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「大般若長光」 6


「ああ、鷹衛。宿題は済んだの?」

「楽勝だよ、あんなの。それより梅の実まだ採らないの? 早くしようよ、お母さん」


 駆け寄ってくる一児の息子に、ツバメは椅子から立ち上がって向き合う。


「そうやね、日が高うなって、暑くなる前に取り掛かろうね。宗近ちゃん、鷹衛も手伝ってくれるんやて」

 

 鷹衛が、今度は宗近の方に寄っていくと、腕を彼女に伸ばす。宗近は膝に手をつく前かがみで彼を見遣る。前傾姿勢なので、豊かな実がたゆんと揺れた。


「宗近、よく手伝いに来たな! そのまま俺のお嫁になりに来てもいいんだぞ。わふわふ白山登山!」

「きゃっ 鷹衛くん!」


 目の前の深い谷間に顔を埋める鷹衛。そのまろまろ柔らかい感触を楽しむように、頭を左右に揺らしている。それを咎めるように、ツバメが9歳児のお尻を平手で勢いよく叩いた。スナップが良かったのか、それとも鷹衛のお尻の張りが良かったのか、とても響きの良い音がして彼は身を縮こませた。


「ふぐぅ……。ふ、ふふんっ 冗談はこのくらいにしておこうかな」


 と、涙目でお尻に両手を当てる鷹衛を、長光が横から見つめていた。

 二人の男の子が視線を絡める。


「……………………」

「……………………」


 一室に沈黙が降りた。

宗近もツバメも二人の動向を静観している。


(鋒周くん、あからさまに子供とか嫌いそうだよなあ。ここから大乱闘に発展しなきゃいいけれど)


 宗近の心配の外で、鷹衛は両手を顔に移すと、左右の頬をなでる仕草を見せる。それに対してでいいのだろう、長光が頷いて返した。直後、長光は先程の宗近よりも身をかがめ、鷹衛と目線の高さを合わせると、堅く手を取り合った。男同士のシェイクハンドである。


「あらあら、何やら意気が通じ合うたみたいやねえ、この二人」


 頬に手を当てて首を傾げるツバメを視て、宗近は自分の方こそ首を傾げたい思いだった。


 それからしばらく、穏やかな風と陽光の指す庭先に出て、枝振りが立派な梅の木の実を採り入れる作業が、ツバメ、宗近、鷹衛、そして心を通じ合わせた最年少者に誘われて、長光が加わり行われた。


「うおおっ 高っけぇ――ッ 長光、これ凄いぞ! 長光さいこうーっ」


 長光に肩車された鷹衛が、はしゃいだ声をあげている。その横で、枝に付いた実に剪定鋏を伸ばしていた宗近とツバメが、それぞれの面持ちで見守っていた。

息子同様に楽しげなツバメと、内心で複雑である宗近。

 それもそうかもしれない。

 宗近の印象である長光とは、もっと人を小馬鹿にした人間だと思われていたのだから。だから彼と出逢ってからこっち、会話の度に不機嫌を強いられてきた宗近としては、もう長光にそういう評価を下しかけていたのだ。無理からぬ事ではあるかもしれないが。


 だが、今の子供と戯れて、視た事のない趣の貌をしている長光に対して、宗近は思う。子供というのは少なくとも、自分を見下した大人には決してなつかないモノだと。そういう意味で、長光は鷹衛に対して対等の目線で接することをする――しっかりと “鷹衛という人間” を見て、接することをしているのだ。

 宗近は長光が、自分をよく知りもしないで軽んじているのだとばかり思っていた。だからこれは、ちょっとしたパラダイムシフトである。


「宗近ちゃん、“一期一振” は知っとるやろ」

「はい? 粟田口藤四郎吉光ですよね。現在は御物の。突然なんですか? ツバメさん」

「いやな、あの二人と、そして宗近ちゃんを見とったらな、思うたんよ。というか、思い出したともいうべきか」


手を止めずに、何とも無しに耳を傾ける宗近に、ツバメも気負った風もなく続ける。


「本来の謂れとは別の意味合いになるやろうけれどな、刀と人の出逢いや、その縁と同じでな。人と人との出逢いも何らかの意味が、そこに備わっとるんやと思うんよ。宗近ちゃんが陀羅尼勝家を手に掛けた戦場で、長光くんに出逢うたいうのんは、やはり何らかの意味がある気がしてならんのや」


 ま、迷信のたぐいやと思うて聞いといて。とツバメは続けた。


「それに、彼との必然性はともかくな、今の宗近ちゃんは出逢いによって変化を受けとるようやし。それが良い意味か、はたまた逆の意味であるかは、確かに問題ではあるけれども、それとその人への評価を直結させたらあかんよ。現に長光くん、ぶっきら棒やけども、ええ子やないの。美形やしね」


そうして笑うツバメに、宗近は首をひねって口元を歪めた。


「本当、よく解らない人ではあるんですけれど、ああしているのを視ると、なんだか心が和む気がするのは……ちょっと、なんか、ずるい気もしたりして」


 梅の木の豊かに熟した実が、ぽろり、と一つ地に墜ちる様を、宗近は気付かずに、作業を続けたのだった。


 工房、建物内。

 今はこの場にいない宗近と長光の荷物が置かれた、刀鍛冶用の一室――その隅にある二振りの太刀。三日月宗近 『美月』 と備前長船 『蒔』 から、それぞれに人のスガタが顕現していた。


「ほう。あの小僧、そういう訳で業遣師をのう。なるほど、のう……」

「そうじゃろう。しかし長光があの小娘に邪険にするのは、まあ別の所以かもしれんがの」

「ふむ、しかしその方法論はのう。これは宗近にとっては、辛いモノを目にすることになるかもしれんのう……」


 鏡命刀の二人が、ここに来てようやっとの会話を交わしたそれは、果たして宗近にとってどのような意味を持ったのか。しかし美月は、それを胸に秘めて尚、蒔に対して不敵な笑みを送った。




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