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夢を、見た。とても、不思議な夢を。
水の底に沈んだ意識が、ゆっくりと浮上する。
ゆるゆると瞼を開けると、目に飛び込んできた灯りが眩しくて腕で目を隠す。
「サラサ様」
名前を呼ばれ、のろのろと腕を動かして声のしたほうを見ると、そこにはよく見知った女性がいた。
「アメリ…」
「大丈夫ですか?いま何か持っていくものを持ってきますね」
体を起こして飲み物を準備するアメリの背中を見ながら、私は一体どういうことなのか考えていた。
確か庭園の奥に呼び出されて、でも人がいなくて、池を眺めていたら…。
誰かに、突き飛ばされたんだ。明らかな殺意を持って。
思い返して体が震える。絶対あのまま死ぬと思った。それくらい、水の中はとても暗くて、深くて、怖かった。
でも、あれ?それじゃあ私はどうして助かったのだろう。誰かが助けてくれたんだろうか、でもあんな人気のない場所をそんな都合よく通る人がいるかなぁ?
悶々と考えていると、スッと水が注がれたコップが差し出される。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取って一口飲む。水のほかに檸檬の果汁でも入れているのか、柑橘のいい香りがして喉越しが爽やかだ。美味しい。
私の様子をベッドの横に置かれた椅子に座って見ていたアメリは、突然ポロリとその綺麗なエメラルドの瞳から涙をこぼした。
「え、アメリ…?」
「…無事で、よかった。サラサ様がもしお目覚めにならなければ、私は、私は…!!」
堰切ったように泣くアメリに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。あからさまな罠に乗ってごめんなさい。
アメリは私の乳母であり、亡き母に変わって己の娘であるミゼラと一緒に私を育てている、第二の母のような存在だ。大切な家族だ。そんな彼女をこんな悲しませてしまうなんて…。改めて私を殺そうとした人物に殺意が湧く。それから不甲斐ない自分にも。
とりあえず回復したら暗殺対策も立てたいなぁ。結構簡単に命とか狙われちゃうんだな、王族って。誰か剣術とか教えてくれる人いないかな。あともうひらひらふわふわな服は着ない。本気で服に殺されるかと思った。
アメリの涙が落ち着くのを見計らって、私はずっと気になっていたことを口にした。
「ねぇアメリ」
「はい」
「わたくしを助けてくれたのはだぁれ?命の恩人だもの、すぐに会ってお礼がしたいわ」
あと犯人を見てないか聞きたい。私も水面に映った一瞬の姿は見たけど、この城の冥途の誰かってことしか分からなかった。
私の問いかけにアメリはすぐに答えてくれた。
「ああ、それはリザベラですわ」
「リザ、ベラ…」
どこか聞き覚えのある名前を下の上で転がす。その瞬間、私の頭の中に衝撃が走った。
リザベラってゲームの攻略対象じゃない!そりゃ聞いたことあるわ!
リザベラ・クレイズ。ミゼラの兄でサラサ専属の護衛騎士。確か、設定は…そうだ、サラサのことが心の底から嫌いなんだ。だから革命もサラサの処刑にも躊躇いがない。革命も民のためというよりは個人的な復讐の色合いのほうがずっと強い。でも、なんだっけ…どうしてリザベラは、そんなにサラサに恨みを抱いているんだっけ?
どこかに靄がかかったように重要な情報が思い出せない。とても歯がゆい。
「…サ様、…サラサ様!」
はっと気が付くと、アメリがとても心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。いけない、考え事に没頭しすぎてアメリが傍にいたことを忘れていた。
「サラサ様、やはりまだ体調がすぐれないのでは?リザベラにお礼を述べるならば、また今度でも…」
「いえ…大丈夫よ、アメリ。お願い。すぐにリザベラにお礼が言いたいの」
お願い、とじっと見つめながら訴えると、アメリは小さくため息をついた。
「じゃあ呼んできますね…大人しく待っててください」
「ありがとう」
ちらちらと後ろ髪を引かれるように振り返りながらも、アメリはリザベラを呼びに部屋を出た。
ごめんなさいアメリ。ありがとう。
どうしても、私はリザベラに直接聞きたいの。
「どうしてあの時、あのタイミングで。あなたはあそこにいたの?」って。