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父様が亡くなった翌日、私はクラークにお茶に誘われた。たぶん今後の方針を決めるためだろう。昨日はあの後すぐに会議が終わってしまったから。私はクラークの誘いに快く応じた。
昨日の会議はあの後、ティノが何かを考えるように黙ってしまったため、すぐに終わった。私の発言は少し波紋を呼んだが、あの後私も何も言わなかったことにより、そこから話は進まなかった。でもやだなぁ、なんか嫌な予感がするなぁ。やっぱり喧嘩を売ったのはまずかったかな。反省はしてないけど後悔はちょっとしてる。仲良くしといたほうが良かったかなぁ。
考えながら歩いてるうちにクラークの執務室につく。ここでお茶かぁ、雰囲気ないなぁ。どうせなら花の綺麗な庭園でお茶したかった。話が話だから、ここに呼び出される理由もわかるけど。
重厚な扉を叩き、中に声をかける。するとすぐに扉は開かれ、クラークが顔をだした。
「お待ちしておりました。いらっしゃいませ、サラサ様」
「失礼します」
促されて中にお邪魔する。部屋の雰囲気はあれ、学校の校長室っぽい。室内に入ってすぐにローテーブルがあって、椅子の代わりにふかふかそうなソファーが置かれてる。きっと執務は奥の重厚な机で行うのね。
「どうぞこちらへ」
勧められたソファーに座ると、思った通り、やっぱりふかふかだった。ふかふかすぎてお尻が落ち着かない。いいやつ使ってるなぁ。
「何か飲まれますか?紅茶、珈琲、ああ、果実のジュースもございますよ」
「じゃあ…紅茶をお願い」
「はい、わかりました」
てっきりメイドさんを呼んで用意させるのかと思っていたら、なんとクラークが自ら紅茶を入れてくれて、ちょっと焦る。なんかこういう身分の高い人って、全部周りに任せて自分は何もやらなさそうじゃない?あくまでイメージなんだけど。身分は私のほうが上とはいえ、自分より遥かに年上のおじいちゃんに淹れてもらうなんて、なんか、あーらら…。
私の動揺なんて知らないクラークは「お砂糖とミルク、入れますか?」と可愛らしいティーカップを用意しながら尋ねてくる。
「じゃあ、お砂糖を二つほど…」
「分かりました。…はい、どうぞ」
クラークの淹れてくれた紅茶はとても良い香りがして、一口飲んでみればとても素晴らしい味がした。
「美味しいですわ」
「サラサ様のお口にあったのならば良かったです。フォース様もこの紅茶がお好きだったんですよ」
「父様も…。茶葉の名前をお聞きしても?」
「ああ、それはですね…」
ひとしきり紅茶の話をした後、クラークはそれまでの穏やかの表情から一転し、真剣なまなざしで口を開いた。
「サラサ様」
「なぁに」
「明日はフォース王の送空式となります。それから、サラサ様とクランツ様は一か月ほど、喪に服していただきます」
「そうくうしき?」
「送空式とは、亡くなった方の魂が、無事空の向こうの神の身元まで送られることを祈る式でございます。王族の場合は国を挙げての式となります」
「そうなの…」
つまりあれか、葬式みたいなものかな?なるほど、送空式っていうのね。…やっぱり、知識が足りないなぁ。
「それからこの送空式がサラサ様の初めての公務となります。初めてのことで不安がおありでしょうが、我々もしっかりサポートいたしますので、頑張ってください」
「初めての…」
この国の王族は、五歳になるまで表には出ない。誘拐とかの予防なんだって。だから私もクランツもお城の外に出たことはないし、国民の前に姿を現したことはない。今の私はまだ四歳だから適応するけど、こんな時はさすがに例外なのかな?王族の送空式に直系が誰も出ないのも、ね?
「それから、サラサ様の戴冠式はいつになさいますか?早くても喪が明けてから、になりますが…」
「ちょっと、待って?わたくし、まだ、冠は戴けないわ」
私はまだこの国のことを何も知らない。そんな無責任な状態で国は預かれない。
「しかしそれではこの国を統べる王がいないことになってしまいますよ」
「それでも、わたくしは完璧にならなければいけません。不完全な王では、逆に付け込む隙になりますわ。」
うんまぁ、本音はまだ死にたくない、だけどね。だってさ、もし形だけの王になったとしたらすべての責任は私に来るよね?勉強期間の二年の間にティノ一派が暴走したら?そこから民による革命とか起こっちゃったら?御子様を待つ前に死刑ルートに行っちゃうかもしれないじゃない。やーだーまだ死にたくないわ。
難しい顔をするクラークにもっともらしい理由を捲し立てる。納得して、無理やりだけど、ね、お願いクラーク。
しばらくして難しい顔をしたまま、クラークは一応了承してくれた。王の不在はこちらで何とかしましょう、と。その言葉を聞いた時、その場で喜びの舞を踊りたくなったけど、しない。しちゃったらただの変な子だしね。
「それでは、戴冠式はまたのちに」
「はい」
重々しく頷いて、カップに手を付ける。僅かに残った紅茶を飲みほして、私は、昨晩考えていたお願い事を切り出した。
「クラーク」
「はい」
「わたくし、あなたにお願いがあるの」
「私にできることなら何なりと。喜んで、貴女の願いを叶えましょう」
わぁ、すっごい。どこの漫画の台詞なんだ、これ。リアルでいう人いるんだぁ…あ、いや、そういや、一応乙女ゲームの世界だったなここ。ちょっと忘れてた。
ぼやぼやした思考はおくびにも出さずに私はそのお願いを口にする。
「わたくしを絶対に裏切らない、手となり、耳となる人材が欲しいのです」
今の私は圧倒的な情報不足で、大人同士の駆け引きにはあまりにも無知だ。前世やゲームの知識はあっても、それが今、全て使えるとは限らないし。
そのために私は情報が欲しい。諜報部員?なんか違うな?…まぁ、いいや。あとその人物には何のしがらみもない状態でいてほしい。貴族なんかだと、お家のために私を裏切る可能性がある。何のしがらみもない人間。私にだけ絶対的な忠誠を誓ってくれる人物。
「それならスラムの子供はいかがでしょう」
私の希望を聞いたクラークはそう提案した。曰く、スラムの子供たちは親を亡くしその生活に困っているものも多い。衣食住を施せば、その恩に報いるために働いてくれるのでは、と。
「でもそれでは、何の知識もないのでは?」
学校なんかにも行ってないだろうし、そんなスパイ活動みたいなことができるんだろうか。そう聞けば、なんでもクレイズ家にも『そういうの』に特化した人間がいるらしく、私がよければ専門的な教育を施してもいいという。ううん…うん、なら、いいのかな…?
「それなら、それで、いい、かな…お願い」
「畏まりました」
話は終わったので部屋を後にすることにする。この後はクランツと遊ぶ約束をしているのだ。
「それでは、ごきげんよう」
スカートをちょこんとつまんで、会釈の代わりとする。王族は軽々しく臣下に頭を下げてはいけないというのは、物心ついてすぐに父に習ったことだ。なめられちゃうからね。クラークが深々とお辞儀をしているのを尻目に、私は部屋を出た。
クランツのところに早くいってやらないと。あまり待たせると、拗ねちゃうわ。
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