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「大般若長光」 4


 自分の業前を褒められることに対して、それ程の感慨も関心も――まして感動もそれほどでない、求道の精神者でもある宗近であったが、この時は何故か、どうしてか自分でも解らずに、そしてまったくの不可解で曖昧模糊。漠として杳と知れず、晴れない空の様に太陽の位置が判然としない……けれど陽光から感じる温もりを、その身に受けたような……そんな気分になった。

 それだったからという訳ではないが、宗近は長光から視線を反らしていた。


(もう……、何か特別なことを言われた訳でもないのに、何を戸惑っているのかな、私は……)


 和穂が言っていた言葉が、不意に脳裏に思い返されてくる。


『鋒周くんは、人を突き放すモノ言いをしているけれど、その心の内で何を考えているのか』

『彼を本当に隔絶するかどうかは、それから決めても遅くないんじゃないかと思うんだ』


 ぶんぶんと頭を振り乱す宗近。黒い綺麗な髪が散散(ちち)に舞う。


(ううん。これくらいであの悪鬼羅刹……まさしく般若のような鋒周くんに心を許すとか、ないよ。断固なし。なしなしなしなっしんぐー! ですっ)


 取り乱した自己を鎮めようと、無暗に躍起になっている宗近の隣で、正座した子束が喝を叫んだ。


「うおおおおっ 俺! 全敗ッス! 情けないッス! まだまだ修行が足りないッス―――ッ! でも先輩たちが鬼強くて、メチャ嬉しいッス! やる気出るッス! 燃えるッスよッ」

「子束くんは静座が出来ない子だねえ」

「ま、やる気があるのはいいんじゃね?」


 高貝と栗潟が笑い合う。


「時に鋒周。お前も棟角と同じで、自分の刀を持ち歩いているんだな」


 体育館の隅に置かれた部員の荷物 (ちなみに総刀部には、活動場所はあっても部室がない。宗近は隣の柔道部の更衣室で道着に着替えている) の中、立て掛けられた濃紫の刀袋を指して、部長はニヤリと笑う。


「良かったら少し見せてくれないか? 俺らもこういう部活だから、当然刀顕にも興味はあるのよ。どうだ?」


 部長の頼みに、しかし長光は、間を置かずにゆるゆると首を横に振って応える。


「そうか、駄目か~。まあ、棟角も未だに見せてくれないし、そういうものかもしれないな。我が太刀は易く抜きさらすに非ず――ってか? てか?」

「まあそんなところだ。悪いな」


 そんな長光の様子を、宗近はなんともなく見つめていたが、しかし長光の刀袋のすぐ横に立て掛けれた美月だけは、ずっと意識を巡らせていた。

 注視して――探りを入れていた。

 それはその刀に、美月が何かを感じていたからに他ならないのだが……。


 放課後の部活動も仕舞いの刻限を迎え、宗近たちは体育館道場の清掃と、身支度を整えると、校門の前まで部員全員そろって歩いてきていた。

 大誠寺高校の校門といえば、数十年前の改築によって、檜造りの威厳を秘めた門構えになっており、武道を嗜む者でなくとも、わびさびの精神に感じ入るスガタを誇っていた。

 その門の下で、部員たちは別れを告げて散開していく。

 宗近も皆に礼儀正しく挨拶をして――それは背後に立つ長光にも同様で。しかし若干硬かったかな? と宗近は述懐するが――さて帰宅しましょうか。と、そういえばツバメさんからの連絡はまだないな、などと考えるともなく考えていたところ、その宗近の背後から声が掛けられた。


「おい、棟角」

「わっ 鋒周くん⁉ ……何かな? もうみんな帰っちゃうよ」


 困惑の色を解り易く顔に張り付けた宗近に、長光は涼しい瞳で告げる。


「俺が話したいのはお前だ。お前だけだ」


 突然の――まるで何か特別な意図を含んだ、穿ってみるとそれはまるで、男女の告白めいた長光のセリフ。それに宗近は、不覚にも胸が一気に高鳴った。

 抑えようとしても抑えきれない。ムネがムネムネ……否、ドキドキ状態である。

 それでも何とか、こらえ堪え、絞り出すように宗近が出した言葉は、


「何の話かかかな? わた、私は別に、鋒周くんに怒ってなんかいないんだからね⁉」


 という自キャラが指向性を見失ったモノだった。

 だが長光は冷静な表情で、そっと口元を結び、手を伸ばしてきた。

 そして、その手が――指が差し、示す。

 宗近の肩に掛けられた刀ケース。その中に在るであろう、『美月』 を。

 赤面して、この状況に何が何やらパニック状態の宗近に、やれやれ、と美月の声が響いてくる。


「宗近。お前さんは何をラブコメっておるのじゃ。こやつがあの祓いの折に割って入った男なら、考えられる線がいくつかあるじゃろうが」


 美月の声に、ようようと落ち着きを取り戻していく宗近。そして、彼の言葉の意味を考えていく。


「考えられる線?」

「こやつが何故あの場におって、そして何故この学び舎に現れて、そして何故ワシの存在に気付いて、こうして話し掛けてくるのかについてじゃ。宗近よ、言うてしまえばな、こやつはずっとその手に在る刀から錵を発して、こちらを窺っておったのよ」

「え…………? じゃあ」


 その条件と、状況証拠から導き出される答えを、宗近は……そして美月も一つしか知り得ない。そう――長光は。


「あなたも業遣師なのね……、鋒周くん」


 宗近の言葉に対して、長光は肯くでもなく、静かな動作で刀袋の結わえを解いていき、そして刀を――否、太刀を表に取り出した。

 冷たく煌めく――青紫の蒔地の鞘。

 彼の刀技の剛性をそのまま表したかのような、質実然としながら、華を湛えた拵え。長光は、その太刀を半身まで刀身を鞘から抜きさらす。

 夕刻の陽が放つ光子を纏い、さんざめく彼の刀身の煌めき。その眩さに、宗近は瞳を細めて、そして瞬時に理解した。長光の手にする太刀の、真性。その答えを。


「それは……その煌めきは、まさか真顕斬刀……⁉」


 驚嘆の相で、宗近が己が瞳にその刀身を映す。硬質な刃が夕日に煌めく、丁子乱刃の刃文。


「そうだ……。備前伝、長船系の銘打ち。正真の真顕斬刀。俺の……相棒だ」


 長光のその言葉とともに、長船の太刀の刀身がゆらりと煌めき、そして光子が増大していく。やがて膨らみながらカタチを成し――顕現する。そのスガタは、朱色の着物と甲冑を纏った女化生(おんなけしょう)だった。髪が足元に付くほどに長く、瞳の色は美しい金色をしている。その奥には蒔きを散らしたように、星が散ざ輝いて魅える。


「備前長船 『蒔』。顕現」


透き通った声が、名乗りをあげる。


「鏡命刀…………」


 身を硬くし、宗近は息を呑む。長光は、彼女に宣言するように抜き放った長船の太刀の、その斬尖を向ける。


「俺がこの街に来たのは、ある刀を……、妖威刀を狩るためだ。お前の実力がどれ程のモノだろうと、そいつは俺の獲物だ。だからよぉ……」

「あははははははははッ」


 哄笑し、蒔が着物の袖を振りかざして迫ってくる。轟とした旋風が巻き起こり、宗近は思わず美月を取り出し、構え持つ。その様子を歯牙にもかけずに、長光は続ける。


「お互いに業遣師だからな、お前の仕事とぶつかったとしたら、その時は奪い合いだ。俺は全力でお前の獲物を横取りするぜ」


 威嚇だったのだろう。長光の手元に戻っていった蒔が、長光にしなだれかかった。


「このような小娘如き、長光が相手に敵うべくもない。しかし、何事も武士の礼の心よ」

「憶えておけ、棟角宗近。三条のニセモノさんよ……」


 突きつけられた太刀の斬尖が、夕日の光を反射させて、宗近の網膜にその鋭さを刻み付ける。それとともに、宗近は告げられた宣戦布告を反芻しながらも、長光の手にする真顕の刀の美しさに、瞳と心を釘着けにされていた。




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