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「数珠丸恒次」 7


         4

「宮坂さんの話だと、大誠寺署から駅方面に向かって、妖威刀は暴れ回っている、っていう話だけれど」

「ふむ。大誠寺の駅か。また人が多そうな所に行ったものじゃのう。ちと目立つことになる太刀回りじゃが、致し方ないか」

「うん。さすがに場所が場所だから、一般の人達の退避も人除けもできていないっぽいよ」

「しかし宗近よ。学校からは少し距離があいておるのに、走って向かうつもりか? そんなので妖威刀と対峙して大丈夫かのう」

「それなんだけれど…………」


 大誠寺高校の校門正面まで駆けてきて、宗近は一旦足を止め、周囲を見回す。


「話では宮坂さんが迎えに来てくれるんだって。……車かな、やっぱり……パトカーとか。でもそれらしいのは近づいて来てもいないし……」


 ドドドドドドドド……。


「ああ? なんじゃ、いまいち聞き取れんが、宗近?」


 決して美月の耳が遠くなったという、喋り方相応の年齢感が顕れたのではなく、現在のこの場所付近に低く、重い鼓動のような唸りが響き、近づいてきていて、それで聞き取り辛かったのだ。

 宗近が音のする方向を視ると、一台のバイクが猛然と迫り走って来て、彼女の前で停車した。

 銀色のネイキッドフォルム。『GSX1100KATANA』。

 だが二輪車全般に知識も造詣もない宗近には、判別しようもない。しかしその大型バイクの操縦者に見当がついた。警察官の防刃チョッキに制服姿。ヘルメットからのぞく見覚えのある眼。メットを取らないままに宮坂が告げる。


「棟角さん、お待たせしました。こいつで目標のところまで走って行きます。乗ってください」


 その言葉に宗近は思わずたじろぐ。やはりそういう展開になりますか。


「あの……、その、私バイクに乗ったことがないですし、それにスカートだし、刀を持っているし、それにそれに……。あ、そうだ、バイクの二人乗りはいけないんじゃ……」


 宗近のあからさまな及び腰にも、宮坂は気付かずに返す。事態はそれどころではないとばかりに。


「大丈夫です、棟角さん。法規に則れば、二人乗りは高速道路でもОKなんですよ。というか非常時でしょう。いつもの凛々しさはどうしたんです。さあ、乗って!」

「は……はい」


 ヘルメットを受けとると、おずおずと後部座席に跨り、美月を胸に挟んで宮坂の肩に手を添えた。


「……あ、あの。このバイク、ちょっと大きすぎないですか? 正直な話ちょっと怖いのですが」

「リッターバイクですからね。この位でないと、棟角さんのお役には立てないかと」

「あの……、そのう……。飛ばすのはなしの方向でお願いしま……」

「さあ、飛ばすぞッ!」

「ええーっ やっぱり飛ばすのっ⁉」


 宮坂さん、すごく真面目そうなのに、そういうところはお約束すぎます! という宗近の悲痛な貌と、胸の谷間の美月の快い鞘鳴り。

 それに宗近バイク初体験。しかもリッターバイクにニケツ。そこは普通の女子高生らしく、不安も恐怖もあろうものです。


「ひえぇぇぇぇぇ…………ぇぇ」


 発進するカタナの排気音と内燃機関の振動。そして加速度に呑まれて、宗近の絶叫が大誠寺の空にこだました。

 空模様は西の空から崩れ始めていた。



 その頃、大誠寺駅に向かう道筋。

 長光は、自分にとっても少しは見慣れ始めたであろう風景に、騒がしい音の動きだけではない異常を見て取って、足を止めていた。


(警官の数が目立つ。走り回って、連絡を取り合っているな。これは……)


「蒔、感じるか?」


 手にした刀袋に対して、長光は声を掛ける。ややあって彼の刀である 『蒔』 から応答があった。


「うむ。先日辺りからの件の国宝じゃろう、刀の錵は感じておった。今、それがにわかに移動し、活動しておる感じじゃな」

「…………ああ? あれはムネ子が直に祓うんじゃなかったのかよ。移動して活動って、それは妖威刀が暴れて回っているという解釈だろう」

「そのようじゃ」

「何やってんだ、あのアホは」

「どうする長光。今回の妖威刀は破壊する訳にはいかん得物じゃ。それにこの地での目標を達し、もうややもすれば別れる場所。お主には義理も義務もない。それでも行くかの?」


 一瞬だけ長光は 『俺は気に喰わない』 という文字が顔に書いてあるような表情をしたが、それを振り切り、彼は毅然と瞳に彩を灯らす。


「ちっ……どこだ、蒔。そのウスラボケ国宝はよォ」

「待て、近いぞ。半径にしても視界に入る距離じゃ。10時の方向――!」


 視線を走らせる長光。走っていく自動車。行き交う通行人。老人、社会人、学生、婦人、子供――その群れの中に割って入って来た人影。

 一目で判別がついた。

 静かに、しかし昏い異様な雰囲気を纏っている、刀を抱き歩を進める人間の姿。


「あれか!」



 その妖威刀――数珠丸恒次は異様なスガタをしていた。


 それは、怪異の如き畏ろしいスガタを顕現させて、人間の目に映る認識としてのスガタカタチが異様なのではない。

 本来、妖威刀に取り憑かれると、その宿主は妖威刀の刃を振るって人の情念……この場合は斬りつけられた痛みや、人が斬られるのを目にした周囲の人間の恐怖心を、刀そのものに受け取らせるかの如くの行動に出る。

 陀羅尼勝家の時も、大般若長光にしても、その力と害意は周囲に向けられていた。

……しかしこの刀はどうだろう。一見して宿主は、刀身を抜き放つことをせずに、鞘に収まった状態で刀を持っている。それは両の腕で抱えるような格好で、もっと具体的にその様子を述べるのならば、左手で鞘と鍔元を持ち抱き、右手で片合掌をしている。まるで刀を持った宗僧の如き様相。

それは刀身を抜き、禍禍しい黒い光のもやに身を包んだ刃を振るう事をしない、妖威刀として害意の少ない様子にもとれる。

実際、この数珠丸恒次が妖威刀として動きだし、大誠寺署から飛び出してしばらく、刃傷被害を受けたという報告は、警察関係にのぼっていない。


 その数珠丸恒次がしかし、妖威刀としての脅威を振りまいていないのかといえば、実はまったくの日和見といっていい程に、そんな状況ではなかった。

 長光はその光景に自己の内に疑問符が浮かび続け、その処理が一向に進まない状態で、蒔を抜くこともせずにただ立っていた。


「なんなんだ……、この妖威刀は……?」


 宿主が歩き、道行く人とすれ違う。その時、鍔元に昏い光を帯びた “数珠” が顕現した。

 宿主の躰はそして刀身を抜こうとし、数珠がそれを阻む。垣間見えた刀身が光ると、影が綾なし、通行人を照らすと彼はにわかに目の色を変え、汗をながし、困惑した表情を作ると胸や顔、頭を掻いてもがき苦しみ始める。そして 「やめろ」 とか 「いやだ」 「みないでくれ」 などと呻いて苦悶のままに地に倒れ伏していった。

 数珠丸恒次の妖威刀が通った道には、そうした人々の躰が数を増やしていっていた。


「あの妖威刀のチカラは、本阿弥の女の話では読心のようなモノということじゃったが……、どうにも杳として知れんな。ならば打ち込んでみるのも一興かもしれん。多少危険な賭けではあるがの」

「ふん。なら狙うのなら、あの数珠がミソ臭いな」


 鯉口を切り、鞘鳴りとともに雄大な太刀スガタを長光が抜き放とうとした、その時。


「鋒周長光!」




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