「数珠丸恒次」 6
「う~ん。それにしても、先生も言っていたけれど、ちょっと冷たいっていうか。転校を繰り返しているとあんなドライになるのかなあ、やっぱり」
「さあ……、ね」
そこで和穂は、宗近の顔にずいっと自分の顔を寄せて言う。
「けど、ムネちゃんもだよ。ってかムネちゃんはどうなの、そこのところ。同業者とかクラスメイトとか、仲良くないとか色々あるのに、ムネちゃんも何かドライじゃん。乾燥して、潤いがない反応じゃない?」
「………………ん」
和穂の言葉に宗近は頬杖をついて、難しい顔をする。
「何か言っておきたい事の一つもないの? ムネちゃんは。県外に引っ越したら、当分会えないわけなのに。っていうか、シビアに考えたら、もう会えるかどうかわからないのに」
「………………うん」
「短い間でも、ムネちゃんも色々あったみたいなのに、それでいいの? 好感度とか、嫌悪感とかどっちにしてもさ、こうなんか、バシッと一言……それも刀で斬るように鮮やかにさ、何か言ってやらないと。あんまり良くない気がするよ」
「………………うん………………」
先程から淡白な相槌しか打たない宗近に、そこで和穂はふと気付く。
「あれ、もしかしてムネちゃん、どうしていいか解からない乙女状態ですか? ひょっとして。「突然の別れに、私どうしていいのッ」 っていうとまどいフリーズ状態なの?」
「…………ううん…………、どうだろう…………」
割と核心を突いたことを言ったつもりの和穂だったが、宗近の口からは依然としてはっきりしない、曖昧にして模糊の、ともすればうめきのような言葉のみ。
さすがに和穂も、その煮え切らなさに少し怒ったように声を大きくする。
「もう! なんなの、ムネちゃん。そんなんで一体どうするの。キミはどうしたいの?」
「むう………………、どうしたいのかなぁ…………」
宗近は力のない声で和穂を見る。
「鋒周くんは、どうしても自分の意志を曲げる気なんかないし、それは私の気持ちとは別問題だし。それに鋒周くんの行動と、私のこれからの為していくことは、所詮別の筋道だよね。なのに私は鋒周くんに何を望んで、何を言って、何が出来るのかな……って」
「ムネちゃん…………」
――真面目だな、と思う。
宗近という友人の性格は、自分と対する人に向けていつも真っ直ぐで。だから葛藤や齟齬に悩んで、苦しんで。それは宗近でなくとも人が人と交わり、関わり合う中で抱えるモノであるけれど。そしてその問題に対して自分なりの答えを見つけて、人に向けて、対していくのが常なのだ。それに時間がかかる人もいる。
この場合は心が答えを導き出していたとしても、抱いた想いに踏み込む力を持ち切れなくて。
といったところかもしれない。
普段の和穂が知る宗近がどうであるかは、今の場合横に置いておくにして、少なくとも現在の彼女は、自分の気持ちを長光に向けるという、その一歩の踏み込みを躊躇っているように和穂には見える。けれど、それは宗近にもなんとなくで分かっていて、だからこそそれではいけないから苦悩しているのだろう。
「でもね、ムネちゃん。鋒周くんはもうすぐ私達の前からいなくなるんだよ。言いたいことはちゃんと言っておかないと、後悔することになるよ」
「それもこやつは解ってはいるのじゃろうがなあ……」
凛と、囁くように耳に届いた声に、和穂は机の脇に立て掛けられた刀ケースを睨む。
(もう。見守るのもいいけれど、たまにはガツンと言って尻の一つも叩けばいいのに、この人も)
うなだれる友人とその相棒を見て、和穂は肩を竦めた。
その時、宗近の鞄から携帯電話の着信音が鳴り響き出した。
「長光よ。お主も今回はちと人を背負ったかのお」
「そうでもねえよ。いつも通りだ。目標の長船の太刀もぶっ叩いたことだしな」
午後の授業を辞して、身の回りの用意をするために下校しようと長光は、校舎出口に向かっていた。肩には刀袋に納められた長船の真顕斬刀 『蒔』。その道すがらの学校の敷地風景に対して、彼が何かを思っていたのかは定かではない。しかし、
「それじゃがの」 と蒔が切り出す。
「主ももう、五、六年に渡り長船の太刀を減らすことをして来た。その度にお主がどう感じておるのかは、主の鏡命者たる私にはよく分かっておるよ。この間の大般若長光の件で、あの小娘が叫びよった言葉に、お主がいかに心を痛めておるのかも、の」
蒔は長光を気遣うように、優しく拵えを震え光らせる。だが長光はそんな蒔の気持ちを素直に受け入れない。
「余計な気遣いは無用だ。俺には目的がある。それは俺の願いの為だ。人が何かを欲し、望むのなら、相応の代償を払うのがスジってモノだろう。この痛みはそれだけのことだ。だからお前は、最期の刻まで俺と共に在ってくれるだけでいい」
「それだけか、長光」
「ああ……、それだけだ」
もはや校門をくぐり、校舎の外を歩きゆく長光。空を見上げて、彼は何とも無く言った。
その耳に、警察のパトカーのサイレンだろうか。また救急車のモノとも取れる耳障りな音が遠く届いてくる。
「なんかありやがったのかね。この街も田舎だっていうのに、大概だね。やれやれだ」
電話の主は大誠寺署の宮坂巡査長だった。
その緊迫した声は、現在の状況を宗近に知らせ、彼女を立ち上がらせるに十分なモノだった。
「数珠丸恒次が署外に持ち出され暴れています。棟角さん、業遣師として、至急任務の遂行をお願いします」
「ムネちゃん?」
「エリちゃん、私、行ってくるよ」
美月を手にして、宗近は駆け出した。