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「失礼します」
そういって室内に入ってきた人物。私は彼を見たことがある。…会ったのは、初めてだけれど。
「……。」
彼の名前を言いそうになって、慌てて口を噤む。そうだ、会ったこともない私が、彼の名前を知っているのはおかしいのだ。迂闊なことを言わないようにだんまりを決め込む私から離れ、ミゼラは彼に向って綺麗なお辞儀をした。
「こんばんは、ティノ様」
ティノ・ダーナイト。彼もまたゲームの中の登場人物であるが、攻略対象ではない。攻略対象たちに引けをとらない見目麗しい容姿をしているけども。それよりもティノには重要な役割があるのだ。それは…。
「サラサ様」
ティノはいつの間にか考え込む私の顔を、膝をついてのぞき込んでいた。彼のグレーの瞳とばっちり目が合う。その瞳を見ていたくなくて、私はさりげなく目をそらしながら「なんでしょうか」と聞いた。
「サラサ様に、我々から今後についてのお話がございます。政を預かっている我々から、次期女王のサラサ様に」
…ついに来た。私は自分のために、ゲームで定められた運命から逃れなければならない。天寿を全うするために!
「ねぇさま」
不意に膝元から声がする。見れば今まで眠っていたクランツが、まだ夢現なのかとろりとした目で、私をじぃっと見上げている。
「ごめんなさい、クランツ。起こしてしまったのね」
「クランツ様、申し訳ありませんがお姉さまをお借りしてよろしいでしょうか。今後のために大事なお話があるのです」
私とティノの話が耳に入っているのか、いないのか。クランツはぼーっとしたままぐりぐりと目を擦る。
「クランツ様、あまりめをこするとあかくなってしまいますよ」
「ねぇさま、どこかいくの…?」
「ちょっと大事な話をしに。クランツはここにいてくれないかしら?」
「ひとりで…?」
「ミゼラと一緒よ」
ちらりとミゼラに目を遣ると、ミゼラは任された、というように大きく頷いた。よかった、寝ぼけ眼でぼんやりしているクランツを一人にしておくのは、あまりにも忍びないもの。
本当に分かったのか分からないが、クランツは一応頷いてくれる。とりあえずは分かったのかな?
「それじゃあ行ってくるわ。ミゼラ、クランツをお願いね」
「わかりました」
ティノの後ろをついて部屋を出て、何処かへ向かう彼の後ろをついていく。決して彼の顔を見ないように少し俯きながら。前を進むその背に声はかけない。彼の顔なんて見たくない。
…だって、父様の敵だから。
ティノ・ダーナイト。彼もまたゲームの中の登場人物であるが、攻略対象ではない。攻略対象たちに引けをとらない見目麗しい容姿をしているけども。それよりもティノには重要な役割があるのだ。
それはヒロインとヒーローに立ちふさがる壁。サラサを傀儡として政を裏から操り、民を苦しめる政を行う人たちの親玉。…そして自分のために、邪魔な王…父様を殺した主犯者。
ゲームの中でもヒロインにいい顔をしながら、邪魔な彼女を殺そうと暗殺していた。…まぁ全部ヒーローに計画を阻まれ、二人の愛を深めるイベントの一つにしかならなかったけど。
つまり、サラサが処刑へと追いやられる原因はほぼコイツのせいだといっても過言ではない。だから私はコイツに利用されないよう、知恵を身に着け、彼を政にあまり関与させないようにしなければいけない。
「サラサ様。着きました」
考え事をしている間に、いつの間にか大きな厳かな扉の前についていた。ここは、この国のすべてを決定する場所。政が行われる場所。
この中には、腹の中に何匹も狸を飼った腹黒い大人たちがわんさかいる。私は私のために、そいつらを躱していかなければならない。
ごくりと口の中に溜まった唾を飲み込む。これくらいで怯んでちゃいけないんだ。今後のために。
「さぁ、中にお入りください」
ティノが扉を開く。
私は覚悟を決めて、一歩足を踏み出した。