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「大般若長光」 3

         2

 県下にある刀技流派の道場や、学校が修める流儀も多々あるのはこの地方でも変わらない。武術も刀技も諸流繁盛でこそ、刀というモノの存在意義も薄れずにいられるというモノであるならば。宗近だけでなく地元の刀技修練者も異存はないところであった。

 大誠寺高校の 『総刀部』 とは、流派に拘らずに、刀技の “流風” に主眼を置いた修練を、活動目的の主眼として掲げた部活動である。


「流風ってのは、知っての通り刀技の風味さ。我が総刀部は懸待表裏の理をそれぞれ 『剛』 の流風、『柔』 の流風、また 『正』、『変』 のそれぞれの太刀に顕わす。それを総合した鍛錬を以って “総刀部” という。刀技の流派流儀と別モノにする理由は簡単だ。型に囚われない自在な太刀の体現をこそ、流儀としているという事なのさ。その分他流の技や型の検証研究も積極的にやっているぜ。噂の転校生である鋒周長光くんは、そこを行くとどういう刀技の流風なのか、ひとつ聞かせてくれないか」


 部活動が行われる第二体育館。畳張りの二面使用の空間、その一角の床にカラーテープで区切られた活動スペースで――大誠寺高校総刀部部長の栗潟啓吾(くりがたけいご)は、そう言って軽そうな笑みを作る。体格も普通で、顔つきもどちらかというと軟派な印象。威厳はまるでない雰囲気ではあるが、この部活動を統べる三年生である。


「流儀はこれといって無い。しかし得手は刺突だ。流風で技を語るのは好みだぜ。県下で刀技を修められる学校で、この大誠寺高校がもっとも自分に合っていると、そう思ったから転校してきたようなモノだ。よろしく、部長さん」

「ああ、よろしくな、鋒周くん。いやあ、話が合いそうな奴が入って来てくれて嬉しいよ。人数少なかったからなあ」


 快活に、多少の軽薄さを含ませて笑う栗潟部長を横目に、宗近は正直驚いていた。

 何が驚きの対象かといえば、ここまで数回長光と話した中での宗近の知りうる限りで、彼がこうも冗長に会話をしているのを、一度として耳にしたことがなかったことだ。


(鋒周くん、こんなに喋れる人だったんだね……)


 部活用の袴に道着という姿で座す姿勢を、身を捩るようにもぞもぞとしながら、宗近は長光の冷めた美貌を半ばの不可解を以って見遣る。


「うちの部員を紹介しような。まずは部長の俺が三年生。ロンリーウルフと呼んでくれ。で、二年生は高貝と、紅一点で我が部の潤いにして豊かなふくらみがドリーマーな棟角」

「先輩、何を言っているんですか。セクハラで訴えちゃいますよ」


 半眼じと眼の宗近に、栗潟は軽く笑いとばして流す。


「それであとは一年生の子束(こづか)だ。鋒周を入れても5人の小所帯ではあるが、ウチははっきり言って個々の力量は強いぞ。県下の他流試合では常勝無敗だ。いえーっ ……ただし子束以外だけれどな」

「でも公式戦には出れないんですけれどね。個人戦以外」


 と、高貝。こちらはすらりと背が高いのが座していても判る。爽やかで穏やかで落ち着きがあり、好青年然とした男子である。同級生の宗近たちと、後輩の子束にも敬語で話すのは彼の性格だろう。


「ま、刀技の研鑽に冠位なんざ空々しいってモノさ。我が道を征こうや」

「部長―っ! 自分は公式戦でも我が総刀部の力を、他校の連中に見せつけてやりたいッス! 部長たちマジ強いんスから、成せば成りますッスよー!」

「少しボルテージ下げようね、子束くん」

「あっ はい! すんませんっしたぁ! 棟角先輩」


 一見して山猿という印象がしっくりくる風貌。子束はまだ中学生の余韻が濃厚な少年だ。どちらかといえば、隣で活動する柔道部にこそ似合いそうなタマの生徒なのだが、彼は刀技の道に憧れがあるらしいので、多くは言うまい。

 後輩に対してもやんわりとした物腰の宗近を横目に、長光は体育館道場の隅の刀掛けにかけてある木刀を取る。


「ふふん。まあ、顔合わせよりも太刀合わせってところか。じゃあ早速全員で総当たり戦をするかね、今日は!」



「……と意気込んで始めた訳だが、鋒周は大した腕だな」


 道場の床の上に全員で環座して、試合後討論が行われていた。

『部長・栗潟――二勝一敗一分け』

 部長は長光が 『変』 の太刀のトリッキーさに翻弄された隙を突いて、彼から一本を獲った。そして、受け流しの 『柔』 の太刀が顕著な高貝には、うまく立ち回るも決め手に欠け、引き分け。そして部長への対策を見せ、確実な基本技の 『正』 の太刀の地力によって返す宗近とはいい勝負になったが、栗潟のすんでの意表を突いた動きに宗近が対応しきれなかったことで、彼が勝ちを拾った。子束に関しては、まだ歯牙にもかけないといったところか。


――「棟角さんも鋒周くんも強いね、僕ももっと精進しなきゃ」

『高貝――一勝二敗一分け』

 稽古では激烈な打ち込みを放つ宗近の太刀に、終始いいところがない高貝。そして長光の刺突の冴えは、この部活では未知の技であり、高貝は大いに苦戦した。結果、二年生両者に後れをとる。しかし、子束はあっさりと打ち破った。


――(鬼気迫る技の冴えっていうのは、こういうのを言うのかな……鋒周くん、すごい……)

『棟角――二勝二敗』

  長光との太刀合いは数瞬の出来事だった。一合からの長光の連撃。『剛』 にして 『正』、そして巧みな 『変』 を織り交ぜた刀技。宗近は打ち合いの不利を悟り、一足退きで間合いを取ると、迫りくる突きの斬尖を刃受けする。宗近の集中力が実現させる刃止めの太刀。これには部員が感嘆の息を吐く。長光さえもが、刹那に瞠目した。そこから長光の刀を弾いての、宗近の持ち味である 『剛』 の大上段からの斬りおろしが繰り出される。しかし結果は一手において長光が上手だった。子束には胸を貸してやる宗近だった。


――「お前は技も度胸もある割に、止めの一歩が鈍いんじゃねえか? 殺り合いでそれじゃあ遅れをとる筈だ」

『鋒周――三勝一敗』

栗潟が語るように水際立った腕前を見せつけ、部長以外には危なげなく勝利を収めた。これは良い部員を得られたと、宗近以外が思ったのは言うまでもない。また宗近は、体格差からくるリーチと、刺突の技に対して敗れたことに、「間合いの外から攻撃出来れば勝てるのに」、などとぼやいてもいた。


――「うおおおおぉぉっぉぉおおおッ!! 修業が足りないッス!」

『子束――○勝四敗』

 多くを語るまい。今後に期待、である。


「部長は変の太刀の妙手だな。トリッキーが巧くて翻弄された」

「鋒周くんは、剛と柔がしっかりと正の鍛錬に裏付けされているよね。だから 『強い』 んでしょうね」 と高貝。

「それに何より、太刀捌きも、足捌きも、体捌きも疾くて巧いんだよね。鋒周くんは」


 長光に賛辞を贈るのが気障りではないかと思われる宗近が、そう口を開いた。


「ああ……?」

「えっ …………な、何かな?」


 思わず口をついて出た自分に戸惑うよりも、長光が怪訝な顔をしたことに対して、おっかなびっくりの宗近。知らずに深い胸の谷間に拳を埋めて身構えてしまう。

 しかし長光は視線を切ると、つまらなさそうに、そして整った顔に陰りを見せて呟く。


「別に、俺の(わざ)なんてまだまださ。それよりも棟角。お前も、まあ……なんだ」

「ん……、何……?」

「いや……、思ったほどの青鳥でもねぇな、って言っといてやるよ……。お前もまだまだだがな」


 それは、総当たり戦であるから当然のように宗近とも太刀合った、彼の率直な……そして、らしくないと言って躊躇のない 『素直さ』 を感じる……嘘偽りのない感想であった。




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