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「妖雲邂刀」 9



「では鋒周、席について。君は背丈もあるから後ろの方でいいかな」

「はい」


 言って、机の隙間を歩み進んでくる彼――長光と宗近は何気なく目が合った。

 宗近の方は依然緊張をもっていたが、しかし彼の鋭い視線に、自身がよく知る種類の美しさを感じた宗近は、数瞬見入ってしまう。

 その時――。


「青鳥モノが……」


 長光が彼女の脇を通り過ぎながら、そんな誰にとも向けられたかが判然としない程の声音を放った。それはしかし、刃物のように対象を明確にし、行動意義を果たすように、宗近に向けられた言葉であったのだ。それが判ったから、宗近は瞳を見開いて彼を見送る。

 しかし……。


(青鳥……って、なんだろう……?)


 意味がわからなかった。

宗近の長光に対する正味なファーストインプレッションは、兎にも角にも大分が不可解であったようだ。


 その日、宗近は長光の様子をちらり、ちらりと横目に盗み見て、慎重に、誰にも悟り気取られぬように窺っていた。しかし宗近が細心の注意を払っての行動をとっているつもりでも、すぐ隣に座る、また彼女の気心や特徴をよく知るところの和穂に限って言えば、それは大概ばればれで。そんな宗近を見遣って和穂は微笑ましく 「春だねえ……」 などと空吹いていたりした。

 当の長光の様子はといえば、休み時間になるとは、クラスの女子が窓際の席で景色を眺めている彼に歩み寄って行っていた。代わる代わる声を掛けてくる女子陣に対して、最初から感心なさそうにしていた長光を、大人しい性格の男子とみて、しかも美形と来たものだから調子づいた彼女達。勢い込んで長光に質問の連撃を見舞った。


「どこから越してきたの?」

「やっぱり岡山の人だったの?」

「この地方って何もないでしょう。つまらなくてごめんね?」

「長光くん、趣味はやっぱり刀関係?」

「好みの女子っている? 好きなタイプは?」

「っていうか、越してきたばかりだから、今彼女いない? フリーなの? フリーなのよね⁉ よっっしゃぁぁああああっ‼」


 と、それには流石に気障りだったのだろう、机を足蹴にして女子たちをひと睨みすると一喝した。


「うっとうしいぞ、クソアマどもッ」


 裂帛というよりも、静かに頬を叩かれたような、そんな衝撃を与える長光の怒りよう。それに対してしかし女生徒たちは恍惚の表情で、ユメ見るようにある者ははにかみ、ある者は指を組んで身悶えしていた。

 美形って、すごいのな。


「何だあれ。何か思ったのと少し違うみたいな人だね、鋒周くん」


 和穂がからからと笑うが、女性陣の盛り上がりに反比例して、クラスの男子たちはあきらかに殺気立っているような雰囲気だった。

 宗近は気にはなりつつも、敢えて素知らぬふりをしている体で、携帯端末をいじって辞書検索をしていた。そしてその結果に深いため息をついてみせる。直後、今にも放課後のバトル必至といった噛みつきそうな顔した男子たちと同じ瞳をして、静かに、しかし姿勢は乱雑に席に座る長光を、宗近は睨む。


『隠語辞典――青鳥 青鳥者――未熟者をいわふ。未熟なる者をいふ』


 昨日の一合での自分に対する評価というわけだろうか。確かに昨日の不手際に関しては、非難されても申開きようもないし、また宗近も言い訳をするつもりもさらさらない。しかし宗近とて、一端の業遣師としての矜持と意地というモノがあり、彼女の内の僅かながらの反発心が執拗に奮い立たされた。


「確かに……思った人とは違うみたいだね……、ッ随分と……ね」


 私もどうかしているよ。

と、自嘲めいた吐息が漏れる。

 これがツバメさんが口にしていた 『記憶して忘れない』 ということに係る人物なのだろうか。それはどう考えても、あの人も些か穿ったことを言っただけかもしれない、と思えてならない。


(私にとって大切で記憶に残る人かどうかを、手に掛けた刀と、その一件に関する事柄が左右し決めるなんて。本当馬鹿馬鹿しいことだよね)


 と宗近は頭を冷やし、気を改めようという考えになった。平常心。武道でも日常でもこれが大切ですから、と。

 そういった一日の終わり。終業のホームルーム。鯉朽先生はまたも宗近に対しての鋭い打ち込みを放った。


「今学期の体験修業の能楽関係のレポートのことだが、鋒周にもやってもらわないといかんのでな。先生、昼休みを消耗して班編成を考えて来たんだが、それで棟角と樺衿角の班で面倒見てやってくれ。二人だけで寂しい想いをしていただろうからな」

「え、ちょ、鯉朽先生、そんな、それは……」

「では、よろしく。今日も一日、学生諸氏、勉学就労お疲れ様でした。礼」


 そうして宗近の反論を待たずに、鯉朽教諭は足早に教室を後にした。

泣きそうな宗近の肩を、和穂が優しく撫でてくれた。持つべき者は友であるのか。

 しぶしぶと、可愛い顔を歪ませて、長光の席に足取り重く歩いて行き、宗近はぎこちなく笑む。そして長光に手を差し出す。


「よ、よろしくね、鋒周くん……」

「はん。足引っ張んなよな、ぱいおつ女」


 直後。当然というか、お約束というか、放課後の教室に宗近の怒声と、和穂の必死な制止の声が叫びあがった。

 その傍らで美月が淡く光り、静かに震えた。

 二人の刀遣いの出逢いは、こんな喧騒と不協和音に彩られて始まったのだった。




第一章了。

次回より第二章を掲載。

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