表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/39

「晴空繋意」 3


 雨中侵攻。

 徐々にではあるが、歩みを進める数珠丸恒次と、その宿主である小知。国道沿いに北上している道筋は、もはや街並を中心部から離れた距離に達していた。

 しかしそれでも依然、妖威の足は止まらない。

 それはそうだ。本来の長光ならば、妖威刀を迅速にその紫電を帯びた祓いの刃で捉えるために、宿主の肉体を傷つけて、足を無理矢理にでも止めることを躊躇わない。だが現在は、同行する警察官である緒垂が、取り憑かれている人間を傷つけないで欲しい、と特に念を押してきているのだ。

 緒垂や宮坂たちにしてみれば、小知がどうして妖威刀に魅入られたかは問題ではない。同僚で後輩の身を案じるのは、ごく当たり前の心情としてのことだ。刀顕管理課の職員が、暴挙に出たことについての事後の責任問題については、またその時として、今は助けられる者は可能な限り穏便に助け出したいのだ。


 こういう状況に自身が駆り出されている事に、当の長光がどう思っているのかは察して余りある。しかし人影もなく、たまに走り去る自動車くらいしか動くモノの気配がないその場所で、妖威刀と対峙する長光は、心中で己の心と、そして破邪顕正が示す事実と向き合っていた。

 損な役回りに自分があることは、確かにことの発端である人物に問い質したいものだが、正直、それどころではなかった。

 そこには穏便に、などという言葉は介在できそうになかった。

 数珠丸恒次は破邪顕正の力で以って、長光の心の影を照らし、そして囁く。あばいたそれを、長光に突き付ける。


「――報讐のための因果。憎き兄」

「――目的の為の刀を打ち砕く業。その重さ」

「――お前は自らを許せないのだな?」


 長光の心の奥にある感情――。

 それは業遣師である彼が、刀を憎み、砕くという矛盾の真意。

 刀を想い、刀と心を通わせ、響き合い映し合う者は、やはり刀を憎んではいない。憎んだふりををしていても、憎み切れはしない。例え自らの目的の為の必要悪であったとしても、必要悪は必要悪でしかなく。


「主は優しい子じゃ、長光。私はそれをよく知っておる」


 だから長光は、ずっと罪悪感を胸に抱いていた。

 仕方がないと自らを騙し、叱咤し、心を強く保って、これまで長船の太刀を破壊して来た。

 それを数珠丸恒次は彼に突き付ける。

 しかし――。


「しかしじゃ、数珠丸恒次。お主は一つ勘違いをしておる。さらけだされた心。秘めた真意。それを万人が万人とも、自らに悟ることがないとでも思っておるのか? お主があばく心の弱さを、それを人が弱さとして悼むだけだと思うのか?」


 金色の瞳に煌めきを散らしながら、蒔が艶冶に口元を歪める。


「長光は違うぞ……!」


 心の奥に眠る不安定な自己否定の想念。

 それを数珠丸恒次は揺さぶり起こす。


「――罪悪の果ての満願。意志の成就」

「――仇討と復讐の無価値とむなしさ」

「――お前は業遣師である己に失望しておるな?」

「うるせぇぞ! 数珠丸恒次ッ! 破邪顕正の刀だか知らねえがな、俺はてめえの弱さもくだらなさもとっくに知っているんだよ!」


 長光が目を見開いて叫んだ。


「罪悪もむなしさも知って、それでもおさまらなくて為そうとするのが復讐ってモノなんだ。その為に自分を騙して、痛みに耐えて業遣師をやることはどんな感情だろうと、俺の意志だッ! 俺はそれを曲げない。挫けもしねえ。重くて辛いモノ背負ったってなあ、俺は貫いて成してみせるぞッ! みくびるな! クサレ国宝‼」


決意の長光が、雨煙の夜に刃を構える。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ