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「数珠丸恒次」 5



          3

「やれやれだわ。体調不良で早退したとはいえ、本当なら提出物は自分でちゃんと処理しなきゃだよね」


 大誠寺高校の管理棟、職員室へと昼休みの自分の時間を割いて足を運ぶ和穂は、そんな愚痴をこぼす。

殊更に人の世話を焼くことに抵抗のない彼女といえど、それを依存とは言わなくともアテにしてしまい、自らのすべきことを疎かにする輩を許容する気はない。それでも気分が優れない顔色で頼まれれば、無下にもしないのが彼女という人物なのだが。

 そんな自分に自覚的になることろもあるので、クラスメイトに対しての戒めを、担任教師の鯉朽先生にも一言述べてやろうかと、そんな気を以って和穂は職員室に這入る。


 すると目当ての鯉朽教諭は、現在ある男子生徒と何やら話し込んでいる最中だった。

 邪魔をしては悪いかと、その男子から三、四歩さがった脇で待機しようと思った和穂は、彼に見覚えがあることに気付く。


(あれ、あの美形は鋒周くんじゃん)


 珍しい……というか、彼が職員室に居るというのはどうにも、クラスでの素行や成績からしてみれば奇妙な、そぐわない感じがした。


(だってムネちゃんは気付いていないだろうけれど、鋒周くんて態度の悪さの割に評判良いしね)


 となるとこれは案外その逆で、対宗近でも表れているような悪い意味で捉えれば、長光は教職員に指導の意味で呼び出されたりもするのかもしれない。

 和穂がそんな感慨で、のっぺりとした表情を作っていると、耳に入って来た鯉朽先生と長光の会話は、彼女の予想に反するモノだった。


「そうか。まだたった半月だが、仕事の都合じゃ仕方ないか。お前もその年で大変だな」

「いや。慣れている事だよ」


 何だろ? 『仕事』 ? と思う間もなく進行する二人の会話。


「クラスの皆にはどう言っておく? 送別会とかは女子がしたいっていう奴が多そうだが」

「必要ないですよ、そんなモノ。俺も転校続きなのはもう慣れたものだしな。感慨もない」

「感慨ないって、さすがにそれは冷たいな……。まあ、お前のことだから、強要するのは良くないかもしれんが。でも、気の合う奴くらいには、一言は言って行くんだぞ」

「まあ、適当にやっとくさ。それよりも教育委員会とか、話を通してもらって面倒かけました。どうもです」


「ちょっと、鯉朽先生。鋒周くん転校するんですか?」


 たまらず横から身を割って入り込ませて、和穂が事の次第を確認しようとした。鯉朽先生は 「聞かれたかぁ」 とバツの悪そうな顔をした。


「うん、まあそういうことだけれど、あんまり騒いでやるなよ、樺衿角。鋒周も望んでないようだしな」

「…………はあ」


 ちらりと長光の顔を盗み見るも、彼はいつもと変わらない端正で無表情。

和穂は、それ以上を話そうとはしない先生と長光に見切りをつけ、自分の目的を済ませるとその場を後にした。

職員室を退室する際に、扉の所で長光たちの方を見ると、まだ何やら話し込んでいた。それに背を向けて和穂は教室へと戻った。



「え⁉ それ確認本当なの? 樺衿角さん」

「そんなっ 我がクラスの、いいえ、我が校の至宝となり得る貴重なイケメンの、鋒周くんが!」

「美しい宝石のような潤いがッ 我々の前からいなくなるなんてぇぇぇッ!」


 クラスに戻ってきた和穂は、長光が早くも転校して去ってしまうという話を、取り敢えずのつもりで宗近に話した。しかしクラスにおいて、密かなトレンドワードになりつつあった鋒周長光という単語に、耳が鋭敏になって喰いついたクラスの女子たち。すぐさまその話題を拾い、真偽を知るや、半ば発狂したように悲痛を叫び合った。


「ああ、うん、らしいよ。でも先生にも鋒周くんがウザがるから、静かにしてろって言われたんだけれど」

「ちょっ! それが本当だとして、いつなの? 鋒周くんは、いえ。美顔の至宝、大誠寺の輝ける明星とまで囁かれた “N・A・G・A・М・I・T・S・U” はいつこの学校から去ってしまうのォォ~~~ッ」

「いやぁぁーーっ 哀しすぎるわっ 何たる損失! 文化財保護の観点からしても、鋒周くんにはなんとか思いとどまってもらわないと!」

「そんな無茶な」


 女子生徒たちの昂ぶりに、若干引く思いの和穂。そこへ話の輪にクラスの男子生徒までもが加わってくる。


「なんだなんだ。長光のやつ、もういなくなるってのか? けしからんな。奴とはまだ拳を交えていないってのに」

「そうだよ。僕との 『真・イケメンモテ男子対決』 も途中だというのに、そんなのは許されない」

「俺、あいつに特盛カツサンドをおごったのを、まだ返してもらってねぇぞ!」


 わいのわいのと盛り上がりをみせる長光の転校の話題に、驚かされる思いの和穂だった。


「あはは……。鋒周くんって、意外に人気だったんだね、ムネちゃん。……ん? ムネちゃん、どうしたの」


 見ると周囲の喧騒の最中にありながら、静かに机についている宗近は、気のない表情でそれらを見遣って、


「……そっか、鋒周くん、転校しちゃうんだ……」


 と、今更のようにぽつり、と漏らした。


「うん。早いよね。まだ十日ほどしか経ってないっていうのに。なんか仕事の都合とか話していたけれど」

「きっと、例の刀を追ってまた別の地方に向かうんだよ。ツバメさんの話じゃ、鋒周くんは今回も、それで大誠寺に立ち寄っただけにすぎないってことだからね」




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