「晴空繋意」 5
(お祖父ちゃん達を大切に想うのは……その気持ちは本当だと思う)
(恨んでいた? 憎んでいた……?)
(それがまったくなかったとは、言えない)
(美月を鍛える時、少なくとも三日月宗近の写しだけは真顕にしていれば、私達は 『ニセモノ』 呼ばわりされることも無かったんだし)
(それは、本当かも知れない)
(じゃあ、美月は私が嘘をついて業遣師をやっていると思う?)
(そうじゃないんだよ)
(私は知っているから。美月が教えてくれたんだよね。お祖父ちゃんとお父さんの気持ち)
(美月を鍛え造った、お祖父ちゃんとお父さんの気持ち)
(その優しくて、気高くて、潔い想い。私はだから、あの人たちが死んだ後の、その名誉を護りたいと思った)
(…………ねえ、美月、聞こえてる?)
(私は業遣師の仕事、好きだよ)
(そりゃ、危ない目にも遭うけれど。生傷も二つや三つじゃないしね)
(でも、妖威の刀の魂を祓い鎮めるって、刀が在るべきスガタになって、世界中の人に認められるようにする仕事で、やりがいがあると思う)
(あの本当に綺麗な刀のスガタを、もっと色んな人に観て欲しいって思うんだ)
(……でも、そういう気持ちの裏では、私の心構えは刀のように澄んで、真っ直ぐじゃなかったのかな)
(私の鏡命は、慾のため、だって……)
(わらっちゃう。本当にその通りだもんね)
(今だって、美月のことを取り戻そうと、繋ぎとめようと、自分のことばかり考えて……慾を出して……必死になっているだけ)
(私はそんな浅ましい自分が嫌だよ。そんな心で刀を振るっている自分を、どこかで忌んでいるのも本当だったみたい)
(否定、できなかった)
(だって、美月にもツバメさんにも怒られたけれど、私は心の底から揺るぎなく強い意思で刀を振るっていない)
(迷い、躊躇いがあった)
(だから踏込が甘くて、妖威を討ち損じたりしていた)
(だったら、戦うことを本当のところでは拒んでいるっていうのも、嘘じゃないのかもね)
(私がどこかゆるくて、ぬるいことを言っていたのは、そういうのが根拠だったんだね)
(そういえば、その点鋒周くんは鋭いよね、美月。鋭くて、厳しい)
(自分の願いの為の、意志と覚悟を持っている)
(刀も人も傷つけずに妖威刀を鎮めたい、なんて言ってた私とは大違い)
(鋒周くんは目的の為に揺るぎない。すごいな……ちょっと憧れちゃう)
(でもでも、やっぱり刀を壊すことはないよね。鋒周くんは)
(美月もそう思うでしょ? あれは酷いよ、絶対)
(どんな理由があっても、今は曇っているだけの刀を貶めるなんて、駄目だよ)
(刀は等しく、煌めきを持っているのに。それを人がないがしろにしちゃ、いけないよね。もう)
(私達刀を手にする者達は、尚更それを見限っちゃいけない)
(綺麗ごとに聴こえてもいいよ。でも、だって……)
(鋒周くんの破壊した刀たちだって、きっと綺麗だったはずなんだから……)
(…………私と彼は、違うんだね)
(鋒周くんは意志を持っていて)
(それは私にもあるんだね、美月)
「やっと気づきおったか」
(あれ…………? 今、美月の声が聴こえた気がする)
(これは、ユメかな……? 私いつの間にか眠っているんだね)
(なんか、でも、嘘みたいに嬉しい……)
(初めて鏡命して、顕現した美月を視た時みたいに、胸がわくわくする)
(ねえ、美月。聴こえてる?)
(私、闘いたくない気持ちがあるのに、美月のことを取り戻したくて。そしてあの妖威刀を追うつもりなんだよ)
(美月が元通りになっても、あの妖威刀に勝てるかどうかもわからないのに)
(また美月を砕かれて、今度こそ本当にあなたを失ってしまうかもしれないのに)
(あれ…………なんだろ)
(ああ…………、そうか)
(私は、美月を失うのが怖かったんだね)
(お祖父ちゃん達だけでなく、たった一人の家族を失くして、また一人になるのが、嫌で)
(戦い続けていたら、そんな哀しい喪失に見舞われるかもしれないって。それで怯えていたんだね。私は)
「そうじゃな。お前が戦いを厭うのは、そういうことじゃ、その優しさ故じゃよ」
(優しさかな……?)
「弱さでもあるがな。しかしお前は強い子じゃから、“優しい” であっとる。そうしていける。お前は強い。そして確かな心を持っておる。『刀を愛する』 という強い想いをな」
(……私は…………)
「お前は刀を本当に愛しておるよ。それがお前の本当の、正真の、真実の心じゃ。でなくば、今こうしてワシと声を交わしておる筈がない。そうじゃろ?」
(そうかな…………)
「愛と憎しみは同居する。人の歴史においても、刀を手にする時、人はそう在ってきた。それが人で、人と刀の在り方の一つじゃ。だいたいそんな矛盾くらいの、腹に納めていく気概がなくてどうする?」
(美月……)
「お前が踏み込が甘いのは、真から刀を大切に想うからじゃ。
正峰たちを大切に想う心に嘘はない。それをワシはずっと心に映して来て知っておる。
慾を出して何が悪い。誰に恥じることなく胸を張っておればよい。
意志と覚悟がゆるい? ならそんなモノ、これからいくらでも強靭にして鉄刃にすればよい。人は心ひとつでいくらでも硬く、鋭くなれる。
お前が目的の為に戦うことを望んでおるのを、ワシは知っておる。こここそ意志を張らんでどうする。自分の為でも、誰の為でも、お前の生きるうえでの決めたことじゃろう。それを自分で裏切るな。――強く在れ、宗近」
(うん……。美月、ありがとう)
(でも、一つだけ、あと一つだけ言わせて)
(これは私のエゴだってこと)
(もしかしたら、これからの過程で本当に美月を失って、哀しみに暮れる馬鹿な私がいないって、断言は出来ない)
(でもね。それでも、お祖父ちゃん達の名誉を回復したその先で、あなたと一緒に笑える未来を信じることを私はしたいんだ。その為に私は勇気を胸に、あなたと共に、不諦を貫いてみせるから)
(だから、もう一度、私の刀となって。信念を顕わす刃となって……美月)
「…………ふ。エゴなんぞではないよ。ワシにとっても正峰と要慥たちの心が救われるなら、それは至悦に嬉しい事じゃしな。それに忘れるなよ。ワシがお前に力を貸すのは、お前の魂の輝きに……その美しさに惚れておるからじゃ。鏡命刀と業遣師とはな、人が刀の心と声を聴き、身を委ね、刀が人に心を開いて響き合わされて、初めて発現するモノなんじゃからな」
ふと。
宗近は自分の髪を撫でられる感触を受けた。
その優しさに、心地よく意識を泳がせてみる。
だが、すぐに気付く。その髪を撫でる手の感触――その既知感を。
瞳を開けると、そこに銀髪の青年の顔があった。
髪が白から発光しているような銀のそれへと変わってはいるが、額に見覚えのある三日月の痣がある。そして幾度となく瞳を交わし、言葉を交わし、互いの記憶や意識を交わし合ったその面立ち。
自分の枕元に、いつものように行儀悪く胡坐をかいて座り、彼女の髪を撫で、優しい視線をくれている、美月。
『美月』――――。
「じゃがの、ワシにはいくらでも寄り掛かるがよいぞ。ワシの力はお前と共に在る。――宗近よ」
「うん。行こう、美月」
決然と瞳に彩を強め、宗近は起きた。




