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「大般若長光」 8



 宗近と和穂が駆け付けると、それは見学控えの一室で、二人の男子生徒が周囲の生徒の首に手を伸ばして、あらんばかりの力でしぼり、締め上げている光景であった。


「な……っ 何してるの!」


 和穂の叫びと一室の混乱が重なり、そして気付く。男子生徒の先程までの普通の状態から、酷く歪んだ生気のない顔。そのままで能面の怪士や鷹の如き形相。


「エリちゃん、あれ!」


 天井付近を指し示す宗近の声に、見るとそこにはひゅんひゅんと、ゆらりゆらりと、人間の顔が舞い回っていた。そしてひとつひとつの貌は痛烈な負の感情を宿した表情。


「あれは能面の 『痩男』 や 『蛙』、それに 『泥姫』 や 『橋姫』 とかじゃん……! なにこれっ 何なの⁉」


 眼前の怪異に、狼狽を隠せない和穂。そんな彼女に構わないといったように、橋姫の面がひゅん、と飛び、ひとりの女子生徒の顔に覆いかぶさった。


「ひぃぃいっ あぁぁあああっ」


 叫びとも呻きともとれる声をあげる女子の声がおさまると、能面は彼女の顔面に吸い込まれるように消失し、次いで脱力した風に両の腕をだらりと提げる。そして彼女は奇声を発して隣の女子生徒に掴みかかった。その貌はまさしく橋姫の能面。兇相の女子が、抵抗する女子生徒と揉み合いになっている一方で、二人の面をした男子生徒を含めて、場は半狂乱の空間と化していた。それを嘲笑うかのように、彼らの頭上では能面がくるくると飛び交っている。その面構えは、醜悪そのモノであった。


「ど、どうしよう、ムネちゃん……」


 と、和穂が藁をもつかむ心持ちの、拠り所を求めて口を開いたのよりも早く――しかし、宗近は動き始めていた。

掴み合う生徒の能面顔をした方へ、一人、また一人と首筋への当身を喰らわせると、あっさりとのその暴挙妄動を喰い止めた。そしてくずおれる彼らを横目に、すらりと美月を抜き放つ。


「行くよ、美月」

「了解じゃ」


 応じる声と共に光を持ち纏う刀身から、白金の狐が立ち現れた。そして軽やかに宙に舞いあがると、廻り舞う能面に鋭利な牙を突き立て、地に引きずり下ろす。宗近がその恨みがましそうな相の面をすかさず一太刀に叩き斬ると、能面は奇声をあげて霧散した。それを確認し、同様に標的を減らしていく。光り煌めく狐と、舞い叫ぶ能面と、それを刀で制する同級生。


「……はわわ、何これ……。ムネちゃん……」


 もはや和穂が動転し始め、その限界を迎えようという頃には、何とか宗近が飛び交う怪異の面をすべて消滅させていた。


「大丈夫? エリちゃん。他の皆も……」


這うような姿勢で半べそをかく和穂が、どうにかこうにか口を開く。


「……あんまりだ丈夫じゃないけれど、何なの、これ……もう。百万国時代村のアトラクション、じゃないよね……」


 複雑な表情で返す宗近に、狐のスガタを収束させて、、美月が声をかける。


「宗近、この面の本体は別にある。憑かれた者が意識を失っただけで鎮まったのも、そのお蔭じゃろう。本体はおそらく、長船の太刀の小僧が交戦中じゃ。ワシらも向かった方がいいじゃろう」

「……わかった。ごめんね、エリちゃん。巻き込んじゃって。後でちゃんと説明するから」


 そう言った宗近の顔は、和穂のよく知るいつもの穏やかな宗近の笑みで、しかし刀の柄を握る手は、緊張を露わにしているのが和穂にも見て取れた。だから和穂も、今の事態は切迫していて、宗近がそれをどうにか収めようと気を張っているのなら、自分は彼女を困らせるべきではない、と考え至った。だから、おっかなびっくりで、多少の無理見栄ではあるものの、宗近を真っ直ぐ視て、懸命に彼女は言う。


「……う、うん。まあ、よくはわからないけれど、荒事っぽいからムネちゃんも気を付けなきゃ駄目だよ。……こ、ここは私がお世話しておくからさ」


 それは心強いね、と頷いて返すと、宗近は美月を手に疾く駆けた。


 江沼神社――敷地内。

 鬱蒼と茂る木々や、池に掛かる桟橋を超えて、目標を――妖威刀を追尾し、交戦する長光。

 妖威刀が宿主を介して放つ斬撃が、境内の灯篭を半分に断割する。

 先の陀羅尼勝家に比べて話すのならば、取り憑かれた肉体自体をよく操って動かしている妖威刀である。

 しかしその剛の太刀に怯むことなく、自らの業前を繰り出す長光。その苛烈極まる勢いの太刀筋の応酬に、宿主は刀身をあやつる間隙も与えられずに、その刃に連撃を浴びた。その度に長光の手にする鏡命刀、備前長船 『蒔』 の発する錵の光が、妖威刀に伝播して、震え、反発する。


「どうだ、蒔。解ったか?」

「ふむ。そうよの。主とて察しがついておるところじゃろうが、紛れもない刀よ。あれは “大般若長光(だいはんにゃながみつ)” じゃな」

「正真か?」

「いや、おそらく 『写し』 じゃ。されど真顕斬刀ではある」

「はあん。長船後代の模倣作か。しかし長船系であるのは間違いないようだな……」

 

 口元を歪めて、瞳の彩に危険味を宿らせる長光。それに対して蒔はかすかに笑い、告げる。


「報仇雪恨。それが主の願いならば」

「ああ。こんなに早く、こんな学校のついでの場所で出会えるとはな。――この妖威刀は、俺が截つ!」


 抜きさらしの蒔が、その刀身の煌めきを波打つように膨れ上がらせ、そして膨張した光が粉を散らし、やがてその影からカタチを浮き上がらせ成していく。像を結んだ女化生が、艶然とした口元を作る。そして声を重ねて――心を重ねて顕現する。


「備前長船 『蒔』、顕現。推して参るぜ!」


 長光が妖威刀 『大般若長光』 の攻撃範囲――その死地へと、果然と踏み入った。




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