を決めて、それで攻撃すんの。意外と鱗が頑丈で、表面からの発火・爆発のダメージが通りづらいんだわ。そいつが口開けた瞬間に叩き込んだ一撃がクリティカル。
俺の爆破魔法は高温の炎と可燃性ガスを一度に発生させる。みたいな物なのかな?発動させると危なくて調べるのも難しく、詳細は分からない。
ただ、炎の火力や爆発の規模を集中する事で操作できるから、きっとこんな仕組みなんだろう。と思っているだけだ。この操作も感覚的でよく分からない。敵に指を向けた時の力の入れ具合……?
俺の他に爆破専門の奴に会ったことが無いし、女神が上手だと褒めるから、とりあえず上手いらしい。
攻撃力も高いんで、パーティー組まない一人旅でも戦闘は苦ではなかったし、帰るのが分かって友達増やして、別れが寂しいのもなぁ。と深い仲の知り合いは特に居ないんだ。
この世界の情報収集や金を稼ぐためにギルドに入ったが、そこの連中とは結構仲が良くて、楽しい奴が多いから俺は好き。
ただ、俺の役割であるリア充を爆破させる。という事に関しては……あまり楽しくない仕事である。
バレると誤解をとくのが面倒臭いので、街や村の広い範囲を見渡せるような場所で、遠くからリア充に指を向けて『リア充爆破しろ』と言う。
すると、本当に跡形もなくその二人だけが爆発して消え去るのだ。風船を割るように、爆発の派手な光や煙と共に一瞬にして弾け飛ぶ。ほんの僅かに灰となったチリが少し降るだけだ。
呪文を向ける相手が、女神が認めた爆破対象である場合、爆発はこの様に人体の内部で発生して、特殊な状態で消し飛ぶ。対象ではない単なる二人組や慎ましい家庭、老夫婦なんかだと発動しない便利な安全装置付き。
てか、女神は全人類が腹立たしいリア充かどうか監視して、タグ付けでもしてるわけ?恐ろしい執念だな……。
爆風も少なめ。近距離だと鼓膜が破れたりもするのだが、酷い被害は起きないように、なるべく控えめに設定されているようだ。
俺はあの女神ほど性格歪んでないので、幸せそうに笑ってる人が消え去るのは心が痛い………しかしサボっていると女神が催促してくるので、しぶしぶ顔のよく見えない遠くから、狙いを定めて爆破しているわけである。
人殺し。
と言われると否定出来ないんだけど、女神は爆破された恋人達の魂を二人一緒に生き返らせている。ただの殺しではないので少し楽な気もするけど、微妙な気持ちではある。
ちなみに、転移する前に俺が女神と会った謎空間で、爆破したリア充は女神から「生き返ったら公共の場で無闇にイチャイチャするな」という旨の長い説教をくらってから、同じこの世界に返される。
爆破してから村を散歩していると、さっき爆破したリア充が普通に歩いているくらいだ。
厳しいのか優しいのか分からない。どちらだと聞かれたら酷いと答える。爆破は見せつける様にイチャついた罰らしい。九割九分は女神がスッキリする為だと俺は確信しているけど。
「ねぇねぇ。今度は南の村に行って欲しいのぉ。もう少しで春だから、お祝いのお祭りがそこであるんだけど、最近の若い子って、単なる恋人向けの娯楽としか思ってないのよぉ。あそこも沢山集まるから楽しみだわぁ〜」
女神は頻繁に俺の所にやって来る。
姿は周りの人間には見えないらしく、俺の隣で足を組み座ったポーズでふわふわ浮いて付いて来ている。
こんなのが常に側にいるんで、異世界に来たからってこちらでも彼女つくるとか、ハーレム計画するとか、小説みたいな真似はどう頑張っても出来ないのは明白……デスヨネー。
んで、次回の爆破場所を指定したり「今日もバーーンって沢山やってね」「えー。今週はまだ十組しかやってないわ。もう二〜三倍は多くていいのにぃ」なんて甘ったるげな声で話しかけてくるけど、内容は全然可愛くない。いくら美人でも隣に居て全然嬉しくない。
俺がここにやって来て、三度目の冬が来た。身体的な成長は来た時に止めたらしいので、ずっと十七歳の外見のままで女神と一緒に旅をしているわけだ。
「えっとぉ。あ。もうこの大陸は一通り巡ったわねぇ。お疲れ様。そろそろ帰るぅ?」
「え?」
なんだか、懐かしいやり取りを思い出す……じゃなくて、帰してくれるの?
もう三年ほどいるし、今居る大陸は女神の言う通り大体旅して回った。爆破魔法も毎日リア充爆破していたおかげでかなり上達したし………大体満足かな?
帰ったら、勉強面倒臭い。とか、親がうるさい。とか………確かに煩わしい事も山ほどある。
けど、ちょっと懐かしくて、思い出してみると少し帰りたくなる。
彼女である結香にも会いたいなぁ。とも思うし。そう。帰ったらクリスマスデート楽しめるんだもんな。俺の世界は女神の世界じゃないから、俺自身がリア充してても爆破される事はきっと無いはず。ここでは女神の目が厳しくて、ギルドや旅で出会った女性と仲良くなるのも、ヒヤヒヤするんだよなぁ。
なら、もう帰ってみても良いかもしれない。
「じゃぁ、帰ります。能力とか、本当にそのままなんですか?」
これ、気になるよな。本当に持って帰れるなら、リアルに俺TUEEEE!!になれるじゃん。
「えぇ。大丈夫よ。ちゃんと元の場所や時間に帰してあげるから心配しないで」
女神様にしては珍しく、普通に可愛くウインクをした。確かに、性格はアレだが仕事ぶりは優秀そうなので安心だ。
知り合いに挨拶に行ったり……ってのは辛気臭い感じになりそうだし、異世界の解説するのも難しいから、会いに行かないで帰ろうと思った。
「あら?皆にお別れしなくていいのぉ?お別れ言いに旅しても怒らないわよ」
そう言って貰えたけど、会ったら名残惜しくなって帰るの止めるかもしれないし。
「いや、平気です。帰りたいって思った時に帰った方が良い気がするんで」
「じゃぁ、ここでバイバイね。私も向こうの世界だと影響力が弱くて、姿見せるのもちょっと大変なの。お話くらいは出来るんだけど」
女神は微笑みながら俺の頭を撫でてくる。しなやかな指がゆっくり頭の上を滑る感じを受けた。
「三年なんて神様には短い期間だったけど、楽しかったわぁ。また会えたら会いましょう」
この美人女神に少し照れくさくなりながら「俺も楽しかったです。さようなら」と返事を返した。
言葉が終わった頃には行きと同様足元に魔法陣が光りだし、光が目の前一杯に広がった。
目を開けると懐かしい駅の改札前が見える。自分の体を見下ろすと、三年振りに見る冬物のコートやスニーカー姿の俺の体。
見上げる左上には電光掲示板に時計があり、今の時刻が表示されている。
12:20
……本当に異世界に連れて行かれたあの時刻ピッタリ。あと、十分で待ち合わせ時刻……。
久し振りに会う結香の顔を思い出して、顔が緩んできてしまう。異世界は凄く楽しかったけど、こっちも良いもんだなぁ。と、異世界行く一ヶ月前の俺が聞いたら殴られそうな事を考えていた。
あ。そうだ。爆破魔法使えるのか確認しておきたい。流石に派手なものをここで出す事も出来ないから、少し指先にロウソク並みの火を灯す程度で……。
指先を見つめ、いつもの調子で火の加減を思い浮かべて指に僅かな力を入れる。ッボ。と小さな音を立てて、夢でもなく、今まで起こしてきた火が本当に現れた。
ぉぉぉおおおおっ!!!!夢じゃない!!!本当に夢じゃ無かった!!!!
これは、どこか人目の付かない所に行って、少し威力のある爆破を後日試しに行きたいなぁ。全部って言ってたけど、本当に能力持ち帰りだったら凄い。中二病をリアルで体現してるんだぞこれ!
俺はテンションをこちらでも上げてウキウキと浮かれていた。まぁ、クリスマスで浮かれてる奴が多いんだ。ニヤニヤ笑いながら、一人で突っ立ていても少しは許されるだろう。
この爆破魔法。小規模なものを使えば手品の様な芸当も出来る。紙吹雪や花びらを袋に詰めて爆破させるだけで、巨大なクラッカーやくす玉みたいな感じになる。
クリスマスプレゼントの入ったボディバッグは肩にかかったまま。プレゼントの箱が入ってる袋は少し大きめだったから、この中に紙吹雪とか詰め込んで、割れたら紙吹雪舞って中のプレゼントが出てくる。とかサプライズな感じしないか?喜んで好感度増したら、期待もできるよなぁ。その後色々とさぁ。
紙吹雪みたいな物、どこで用意出来るかなぁ。ソラマチにそんなもの売ってたりすんのか?
なんて面白そうな事を思いついたので、更にそわそわしながら改札前の時計を見た。
12:43
あれ?半の待ち合わせ時間過ぎてるじゃん。魔法試したり、考え事したりして気が付かなかった。
周りを見回してみても、改札前には結香の姿は見当たらない。遅延もないし………えっと、スマホ……。
コートの右ポケットに手を入れて、スマホを取り出す。画面がついた瞬間俺は戦慄した。
2015 12/26(土) 12:45
そして、ロック画面に着信やSNSの通知が三十件くらい溜まっている。
え
目が点になる。
慌ててロックを解除して通知を見ると、親から帰宅時間を聞かれた一件以外、全部、結香からの着信やメッセージだった……
『あと一駅で着くよ〜=͟͟͞͞(๑•̀д•́๑=͟͟͞͞(๑•̀д•́๑=͟͟͞͞(๑•̀д•́๑)』
12:22
『着いた!
切符売り場のどこ〜?
いない〜・゜・(。✖д✖。)・゜・』
12:25
不在着信
12:31
『改札前のソラマチ入口に居るね
トイレ?お腹痛いのかなぁ?(๑•﹏•)』
12:34
『シュンくん大丈夫〜?(˚ ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )』
12:37
不在着信
12:39
『どこ〜!!٩(๑òωó๑)۶ オコダヨ!』
12:43
不在着信
12:48
不在着信
12:50
『激おこプンプン丸٩(๑`^´๑)۶』
12:51
不在着信
12:53
不在着信
12:56
不在着…………これ以上は見ていられない気持ちになってきた……。
今までの楽しい気分が瞬時に鎮火し、堪らない焦燥感が背中を冷たくする。
って、なんで今日26日なんだよぉおおおおおお!!!!
俺はガタガタ震えながら、もうここには居ない女神を探そうと天井に顔を向けた。
くっそ!この邪神め!!!約束が違うじゃねーーーか!!!!
届かない事は承知で心のなかで女神を罵っていると、頭の中にさっきまで話していた声が響き渡ってくる。
「約束は破ってないわぁ。ちゃ〜んと、同じ場所。同じ時間よ。私は言った通り同じ時間に戻してあげたでしょ?同じ日。ってのは約束の時に言い忘れちゃってたわね。ごめんなさい。女神様でも私は全知全能じゃないから、取りこぼしってあるのよぉ。許してね?
女神は無闇に人間に手を下せなくてねぇ。だからあなたに手伝って貰ってたんだけど。最後に自分で出来て満足だわぁ。さっきまで浮かれて、だらしなーい顔もしてたあなたが固まっちゃうの。うふふふっ♪最近一番楽しめた一時だったわぁ。やっぱり、バーーンって爆発する方が爽快だけど、今みたいなのもちょっと楽しいって分かったし。ありがとねぇ。これで全部お終いだから、お家に帰っていいわよぉ〜」
と、一方的に話しまくった。それに向かって文句を念じ続けると、スマホに着信が一件。
SNSに友達の新規追加とメッセージが届いていた。新規の友達は『*:✼✿女神(ღ✪v✪):。✿』という名前でアイコンには異世界で散々見てきた、金髪碧眼邪神女神の肖像画。
メッセージにはこう一言。
『私も忙しいから、今後のアフターケアはここでやりま〜す。
苦情系は受け付けないのでよろしくね♡』
口を開けっ放しにしながらそれを見つめ、
ハメられた!!!!って思うのと同時に
どうしよう!!!!って思った。
結香はトークの中盤から、怒ってるスタンプと、不在着信が延々と続いてて……そして俺は完全にドタキャンしている状況だ。
なに?異世界に三年閉じ込められてたんだ。とか言い訳すればいいわけ??いや、無理っしょ。この、爆破魔法を見せれば信じて貰える……かなぁ。いや、そう。見せれば信じて貰えるはず………!!そ、それ以外に……本当の事を話す以外に言い訳が……だって俺、異世界飛ばされる前に『改札前の切符売り場辺りにいるよ』って送信してから音信不通になってるんだよ。
結香の言う通り、腹痛くてトイレ行ってたなら、既読なり返事返すなり、電話出ろ!って話しだし、親が危篤!なんて状況でも一言、帰るゴメン。って説明するのは普通だろうし、第一、もう丸一日経ってるのに、何も言わないまま本人もスマホも放置してるんだぞ…………言い訳とか……ヤクザや不良に拉致監禁?半分くらい当たってるけど……
あーーーー、もういい!異世界に行った事を証明して、許して貰おう!!!よしっ!!!!
と決意した俺だが、一つここで気がついた。
なんて言えば………会って貰えるんだろう……。
威張れることではないが、俺は若干コミュ障だ。いや……コミュ障だ。
異世界行っても、別れるのが辛いから仲間を作らなかった。と言ったが、実際のところは異世界の異文化の見知らぬ人間とパーティーを組むほど、俺に対人スキルが無いからだ。
女神からの仕事もあるので、誰かのパーティーに付いて行くと行き先が食い違って面倒だし、だからと言って、俺がリーダー出来るほど統率力もコミュ力も無い。
そして、初めての彼女に女子との交友関係がほぼ皆無。女子の扱いが全く分からん俺に可愛い彼女が出来たのは、偶然の悪戯で、人生の運を全て使って起きた奇跡!!!
と付き合った当初は思った程の人間である。男友達ですらそんなに居ない、ぼっち系だからさぁ………。
……そんな事は置いておいて、これからどうするか。だ。
………素直にまず、『ごめんなさい』と謝った方がいいのかな……SNSの……メッセージ送る?電話で直接話す……は、ハードル高いから文字かなぁ……やっぱり……。
んで、向こうが返事返してくれるかな……昨日の様子だと、結構怒ってるみたいだし…………えぇい!怖いけど、とりあえず送っちゃえ!!!
『昨日はデート行けなくてごめんなさい』
と、一言送って返事を待つ………改札の脇で硬直して、両手でスマホを握りしめて画面を凝視していると、三分ほどで既読になる。が、そこから更に五分以上経っても返事が来な……
うわぁあぁあぁあぁああ!!!!!!!!
既読スルーされてるぅぅううぅうぅぅうう!!!!!!
俺は異世界ではかなり強い爆破魔法を極めた。あの邪神の言うような大規模な技も使える。旅で足腰鍛えられたりして、体力もついたし、外見は変わっていないが筋力も行く前よりずっとある。防御力だって、一人で戦う中では回復役の仲間が居ないから、重要な要素だ。
だが、俺の対人メンタルは、異世界で三年過ごしたはずの現在も豆腐メンタルである。
この後に、なんて言葉を続けようか考えながら、トーク画面いっぱいに続いている三十件あまりの不在着信や怒りスタンプを見ると、心が折れてくる………。
だ……大丈夫…だいじょうぶ……だい……丈夫………
だ、だって、デッカイドラゴン倒すくらい勇気あるし………俺……怖いもの知らずだし、ほら、だって俺にかかればこの、今居る地下の上に建っているスカイツリーを爆破して、ど真ん中からへし折る事だって可能だしって、それただのテロじゃんかよぉおおぉぉおぉおぉおおおぉおぉ!!!!!!!!
使えねえええええ!!!!!
爆破魔法、対人関係とコミュ力に全く使えねええええええ!!!!!!!
頭を抱えて叫びたくなったが、公衆の面前である。駅の改札からも、スカイツリーやソラマチに行く出入口からも、土曜の昼間である今は人が沢山行き来している。
後悔なのか、怒りなのか、悔しさなのか、悲しみなのか、何だか分からない感情がグチャグチャと渦巻いて歯を食いしばりつつ、僅かに俺はガタガタと震えながらスマホを見つめている。一言でまとめると、多分俺は絶望している。
俯いて人からは見えないだろうが、涙目の俺はこのスルー対応に耐えながら続きの文章を考えた。
「えっと………実は、待ってたら急に、急用が……いや、えっと、異世界の女神が………なんて言っても余計怒るだけだろうし…………昨日返事出来なかったのは……で、電池切……スマホが壊れ…………や、でも待ち合わせ場所に居なかったのは……だから………な、なんて説明すればいいんだぁ……」
頭の中で考えていると、段々堂々巡りみたいになってきて、返事の言葉が浮かばなくなってきた。
変な汗が流れて、指先が全く動かない手はスマホを握りしめ、じっとりと汗ばんでいる。
少し落ち着こう。と思って息を吐く。全然落ち着いてないし、気を取り直せてもいないまま、もう二十分以上俺は苦悩した。
入力画面に謝罪や言い訳の言葉を書いては消して、書いては消して、送ろうかな。と悩んでは消していた。
そして、最終的に考えついた文章が
『詳しく話して謝りたいから、すぐ会えないかな…?』
だった。
文字で説明出来るものじゃない状況で、会って能力見せて納得して貰うには、多分これがベスト………!!!
震えそうな手で送信を押し、待つこと五分ほど。既読になった。心臓が痛い。凄く痛い。
『今日空いてるから、今日なら良いよ』
と一言返って来た。
ぃよぉーーーーーっし!!!!!
心の中でガッツポーズ取りながら、すぐに返事を打つ。
『ありがとう!今から行くね。結香ん家の駅前で待ち合わせでどう!?』
まだ心臓がバクバクいっている。落ち着け。落ち着いて、送信。
既読が瞬時に付き、
『分かった。着いたら教えて』
と返って来た。
『今から電車乗るから、あと三十分くらいで着くと思う』
普段と比べると凄く素っ気ない文章だから、相当怒っているはずだ。
平謝りすれば許してくれるくらい優しい。とは思うんだけど、来れなかった理由がとんでもないから、ここは真剣で真面目な面持ちで謝ろう。ごめんなさい。って連発して、異世界行ってた。なんて言ったらふざけてると思われるだろうし……。
まずは真剣に謝って、説明が長いから静かな所に行こう。って言って公園とか人の少ない場所に行く。近くに公園があったはずだから、そこで小規模な魔法を見せる。手品に思われるとまずいから、さっきのロウソク以上の火力でさ。つまり……
ベンチに座る二人。真剣な眼差しで俺は結香を見つめる。
『昨日は本当にごめんなさい………今からデートに行けなかった理由を見て欲しいんだ』
『………見る?理由って?』
そこで立ち上がって魔法を発動!手のひらから立ち上がる激しい炎!!
俺は顔を赤く照らされたまま結香を見つめ直し、
『見てくれ。異世界に召喚されて恐ろしい能力を授かってしまった俺を……!!!』
痛い!!!いたああああいいい!!!!痛い痛い痛い!!!!!
死ぬ!!誤解を晴らす前に俺の心が死ぬ!!!!!!
俺は地下鉄の座席に座りながら、もんどりを打ちそうな勢いで捩れる体を止めた。
座っているだけで、ガタガタゼェゼェと小さく悶える俺は不審者間違いないだろう。周りからの冷たい視線を浴びて心が締め付けられるように苦しいのだが、俺のシミュレーションの方が今は攻撃力が高かった。
違う………能力を見せて異世界に行った事を証明したいんだけど、なんか違う……えっとぉ…
ベンチに座る二人。俯きながら深刻そうな俺。
『実は俺……結香に隠していた事があって………それが原因で昨日は行けなかったんだ……』
『隠してた事……?』
『これなんだ……』
俺は目の前にある植木に指を向け力を込める。同時に小さな爆破音と共に植木の一部が煙に包まれる。
『きゃっ……な、何!?』
煙が晴れると、半分以上が跡形も無く消えた木がそこにはあり、
『異世界の女神にこんな能力を付けられてしまったんだ……危険なものだ……君を巻き込みたくない。別れよう』
なんで別れてんのぉおおおお!?!?!?違うだろそれっ!!!!
ダメ!!やり直し!!!技見せたとしても、もっとポジティブってか!!!!
力いっぱい手を握りしめた。バキャっと音がして手の中を見ると、SUICAのカードが割れていた。
チャージ……千円…残ってたかな……。
お財布と心にダメージを受けつつ、目的地の駅まで残り時間が無い。良い案を考えないといけない……。
公園までの横断歩道を歩いている俺と結香。
そこへブレーキの効かなくなったトラックが突撃!ハンドルを切る運転手!しかし間に合わないと思ったその瞬間、結香を庇いつつ、トラックの側面に爆発を起こして横に吹き飛ばす事でギリギリの回避!!!
『結香!怪我はないか!?』
『しゅ………俊くん……(トゥンク…』
恋してるけど違う!!!!進展してるけど全然違ああああう!!!!
ダメだ……時間が迫った現実逃避にどんどん酷い妄想になっている……くそだ俺の脳みそ。
と、下らない中二妄想を繰り広げている間に目的地に着いてしまった。
今出た案は三つ。内二つは論外。残り一個は俺が死ぬ。心もだけど彼氏としても死ぬ。
もう何にも浮かばない……物凄く怒られて、ずっと不機嫌になるのを覚悟で、理由を省いた平謝りから始めて、落ち着いて来たら能力の事、信じて貰えそうだったら異世界について切り出そう………。
どんより疲れきった顔をしながら駅の改札を俺は出た。『今、駅についたよ。南口にいるから』と送信する。既読だけが付いている。絶対怒りが収まってないよなぁ……。
結香の家からここまで、大した距離じゃないからすぐ着いてしまう。でも、もう上手い会話なんて俺には無理と分かってるので、風呂に入れられた犬や猫みたいに、情けない顔で下を向いている。
視界に可愛いブーツが入って来た。顔をあげると、全く笑顔の無い結香さんが立っていて、消え入りそうな声で「……ごめんなさい」と言うのがやっとだ。
「…………それで、どうして来れなかったの……」
と、結香が口を開いた時だった。
「あれ〜?結香ちゃんじゃん!昨日ぶり〜!」
駅前の人混みの中から明るい男の声が聞こえた。結香はビックリして後ろを振り向き、少々たじろいで見えた。
「え、あ。こんな所に……どうしたんですか?」
俺は人混みから覗いたその顔にとても見覚えがある。右のポケットに手を突っ込んだ。
「たまたまだよ!昨日は一緒にお茶できて楽しかった〜。あ、今日もどっか行かない?」
日本人には見えないハーフの様なイケメンは、結香の側に寄ってさり気なく肩に手をかける。
「あ、もしもし?今、見つけまして………そうです。俺の目の前。絡まれて迷惑してるんで…………はい。はい………お願いします」
通話が切れた瞬間、
ドンッ
と上空から光のような物が一直線に男に落ち、腹に響く振動を周囲に震わせた。
男は無傷ではあるが、動くことが出来ない様子である。なんでかって言うと、その首元をしなやかで白い両手が爪を立てつつ、ゆっくりと撫で回しているからだ。
「久しぶりね。あ・な・た 聞いて頂戴。ついさっき、一番大きな大陸にいる不届きでどうしようもない恋人達を一通り教育してあげたの。凄いでしょ?こんな所にいないでぜひ見に来て欲しいわぁ」
ギリギリと、その首元の爪は男の肌にめり込んでゆく。
「っあ………の、……く、るしぃ…………ので、……まっ……」
金魚や鯉みたいに男はパクパクと口を閉じたり開けたりしている。俺は怖さと驚きに硬直している結香の手を引いて、足早にその場から離れる事にした。見ない見ない。このまま結香の好きなカフェにでも行って、あいつらの説明でもしよう。そんで謝ろう。とにかく謝ろう。
「ねぇ〜?最後にこの人に、ドッカーーーンってやってくださるぅ?」
女神の甘えた声が遠くから聞こえたので、俺は指を向けて強く力を入れる。
駅前で起きた謎の爆発事件は、被害者ゼロの奇跡的な事故とニュースで流れた。