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「妖雲邂刀」 8


          4

 東には大誠寺川、南には連なる鞍掛山と白山が展望できる校舎棟を持つ大誠寺高校は、いたって普通の公立の高等学校である。市内には高校が他に2つあり、ひとつは技術よりの専門知識を学べるカリキュラムが選べる学校で、もうひとつは夜間学生の通う学校として機能している。

 だから何だという話でもないが、こと平凡な、当たり前の高校過程を履修できる学び舎であるところの大誠寺高校も、その市内の他二校も、大抵の学校がそうであるように “教育委員会” との連携をとっている。そして教育委員会は、その名のイメージから学校教育に関連した事案に特化した運営をされている、と思われがちである。が、何もそれだけに限った職務を遂行している機関ではないのである、という話をここで持ち出したい。というのも、あまり知られていない事柄であるが……また、普通に市民生活を送っているうえでは、本来知りようがないのが実際的なのだが……その教育委員会の職務の一つとは、古くから続く市民家から新たに発見された刀顕の、日本美術刀剣保善協會――ひいては国への――登録において、その手続きと審査を執り行うことであるのだ。

 これが学校教育の指導立場として認知が広い、彼の教育委員会のまたの姿であり、その実情として文部科学省、ひいては日刀會と機関として繋がりをもっているということなのだ。


 だからだろう、業遣師という職にある宗近は、学校生活においてことが起こる度に、学校側に多少の融通をとってもらう事を何度かしている。そしてそれを成立させている裏で、教育員会と日刀會は、国内に数少ない業遣師の職務と実績を管理してもいるのだ。

 業遣師は法的に、また公的に認知された仕事では少なくともない。けれどそれでも、宗近が日常において運動系の部活動以外の目的で刀顕 (といっても模擬刀であり、斬刀のように刃は斬れない) を所持して歩いていることを、周囲から黙認され、公認されているのにはそうした訳がある。


 ともあれ、融通が利かされなければならない程に、宗近は普段からいち学生として破綻した日常を送っているというのでもなく、もともと生真面目な性格をしている彼女のこと。業遣師の仕事で欠席することはたまにあったとしても、通常から授業はしっかりと受けている方であるし、また定期テストでは赤点を採ったことは中高の学生生活において一度もない。生徒間での人当りもよく、教師陣にも印象がよい穏やかで真面目な、模範とも言われる生徒だ。今朝とて寄り道をしての登校であっても、登校時間の鐘が鳴る前に時間に余裕をもって登校し、遅刻することなくホームルーム前には自分のクラスの定位置座席に納まっていた。


「ムネちゃん、おはー」


 静かに机に向かう宗近にそう声を掛けてきたのは、快活さが窺える顔で教室に入ってきた女生徒。この学校では髪を染めることは暗に禁じられているのだが、まったく気にした様子もない風のセミロングの渋めの茶髪。

彼女の名は樺衿角和穂(かえりづのかずほ)という。

 真面目な宗近とは、語調からしゃべりの内容まで如実に温度差が窺える少女ではある。しかしボランティアでお年寄りの介護をしたり、動物の飼育にも取り組んだりと、優しい部分が見え隠れする子だ。見え隠れするというのは、当の本人は照れがあるのか、いつも大したことはしていない、と悪ぶる様子から、大体の人に彼女の本性を誤って認知されているところからである。和穂自身は、誰かの正当な評価が欲しくて行っていることではないので、まったく気に留めてはいないが。

 だが宗近は、彼女の優しさを分けて貰ったことで仲良くなり、だから和穂の本質をそこそこ理解しているのだ。

 そんな事情もあって、宗近が友人の一人として認識している少女だ。


「エリちゃん、おはよう。遅かったね。また何かしていたの?」

「あー、うん。ちょっとね。そこで人に道案内していてさ。管理棟の職員室まで行ってきたんで遅くなったんだ。でもあれ、多分転校生なんだろうなー」


 和穂が宗近の隣の自分の席に着きながら言った言葉に、宗近も反応を返す。


「転校生?」


 この友人の、見知らぬ人間への親切心に今更ながら感心するよりも、宗近は多少のセンセーショナルな響きのある語句に反応を示した。

 それは、この時期に? という意味合いを多分に含んでいるのを、和穂も当然の共感を以って理解する。なので席について鞄を机の脇に提げると、宗近に向き直って続ける。


「そうなんだよ。もう六月も半ばに差しかかる、あと半月ぐらいで期末テストがあるっていう時期にだよ、転校して来るっていうんだからもう、無茶というか無謀というか、はたまた酔狂というべきか、もはやこれは(いくさ)に挑む武士の在り方そのモノの如しってね」

「あはは……武士ですか。どんな人だったの? まさか本当に武士みたいなのじゃないよね、その人」


 宗近の何気ない軽口に、しかし和穂は眼をキラーンッと輝かせて、がばりと隣席に身を乗り出した。そして悪代官にすりよってこそこそと悪だくみを相談する越後屋のように囁いた。


「それがムネちゃんさん、結構な美形さんだったんですよ、これが。なんか刀持っていたけれど。この学校でイケメン男前の資財不足は深刻だからね、私は彼が台風の目と……いやさ救いの一手となる光に見えたね。うん」

「へー、刀を持った美形さんねぇ」


 露骨に面白がり、興味津々といった和穂とは対照的に、淡白な反応の宗近だった。


(刀を持った美形のガキ……、のう?)


 机の脇に立て掛けられた刀ケース内の美月が、にわかに、しかし密かに反応を持った。


「なあに、その反応。ムネムネも興味でチョメチョメカップの胸がムネムネなんじゃないのぉ~っ うりうり!」


 強引に両の手を宗近の豊かなふくらみに添えて、入念に、且つアグレッシブに揉みしだく和穂。白いブラウスの胸元が卑猥に歪んで目の毒です! 声を堪えつつ身を捩って抵抗を示す宗近。


「誰がムネムネですか! ちょっと、エリちゃん、やめ……てよぉ~っ」


 女子高生豊胸マッサージ師、樺衿角和穂。……なんちゃって。


(うおおっ 棟角さんは何カップなんだ⁉ そこを濁すとは鬼かッ 樺衿角!)


 周囲の男子生徒が目の色を変えて滾った反応を示し、女子生徒はまた始まったとばかりに二人のゆる百合を微笑ましく見つめている。

 そうこうしているうちに、ホームルームのチャイムが鳴り、担任の鯉朽範臣(こいくちのりおみ)教諭が教室に入ってくる。

 まだ三十代も半ばの見た目も若い教師であるが、田舎の学校の模範とは少しずれたスタンスが生徒受けの良い先生だ。鯉朽先生は教室中央で揉み合う (というか宗近の巨峰が一方的に揉みしだかれている) 二人を認めて、殊更わざとらしく表情を引きしめると、咳払いひとつ。


「おいおい、棟角と樺衿角のキャットファイトとか、ここは朝から桃色空間ですか。先生ベットしちゃうぞ」

「えっ まじで⁉」


 現金に反応する和穂に、鯉朽先生は嘆息して返す。


「馬鹿者。冗談だよ。席に着きなさい」


 笑いに包まれる教室だったが、先生が入って来たままに開け放たれた扉から、一人の男子の姿が覗き見えていた。

 その影を認めた宗近は、

どきり 

と心臓が高く鳴るのを感じた。


「早速だが、今日はこのクラスに転校生が来たので紹介しようと思う。先に断わっておくが男だ。しかしまあ、この時期に転向してくる子だから、色々面倒みてやってくれよ、皆」


 男子と女子で明らかにテンションが違う反応だったが、とりあえず、と鯉朽先生。


「では入ってきて、鋒周くん」


 先生に促されて教室に一歩を踏み込んできた男子は、窓からの陽光に瞳を細めるでもないのに、鋭い目つきで教室の一同を見渡した。途端教室のそこかしこから、歓喜に潤んだ女子の声があがる。そして彼は鯉朽先生の傍らに立って、自己紹介をする。


鋒周長光(ほうしゅうながみつ)だ。よろしく」


 艶のある短髪と整った顔立ち。百七十㎝後半強の上背。物静かそうな憂いのある瞳にそぐわずに、躰は鍛えられていることが見る者には判る体躯。一見してもてそうなタイプの男子であったが……クラスの女子の中には早速ピンクの熱視線を送る者もいたが……しかし彼が肩に担いでいる刀を納めた刀袋が、その勢いを強引に跳ね返しているようだった。それでも、


「美形……」「武士系もいいよね……」「斬られてみたい……、っていうか突かれたい」


 などといった声が密やかに囁かれる。その最中にあって、和穂も宗近に声を掛けた。


「おっどろいた。ムネちゃん、あの人だよ。私がさっき道案内した人って。うわー、まさか同じクラスに来るとは思わなかったな。これを超展開というのか!」


 おどける和穂にしかし宗近は内心、彼女の言葉をまったくといって遜色ないレヴェルで聞き入れていなかった。それは宗近が……否、宗近も転校生である彼、鋒周長光という少年に対面を終えていたことに由来する衝撃から来ていたのだが。けれどそれも、既知と云うほどの出逢いではない。しかし宗近のその心にとっては、危機を救うという深い印象を残した彼――そして彼がどこの誰とも知れないという不明感と不安定感が、一層現在の再会を色濃く演出しているようで。不覚にも胸が高鳴っている。


「昨日の……、あの人……」


 つぶやく宗近に、机の脇に立て掛けられた刀ケース内の美月も、同意の響振を見せる。

 しかし美月が震えるよりも、宗近は自身の胸の高鳴りで意識が占められていた。


 どきどきどき、どきどきどきどきどきどき、と――。


 高鳴り、身も動揺していた。自分の臓腑が自分のモノではないかのような、締まり、切な感覚。きっと実際に刀で内臓を斬られたら、こういうある種、言ってみて快感が伴うのではないか? と逸脱したような発想が頭の隅を過る――そんな感覚。

 これがどういう展開で、また自分は昨日の一時の邂逅を経て今、何を思い、どうしたいのか。まったく考え至らなかった。考えが、己の意識の専集しようという意思に応えずに、ぐるぐると巡り、惑い。このまま今日は布団に入って眠りにつきたいような、そんな疲弊感を波立たせて。

 宗近は自身の意識で理解に至ってはいないが、まさしくこれを “心の準備が出来ていない” と言うのだろう。小パニック状態の棟角宗近であった。


「しかしウチのクラスは刀遣いに縁があるのかね。『宗近』 に続いて 『長光』 とはね。岡山、備前伝の長船長光だもんな。なあ、棟角、仲良くしてやってくれよ」


 と、突然――宗近にとってみれば正しく青天の霹靂というか、まったくの心構えの出来ていない状態で、話題の矛先が自分に向いたので、もう参ったものだから、


「はははははいぃぃっ 心得て推参致しまするぅ!」


 普段の真面目な印象にそぐわない頓狂な叫びをあげたりした。


「きょどりすぎだよ、ムネちゃん……」




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