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文頭の段落下げが出来ません…見にくいことこの上ないですが、ご了承下さい。どうしたらいいのか…
「ん、んん…」
膝の上で小さく身じろいだ存在に、私ははっと意識を現実へと戻した。起こしてしまったかと心配になり顔をのぞき込むが、彼は目元を赤くしたまままだ夢の世界にいた。その小さな口がもごもごと動き、寝ぼけた声が漏れる。
「とうさま…」
私の膝の上で眠る小さな少年。彼は私の弟である、クランツ・ミ―ラリア・マラリル。…そして、ゲームの攻略対象の一人だ。つまり未来で私を殺すかもしれない一人である。今朝までは護るべき可愛い弟であったが、ついさっき思い出した記憶のせいで純粋に可愛がれない。警戒対象に変化してしまった。…ああでも、私がちゃんと民のことを考え、政を行えば殺されないのか。この小さな手を赤く染めるのはあまりにも忍びない。いや、クランツが直接私を殺すわけでも、この子が御子様に攻略されるとも決まったわけではないのだけれど。
ゲームの中のクランツ・ミ―ラリア・マラリルは、心を閉ざした孤独な少年だった。産まれて間もなく父も母も亡くし、唯一の家族である姉、サラサは女王となって弟にかまう時間などなくなった。そして周りにいるのは王子であるクランツから距離をとり、腫物のように扱ってくる大人ばかり。王家という身分もあり、親しい友人というものも出来なかった。そうして誰にも甘えることも出来ず、何でもかんでも一人で抱えてしまう人間が出来上がった。氷のように固まったその心を溶かすのがヒロイン―これがクランツの基本ルートだ。
要は彼を愛情に飢えさせてはいけないのだ。花に水を遣るように、愛情をたっぷり与えて育てなければならない。そしてそれは姉である私の役目だ。父親の死を避けられなかった以上、私はこういう小さなことから死亡フラグを折っていかなきゃいけない。それに、私は小さな弟を一人ぼっちにするほど薄情な人間にはなりたくない。ゲームのサラサは突然の女王という立場に翻弄されてクランツをひとりぼっちにしてしまったかもしれないが、幸いにして私は見た目は四歳児でも中身は女子高生なのだ。腹黒い大人の相手をしながら、天使のような弟の世話もしてやろうじゃないの!
よし、と小さく意気込んだところで、私たちしかいない部屋の扉が控えめに叩かれる。気合を入れるために結構大きな声を出しちゃった気がするんだけど、聞こえてないかな。ドキドキしながら「はい」とノックの音に返事をする。
「どちらさまですか」
「サラサ様…わたしです」
聞こえてきた声にほっと胸をなでおろす。よかった、彼女なら聞こえても平気だ。
「はいってもかまいませんか」
「どうぞ」
「…しつれいします」
部屋に入ってきたのは見知った少女。彼女も王のために泣いたのか、目元が赤い。しかしそれを見せないように毅然とした表情で私とクランツの元へと来る。
「クランツさまは、おやすみちゅうですか」
「ええ。泣き疲れてしまったのね、きっと」
さらりとクランツの綺麗なブロンドの髪を撫でる。母親譲りの美しいブロンドは、まるで星の光のように輝いている。
「まだ幼い心に、父の訃報はどれほど身に余る悲しみか…私がしっかり支えてあげなければ」
「サラサ様だって、おなじでしょう…?サラサ様だって国王を…おちちうえを、なくされたのですから」
そういえば私、血の繋がった実の父親を亡くしたんだ。父の遺体を見たときに蘇った記憶のせいで、父親の死をそういう『イベント』としか見られなくなっていた。言い訳のようだけど、いっぺんに放出された記憶は四歳の脳みそにはキャパオーバーの量だったんだもの。
それでも、クランツのように泣き喚くこともなく、というか一滴も涙を流さず、父に縋り付いて離れようとしない弟を宥めて面倒を見る子どもなんて、なんというか、嫌だ。
そう考えていると、頭の中にパラパラとアルバムを捲るように父との思い出が蘇る。
国務で忙しいだろうに、父様は時間の合間を縫って私とクランツに会いに来て、遊んでくれた。沢山お話もしたし、楽しい思い出だって沢山ある。たった四年という短い時間だったけど、確かに父様は私たちを愛してくれていた。私も、父様が大好きだった。愛していた。
「ふ…うっ…」
沢山の思い出が頭の中を駆け巡り、気付けば私の目からは大粒の涙が流れていた。
悲しい、悔しい。もっと早くにこの記憶を思い出していれば、父様を救えたのかもしれないのに。助けられたのかもしれないのに。
ぼろぼろと涙が頬を伝い落ちる。その私の様子を見た目の前の少女は慌てたように詫びる。
「ごめんなさい、サラサ様。けっして、なかせたかったわけでは…」
「いいえ、いいの。…いいのよ、ごめんなさい」
私は彼女に微笑みかけた。口元に笑みを浮かべながらも、涙が止まらない私の様子は、傍から見ればだいぶ滑稽だろう。けれど彼女は私のことは笑わず、そのポケットからハンカチを取り出して渡してくれた。
「どうぞ」
「ありがとう…ミゼラ」
目の前の彼女、ミゼラは私の感謝の言葉に、ふわりと花が咲くような笑みをこぼした。
ミゼラ・クレイズ。ミルクブラウンの髪にオリーブ色の瞳を持つ彼女は私の乳姉妹であり、攻略対象の妹にあたる。本編には直接は関わってこないが、ヒロインのサポート役として、攻略対象の好感度やら発生するイベントやらを教えてくれる子。
そんなゲームでの役割を知らないミゼラは、泣きじゃくる私の背をさすって慰めてくれる。人の心を思いやれるいい子なのだ。ミゼラだって身近な人の死に直面してつらいだろうに、私を気遣ってくれている。
そんな風にしばらく泣いていたら、また扉が叩かれる。
「サラサ様、いらっしゃいますか」
聞き覚えのあるような、ないような、そんな男性の声に少し迷いながら返事をする。
「はい」
「失礼します」
入ってきた人物を見て、私は小さく息をのんだ。