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「大般若長光」 10



「しかしまさしく写しの大般若長光。それが生み出された経緯のままじゃな」


 柄を握る手の内をあらため、美月と会話をする宗近に彼は続ける。


「つまり、正真の大般若長光に迫り、勝るモノを造ろうという刀工の執念や妄念。それがあの刀の内に宿り、今何らかの切っ掛けで妖威刀として発現したのじゃろう、という事じゃ」

「執念……、妄念、か…………」


 先程の一室での騒ぎは、すると妖威が取り憑き、人の内のそうした感情を刺激した結果、宿主が暴れていたという事かもしれない。そう解釈できる。宗近はそのように理解して、そしてそういった心は自分の内にも在るのかな、と微かに笑う。


「なあに。別にお前さんに限った話でもない。きっと誰にも在って、そしてあの小僧もきっと、そんなモノに捉われておるのやもしれん。しかしそんなモノは人の一面に過ぎん。あやつも、妖威刀としての刀の魂もな」

「うん。だからこそ行こう。美月」


 宗近は瞳を閉じて、意識を手にする太刀、三日月宗近 『美月』 と鏡命させる。

 心が刀の内の魂と共鳴し、鏡映しになるイメージ。水面が静けさを帯び、やがてそこに自身と刀が映り重なる。それを静かに成した時、美月の刀身は煌めきの刃文を纏い、三日月の打ちのけを浮かび上がらせた。


「くるぞ!」

「吽!」


 斬戟の交差は一瞬。

 三日月の光の粉が綺羅綺羅と舞うとともに、仙人の男面は真っ向から断割されていた。歪んだ口元からは針の刃が飛び出す寸前で止まっていた。宗近の打ち込みが、妖威の攻撃の初動速度を上回り、炸裂したのだ。

 霧散する妖威を見遣り、宗近が告げる。


「捉われることをしても、今はもうおやすみの刻だよ、大般若長光……」


(やれやれ、刀自体が目の前になかったことで、宗近の気と刀技が巧いように作用して振るわれたか。微塵の迷いもない、見事な一撃じゃった)


 美月の声を受けとっている宗近は、しかしそれよりも、気に掛けていることを思い出し、振り返る。


「鋒周くんはッ?」




 鋭い刺突が寸でのところで制止していた。

 一撃を受けとめたのは、蒔だった。両の掌で、妖威の般若面の口から突き出された刃をがっちりと、力押しされることも僅かもなく、受け止めていたのだ。蒔は外見の女生にそぐわず、金剛力を有していた。

 すでに相として歪み切っている般若の面が、更に怒りと憎しみに染まっているように低い唸りが起こる。刃を挟んで膠着した妖威と蒔に、傍らに構えたたずむ長光がゆらり、と動いて言った。


「今ァァ、ぶち壊してやるぞ……ォ。クソ野郎ォォォォォッ!」


 気合とともに長光が太刀を振るい、顕現した妖威の面を叩き斬り、連撃で般若の刃を細々に截ち斬った。


「蒔、いくぞ…………ッ」


 鏡命刀の魂を、手にする備前長船の太刀に纏わせ、祓いの刃を形成する長光と蒔。その刃は放電したように電気の粒子がほとばしり、青紫の光と陰を周囲に反映させた。

 そして放たれた――渾身の一撃。

 正確に斬尖が妖威刀の本体である大般若長光の刀身を捉え、そして雷の粒子が伝播し、妖威刀の内側を焼き焦がしているように、刀身の黒い光を蝕む。やがて黒い光のもやと、青紫の光がともに晴れ、霧散していこうという、その時。


「死ィィィィィィィイ―――ッッ ねぇぇぇェェェェェええええッッ!!‼‼‼」


 狂想ともとれる気合と共に、長光が刀に込める力を更に加え、突きの斬尖を更に更にと押し込んで、大般若長光の刀身に攻撃の加算をしていく。一切の躊躇いも容赦もない突き。崩し、突貫し、破壊する為だけに振るわれる太刀。

そして。


「いかん!」

「鋒周くん!!」


 宗近と美月が目にしたその光景は――彼女の瞳に映ったのは。

 名のある名刀が無残にも断割され、四々散々に砕け散る光景であった。




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