表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/39

「数珠丸恒次」 6


「う~ん。それにしても、先生も言っていたけれど、ちょっと冷たいっていうか。転校を繰り返しているとあんなドライになるのかなあ、やっぱり」

「さあ……、ね」


 そこで和穂は、宗近の顔にずいっと自分の顔を寄せて言う。


「けど、ムネちゃんもだよ。ってかムネちゃんはどうなの、そこのところ。同業者とかクラスメイトとか、仲良くないとか色々あるのに、ムネちゃんも何かドライじゃん。乾燥して、潤いがない反応じゃない?」

「………………ん」


 和穂の言葉に宗近は頬杖をついて、難しい顔をする。


「何か言っておきたい事の一つもないの? ムネちゃんは。県外に引っ越したら、当分会えないわけなのに。っていうか、シビアに考えたら、もう会えるかどうかわからないのに」

「………………うん」

「短い間でも、ムネちゃんも色々あったみたいなのに、それでいいの? 好感度とか、嫌悪感とかどっちにしてもさ、こうなんか、バシッと一言……それも刀で斬るように鮮やかにさ、何か言ってやらないと。あんまり良くない気がするよ」

「………………うん………………」


 先程から淡白な相槌しか打たない宗近に、そこで和穂はふと気付く。


「あれ、もしかしてムネちゃん、どうしていいか解からない乙女状態ですか? ひょっとして。「突然の別れに、私どうしていいのッ」 っていうとまどいフリーズ状態なの?」

「…………ううん…………、どうだろう…………」


 割と核心を突いたことを言ったつもりの和穂だったが、宗近の口からは依然としてはっきりしない、曖昧にして模糊の、ともすればうめきのような言葉のみ。

 さすがに和穂も、その煮え切らなさに少し怒ったように声を大きくする。


「もう! なんなの、ムネちゃん。そんなんで一体どうするの。キミはどうしたいの?」

「むう………………、どうしたいのかなぁ…………」


 宗近は力のない声で和穂を見る。


「鋒周くんは、どうしても自分の意志を曲げる気なんかないし、それは私の気持ちとは別問題だし。それに鋒周くんの行動と、私のこれからの為していくことは、所詮別の筋道だよね。なのに私は鋒周くんに何を望んで、何を言って、何が出来るのかな……って」

「ムネちゃん…………」


 ――真面目だな、と思う。

 宗近という友人の性格は、自分と対する人に向けていつも真っ直ぐで。だから葛藤や齟齬に悩んで、苦しんで。それは宗近でなくとも人が人と交わり、関わり合う中で抱えるモノであるけれど。そしてその問題に対して自分なりの答えを見つけて、人に向けて、対していくのが常なのだ。それに時間がかかる人もいる。

この場合は心が答えを導き出していたとしても、抱いた想いに踏み込む力を持ち切れなくて。

 といったところかもしれない。


 普段の和穂が知る宗近がどうであるかは、今の場合横に置いておくにして、少なくとも現在の彼女は、自分の気持ちを長光に向けるという、その一歩の踏み込みを躊躇っているように和穂には見える。けれど、それは宗近にもなんとなくで分かっていて、だからこそそれではいけないから苦悩しているのだろう。


「でもね、ムネちゃん。鋒周くんはもうすぐ私達の前からいなくなるんだよ。言いたいことはちゃんと言っておかないと、後悔することになるよ」

「それもこやつは解ってはいるのじゃろうがなあ……」


 凛と、囁くように耳に届いた声に、和穂は机の脇に立て掛けられた刀ケースを睨む。


(もう。見守るのもいいけれど、たまにはガツンと言って尻の一つも叩けばいいのに、この人も)


 うなだれる友人とその相棒を見て、和穂は肩を竦めた。

 その時、宗近の鞄から携帯電話の着信音が鳴り響き出した。

 


「長光よ。お主も今回はちと人を背負ったかのお」

「そうでもねえよ。いつも通りだ。目標の長船の太刀もぶっ叩いたことだしな」


 午後の授業を辞して、身の回りの用意をするために下校しようと長光は、校舎出口に向かっていた。肩には刀袋に納められた長船の真顕斬刀 『蒔』。その道すがらの学校の敷地風景に対して、彼が何かを思っていたのかは定かではない。しかし、


「それじゃがの」 と蒔が切り出す。

「主ももう、五、六年に渡り長船の太刀を減らすことをして来た。その度にお主がどう感じておるのかは、主の鏡命者たる私にはよく分かっておるよ。この間の大般若長光の件で、あの小娘が叫びよった言葉に、お主がいかに心を痛めておるのかも、の」


 蒔は長光を気遣うように、優しく拵えを震え光らせる。だが長光はそんな蒔の気持ちを素直に受け入れない。


「余計な気遣いは無用だ。俺には目的がある。それは俺の願いの為だ。人が何かを欲し、望むのなら、相応の代償を払うのがスジってモノだろう。この痛みはそれだけのことだ。だからお前は、最期の刻まで俺と共に在ってくれるだけでいい」

「それだけか、長光」

「ああ……、それだけだ」


 もはや校門をくぐり、校舎の外を歩きゆく長光。空を見上げて、彼は何とも無く言った。

 その耳に、警察のパトカーのサイレンだろうか。また救急車のモノとも取れる耳障りな音が遠く届いてくる。


「なんかありやがったのかね。この街も田舎だっていうのに、大概だね。やれやれだ」



 電話の主は大誠寺署の宮坂巡査長だった。

 その緊迫した声は、現在の状況を宗近に知らせ、彼女を立ち上がらせるに十分なモノだった。


「数珠丸恒次が署外に持ち出され暴れています。棟角さん、業遣師として、至急任務の遂行をお願いします」

「ムネちゃん?」

「エリちゃん、私、行ってくるよ」


 美月を手にして、宗近は駆け出した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ